10 真実のお話
翌朝、まだ夜が明けきらぬうちに、アリーはパパに連れられて、隣町の駅まで行きました。
昨日の一件で、別れの挨拶はもうすんだことになっていたのですが、アリーはどうしてもバートにひとめ会いたくて、パパに無理を言って連れてきてもらったのでした。
まだ薄暗い駅にはすでに、ギルたち家族とバートがいました。彼らはすでに挨拶をすませている様子でした。アリーはバートの姿を見つけると、パパの手をほどいて彼のもとに駆けよりました。
「バート!」
その身なりは、以前の浮浪者のような格好とはずいぶん違いました。髭を剃り、髪を整え、きちんとしたスーツに身を固め、手には革製の立派な鞄を下げていました。
「驚いたろ。俺は自分の服で十分だと言ったんだが、君の父上がこれを着ろといって聞かなかったのでね。ありがたく買わせていただいたよ」
「よくお似合いですよ。そっちの方が、ずっとハンサムに見える」
パパが、軽く笑ってみせました。いつもお客さんに見せる営業スマイルとは違います。本当に感心しているようでした。
「本当に行っちゃうの?」
どうにも別れが名残惜しく、アリーはバートの足にすがりつきました。バートは目を細めて、アリーと、すぐ隣にいたギルを交互に見つめました。
「ああ。色々と世話になったな。アリーにも、ギルにも」
「残念だなあ。別にここにいたっていいじゃないか」
ギルは、つまらなさそうに口を尖らせました。きっと、ギルもアリーと同じことを考えているのでしょう。
「ありがとよ。だが、俺は残された時間を有効活用したいんだ。おまえも大きくなれば、いずれわかるさ」
バートはそう言って、両手でふたりを抱きよせました。
「たしかに、少し寂しいなあ。こんな気持ちになったのは、久しぶりだよ」
それから、大人たちと握手し、最後にハルと握手しました。ハルは寂しそうな、だけど晴れやかな笑みをこぼしました。
「君も達者でな」
「はい。また遊びに来てください」
「そいつはどうも。ま、気が向いたらまた来るよ」
やがて、遠くのほうから汽笛が聞こえ、汽車の車輪の音も近づいてきました。
バートは改札を抜けると、もう一度だけ振り返り、これまでとは違う、爽やかな笑顔をこちらに向け、大きく手を振りました。
「行っちゃったな」
汽車が去り、その煙すらも見えなくなった頃、ふいに隣にいたギルが、アリーにしか聞こえない小さな声でつぶやきました。
「ええ」
アリーも、同じくらい小さな声で、ひとりごとのように答えました。
それきり、ふたりとも、もうなにも言いませんでした。
不気味で、怖くて、だけどなぜか楽しさもあった、森のむこうの物語は、こうして終わりを告げたのです。
その日、学校に行くと、おしゃべり好きのキャリーが、なにやら大きな声でみんなを集めて騒ぎたてていました。
「実は、あの森のことを大人たちが噂していたのを聞いたのよ。なんでもあの森は悪霊が見せていた幻影で、悪魔払いによって悪霊が消えたから森も消えたんですって!」
「いい加減にしろよ、キャリー」
そばにいた子供たちはみな、鬱陶しそうに顔を背けました。
「そんな話、信じられるわけないだろ」
「そうよ。あの森が消えたのは、夜中に誰かが伐採したからでしょ。うちのパパはそう言っていたわ」
こう言ったのは、いつも成績優秀なスーザンです。すると、周りの子供たちも口々にキャリーに文句をつけはじめました。
「そうだよ、今は機械があるんだから、森ひとつくらい、どうとでもできる」
「そうだそうだ。そんなばかげたことがあるもんか」
子供たちはみんな、スーザンに賛同しました。アリーは自分の教科書と文房具を取りだして、すべて揃っているか確認しながら、団子のように固まっている一同に向かって言いはなちました。
「決めつけることはないでしょう。真実は誰にもわからないものよ」
「ええ! アリーまさか、これを信じるの?」
子供たち、とりわけ女の子たちは仰天して、一斉にアリーを見ました。無理もありません。というのも、普段のアリーは、率先してこういうくだらない話を否定するタイプの人間なのです。
「別に。ただ、どんなことも『ありえない』とは限らないというだけ」
「アリーらしくない……」
女の子たちは困惑したように、目配せしあいました。男の子たちはこの話に飽きたのか、スーザンに構うのをやめて、部屋中に散っていきました。
その日も、アリーはいつものおばさんの家ではなく、両親やレイのいる、お店のほうへと行きました。パパとママが入るのを許可してくれるかはわかりません。ただ、アリーはどうしても、小さくなったレイのことが気がかりだったのです。
ちょうどアリーがお店へと来たとき、お店の入り口にレイが立っていました。そして、そのすぐ近くにはあのサンダース夫人と、ほかにふたり、知らない大人が立っていました。ひとりは女性、ひとりは少し年をとった男性です。
「アリー!」
レイが、こちらに気づいて呼びかけました。ほかの大人たちもいっせいに振りむきます。こうなっては仕方がありません。アリーはおずおずとレイのほうへと歩いていきました。サンダース夫人が目を丸くしました。
「あら、平日はこちらに来てはいけないんじゃなかったの?」
騒ぎを聞きつけて、パパが店からでてきました。
「なんだアリー、今日はここには来ちゃいけないぞ。おばさんの家に帰りなさい」
しかし、レイはアリーの手を握って、アリーのパパに懇願しました。
