9 最後の魔法

 はるか数千年前の昔から、この土地には「時間」という概念を持ち、時間の流れを変える特殊な力を持った人々が住んでいました。しかし、長い時間ときを経て周辺地域の民族との交配が進み、その力は徐々に廃れてゆきました。
「しかし、何世代にも渡って、強い魔力を受け継ぐ一族もいた。やがて人々は彼らを崇め、彼らをおさとするようになった。時代が進み、長は国王となり、王国を設立した。それがクロック王国だ。王国の誕生とともに、『私』も誕生した。そして、この時計塔が建てられた」
 あまりにも壮大な話に、アリーは頭がついていきませんでした。アリーのすぐ隣では、ギルが呆然とした表情で突っ立っていました。どうやらギルも、精霊の話が飲みこみきれていないようです。
「お前は結局、何者なんだ?」
 ノアが訝しげに尋ねると、精霊は相変わらず冷静な様子で答えました。
「この国の『時間』だ。だが、かつては姿などなかった。この国が平和だった頃、私には自我も人格も、このような人間の姿も持っていなかった」
 そして、どこか遠くを見るような目をして、懐かしそうに語りました。
「この国は、かつては栄えていた。広大な国土と高い技術力、そして王族の持つ時を操る力は、周辺国に長年恐れられていた。国民は時を操る魔法の力を持つ王族を崇め、王族はこの国の『時』を崇拝していた。いい時代だったよ。だが、平穏というのは長くは続かないものだ。シーザー七世が王位についた頃から、この国を取り巻く環境は変わりはじめていた」
「シーザーって、どっかで聞いたな……」
 ギルが首を捻りながら悔しそうにつぶやきました。アリーもその名前には覚えがありました。そして、アリーはすぐにその人物の正体にいきあたりました。
「七世ってことは、バートのパパね!?」
「さよう。あんたは物覚えがいいな、アリー」
 アリーは仰天しました。まさか精霊に名を呼ばれるとは思ってもいなかったからです。
「どうして私の名前を?」
「言っただろう、私はこの国の時間そのものだ。この国のことならば全て把握している」
「それって、俺らのことを見てたってことか?」
 ギルがギョッとして後ずさりました。精霊が鼻で笑いました。
「お前が私を懐中時計から解放してくれたときからな。感謝しているぞ」
「なんだよ、お前やっぱりフローだったのかよ!」
「どちらとも言えんな。あれは別人格であって私ではない。だが、フローが見聞きした内容は私も共有している」
「意味わかんねえよ……」
 ギルがげっそりとした顔で肩を落としました。アリーは小声で尋ねました。
「ハルが言ってたフローっていう幽霊みたいな子って、あの子だったの?」
「あんなんじゃねえよ。生意気なのは変わらないけど、もう少し話しやすいやつだった」
 そんなふたりのやりとりを無視して、精霊は話を再開しました。
「シーザー七世は優秀な国王だった。だが臆病な性格で、新しいものをとにかく嫌悪した。そして、それこそがこの国に災いを呼ぶ原因となった。あのときの王が別の者であれば、この国の運命は変わっていたのかもしれん」


 バートの父親、シーザー七世が国王だった頃から、クロックの周辺国の技術が少しずつ発展しはじめたのです。それにより、圧倒的強さを誇っていたクロックの軍事力は、少しずつ追いつかれはじめたのです。
「お前たちがバートと呼んでいたあの人物……シーザー八世は、国のあり方を見直すべきだと主張していた。時代は変わりはじめている、周辺国の新しい技術や文化を取り入れるべきだと。そして、政治のあり方を見直し、王族の魔力のことも秘匿すべきだと。しかし、父王は頑としてそれを聞き入れなかった。国王である自分に逆らわず、古いやり方で王位を告げと命じ、王太子である彼の自由を奪い続けた。そして、国と自身の将来を悲観したシーザー王太子は国を出た」
 そして、ちらりとノアを一瞥しました。
「あとのことは知っているだろう?」
「ああ……」
 アリーとギルはノアを見上げました。
「どういうこと?」
「シーザー八世は国を出た。そのあと、彼の弟が国を継いだんだ。だけどその頃、すでに世界は荒れていた。歴史の授業で習わなかったか? 様々な分野で革命が起きたんだよ」
「革命……そっか!」
 アリーはぽんと手を打ちました。教科書の内容と、ノアの家で読んだ伝記の情報を合わせれば納得がいきます。
「シーザーが国を出たのはだいたい二百年前くらいだったものね」
「そういうことさ。革命が起きて、政治も技術も経済も、何もかもが変わった」
「うっ。俺そういうの苦手……」
 ギルは苦い顔をしていました。ノアが小さく笑いました。
「大丈夫だ。俺も昔は苦手だったよ」


 革命により、人々は今まで以上に豊かになり、多くの情報を得られるようになりました。その一方で、時間を止めたり操ったりするクロックの王族は、周辺国から奇異の目で見られるようになりました。
「王族の力を調べようとした科学者もいたらしいが、王族は徹底的にそれらをはねつけ、従来通りに政治を行おうとした。近隣に共和国が誕生しているような時代にだ。そうした態度は、周辺国はもちろん、国民からも反感を買った」
 やがて人々は、クロックの王族は手品で国民を騙す詐欺師だと思いはじめるようになりました。「時」を信仰する態度も怪しいと責められました。そこに周辺国がつけこみ、とうとう人々は武器を手にとって、王族を抹殺しようと立ち上がりました。
「当時の国王は、どうしたと思う?」
 アリーとギルは顔を見合わせました。
「逃げたの?」
「戦ったんじゃないか?」
「どちらも違う。レイの父親と同じ手を使った。時を止めたんだよ」
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