9 最後の魔法
いくつか丘を越え、森とは違いまばらに生えているだけのヒッコリーの木の下をくぐって歩いていくと、やがて何か布きれのようなものが遠くに見えました。
それを見て、アリーはひっと息を呑み、足を止めました。いえ、正確には止まってしまいました。足が鉛のように重くなって動かないのです。恐怖で動けないというのもありましたが、それとは別に、かつてのあの足の痛みが復活しかけている感覚がありました。そう、ちょうどここでレイにあったときに感じた、あの痛みと重みです。幸い、痛みはあのときほどではありませんでしたが、アリーはその場から動けなくなってしまいました。
「どうした?」
アリーはとっさに言葉が出てこず、黙って前方を指さしました。
ノアはその方角を見ましたが、そこにあるのが何なのか理解できていないようで、しばらく目を細め、それからようやく言いました。
「何か落ちてるな」
「バートが……バートが……」
アリーはどうしても、その先を言うことができませんでした。というより、どう表現すればいいのかがわかりませんでした。しかしノアは、アリーが言わんとすることを察したようでした。
「まさか、あれがそうなのか? 待ってろ」
アリーは近くにあった木の幹に背中を預け、ノアの行った方角を見ないようにしました。走っているわけでもないのに、心臓が早鐘を打っているのがわかりました。目を閉じると、バートが最後に見せた表情や言葉が次々に蘇ってきたので、アリーは思いきり首を振ってそれらを飛ばしました。
ノアはしばらくすると、大きな麻袋を片手に帰ってきました。それはまさしく、バートが持っていたあの袋でした。ノアはそれを広げ、中を覗きこみながら不思議そうに言いました。
「軽いな。これだけの時計が入っているのに、片手で持てる」
そして、時計をひとつひとつ取りだして観察しながら、話を続けました。
「この時計はなんなんだろうな。アルバートの持ち物なら、多分特別な意味があるんだろうが、俺にはさっぱりだ。あとは、日記帳らしきものもある。それと、懐中時計もあったぞ。なんだか、焦げたみたいになっているな。なんの金属だ?」
そう言って彼が見せたのは、あのほとんど黒こげになった、銀の懐中時計でした。
「それは……」
アリーはその時計がハルのものであることと、ハルが今どうなっているのかをあらためて説明しました。それを聞いたノアはひどく気の毒そうな顔をしました。
「だったら、これはお前が持っておいたほうがいい。俺はその人を知らないからな」
「時の掟は三度破られた。後継者は潰えた。時の魔法は消滅する」
突然、背後から聞きなれないしわがれた声がしました。
「だ、誰?」
アリーたちは振り返り、そして、困惑しました。
そこにいたのは、全身が緑色の光に包まれた、小さな少女でした。少女は宙に浮いていて、アリーたちのいる場所とは全く違う、どこか虚空をぼんやりと見つめていました。
それを見て、アリーはひっと息を呑み、足を止めました。いえ、正確には止まってしまいました。足が鉛のように重くなって動かないのです。恐怖で動けないというのもありましたが、それとは別に、かつてのあの足の痛みが復活しかけている感覚がありました。そう、ちょうどここでレイにあったときに感じた、あの痛みと重みです。幸い、痛みはあのときほどではありませんでしたが、アリーはその場から動けなくなってしまいました。
「どうした?」
アリーはとっさに言葉が出てこず、黙って前方を指さしました。
ノアはその方角を見ましたが、そこにあるのが何なのか理解できていないようで、しばらく目を細め、それからようやく言いました。
「何か落ちてるな」
「バートが……バートが……」
アリーはどうしても、その先を言うことができませんでした。というより、どう表現すればいいのかがわかりませんでした。しかしノアは、アリーが言わんとすることを察したようでした。
「まさか、あれがそうなのか? 待ってろ」
アリーは近くにあった木の幹に背中を預け、ノアの行った方角を見ないようにしました。走っているわけでもないのに、心臓が早鐘を打っているのがわかりました。目を閉じると、バートが最後に見せた表情や言葉が次々に蘇ってきたので、アリーは思いきり首を振ってそれらを飛ばしました。
ノアはしばらくすると、大きな麻袋を片手に帰ってきました。それはまさしく、バートが持っていたあの袋でした。ノアはそれを広げ、中を覗きこみながら不思議そうに言いました。
「軽いな。これだけの時計が入っているのに、片手で持てる」
そして、時計をひとつひとつ取りだして観察しながら、話を続けました。
「この時計はなんなんだろうな。アルバートの持ち物なら、多分特別な意味があるんだろうが、俺にはさっぱりだ。あとは、日記帳らしきものもある。それと、懐中時計もあったぞ。なんだか、焦げたみたいになっているな。なんの金属だ?」
そう言って彼が見せたのは、あのほとんど黒こげになった、銀の懐中時計でした。
「それは……」
アリーはその時計がハルのものであることと、ハルが今どうなっているのかをあらためて説明しました。それを聞いたノアはひどく気の毒そうな顔をしました。
「だったら、これはお前が持っておいたほうがいい。俺はその人を知らないからな」
「時の掟は三度破られた。後継者は潰えた。時の魔法は消滅する」
突然、背後から聞きなれないしわがれた声がしました。
「だ、誰?」
アリーたちは振り返り、そして、困惑しました。
そこにいたのは、全身が緑色の光に包まれた、小さな少女でした。少女は宙に浮いていて、アリーたちのいる場所とは全く違う、どこか虚空をぼんやりと見つめていました。