「今日だけは許してください。いずれ、アリーにも父たちを紹介しようと思っていたんです。お願いします」
昨日の一件で、別れの挨拶はもうすんだことになっていたのですが、アリーはどうしてもバートにひとめ会いたくて、パパに無理を言って連れてきてもらったのでした。
まだ薄暗い駅にはすでに、ギルたち家族とバートがいました。彼らはすでに挨拶をすませている様子でした。アリーはバートの姿を見つけると、パパの手をほどいて彼のもとに駆けよりました。
「バート!」
その身なりは、以前の浮浪者のような格好とはずいぶん違いました。髭を剃り、髪を整え、きちんとしたスーツに身を固め、手には革製の立派な鞄を下げていました。
「驚いたろ。俺は自分の服で十分だと言ったんだが、君の父上がこれを着ろといって聞かなかったのでね。ありがたく買わせていただいたよ」
「よくお似合いですよ。そっちの方が、ずっとハンサムに見える」
パパが、軽く笑ってみせました。いつもお客さんに見せる営業スマイルとは違います。本当に感心しているようでした。
「本当に行っちゃうの?」
どうにも別れが名残惜しく、アリーはバートの足にすがりつきました。バートは目を細めて、アリーと、すぐ隣にいたギルを交互に見つめました。
「ああ。色々と世話になったな。アリーにも、ギルにも」
「残念だなあ。別にここにいたっていいじゃないか」
ギルは、つまらなさそうに口を尖らせました。きっと、ギルもアリーと同じことを考えているのでしょう。
「ありがとよ。だが、俺は残された時間を有効活用したいんだ。おまえも大きくなれば、いずれわかるさ」
バートはそう言って、両手でふたりを抱きよせました。
「たしかに、少し寂しいなあ。こんな気持ちになったのは、久しぶりだよ」
それから、大人たちと握手し、最後にハルと握手しました。ハルは寂しそうな、だけど晴れやかな笑みをこぼしました。
「君も達者でな」
「はい。また遊びに来てください」
「そいつはどうも。ま、気が向いたらまた来るよ」
やがて、遠くのほうから汽笛が聞こえ、汽車の車輪の音も近づいてきました。
バートは改札を抜けると、もう一度だけ振り返り、これまでとは違う、爽やかな笑顔をこちらに向け、大きく手を振りました。
「行っちゃったな」
汽車が去り、その煙すらも見えなくなった頃、ふいに隣にいたギルが、アリーにしか聞こえない小さな声でつぶやきました。
「ええ」
アリーも、同じくらい小さな声で、ひとりごとのように答えました。
それきり、ふたりとも、もうなにも言いませんでした。
不気味で、怖くて、だけどなぜか楽しさもあった、森のむこうの物語は、こうして終わりを告げたのです。
その日、学校に行くと、おしゃべり好きのキャリーが、なにやら大きな声でみんなを集めて騒ぎたてていました。
「実は、あの森のことを大人たちが噂していたのを聞いたのよ。なんでもあの森は悪霊が見せていた幻影で、悪魔払いによって悪霊が消えたから森も消えたんですって!」
「いい加減にしろよ、キャリー」
そばにいた子供たちはみな、鬱陶しそうに顔を背けました。
「そんな話、信じられるわけないだろ」
「そうよ。あの森が消えたのは、夜中に誰かが伐採したからでしょ。うちのパパはそう言っていたわ」
こう言ったのは、いつも成績優秀なスーザンです。すると、周りの子供たちも口々にキャリーに文句をつけはじめました。
「そうだよ、今は機械があるんだから、森ひとつくらい、どうとでもできる」
「そうだそうだ。そんなばかげたことがあるもんか」
子供たちはみんな、スーザンに賛同しました。アリーは自分の教科書と文房具を取りだして、すべて揃っているか確認しながら、団子のように固まっている一同に向かって言いはなちました。
「決めつけることはないでしょう。真実は誰にもわからないものよ」
「ええ! アリーまさか、これを信じるの?」
子供たち、とりわけ女の子たちは仰天して、一斉にアリーを見ました。無理もありません。というのも、普段のアリーは、率先してこういうくだらない話を否定するタイプの人間なのです。
「別に。ただ、どんなことも『ありえない』とは限らないというだけ」
「アリーらしくない……」
女の子たちは困惑したように、目配せしあいました。男の子たちはこの話に飽きたのか、スーザンに構うのをやめて、部屋中に散っていきました。
その日も、アリーはいつものおばさんの家ではなく、両親やレイのいる、お店のほうへと行きました。パパとママが入るのを許可してくれるかはわかりません。ただ、アリーはどうしても、小さくなったレイのことが気がかりだったのです。
ちょうどアリーがお店へと来たとき、お店の入り口にレイが立っていました。そして、そのすぐ近くにはあのサンダース夫人と、ほかにふたり、知らない大人が立っていました。ひとりは女性、ひとりは少し年をとった男性です。
「アリー!」
レイが、こちらに気づいて呼びかけました。ほかの大人たちもいっせいに振りむきます。こうなっては仕方がありません。アリーはおずおずとレイのほうへと歩いていきました。サンダース夫人が目を丸くしました。
「あら、平日はこちらに来てはいけないんじゃなかったの?」
騒ぎを聞きつけて、パパが店からでてきました。
「なんだアリー、今日はここには来ちゃいけないぞ。おばさんの家に帰りなさい」
しかし、レイはアリーの手を握って、アリーのパパに懇願しました。
「今日だけは許してください。いずれ、アリーにも父たちを紹介しようと思っていたんです。お願いします」