7  救助

 結局、アリーたちが何を確認しても現在は夕方で、時刻は五時三十分だという事実を覆すことはできませんでした。ノアはくたびれた様子で椅子に座り、うなだれました。
「確かに俺たちは夜まで過ごした。それなのに、今は間違いなく夕方だ。だけど、時間が戻るなんて、そんなことがありえるのか?」
「私はありえると思うわ。この時計は、時間を戻せるのよ。バートが一度、やってみせてくれたの」
 アリーはノアと、その隣に立っているネルに、以前バートが目覚まし時計を使ってみせたときのことを話しました。
「なるほどな。この時計がアルバートの私物だというのなら、合点がいく」
 ノアはすんなりと納得してくれました。一方、ネルは困惑していました。
「まさか。そんなことが可能なのですか? そもそも、アルバートははるか昔の人間なのに、直に会うなんて不可能では?」
「それは……」
「ああ、話せば長くなるから、それは今度な」
 ノアはまだ何か言いたそうなネルを制して立ち上がりました。
「とにかく、アリーの身にはこういうおかしな事件がたくさん起こっているんだ。俺は今から、それを解決しに行かなきゃならない」
 そして、部屋の出口へ向かい、扉を開けるとアリーに向かって手招きしました。アリーはすぐにその意図を読みとり、ノアのもとへ走りました。
「今からなら日没に間にあう。事件が起こったのは何時頃だ?」
「5時にバートたちが来たのは覚えているわ。そこからはきちんと覚えていないけれど、森へ行く前に日が暮れてしまったのは覚えているわ」
「待ってください。ふたりとも、どこへ行きますの?」
「少しでかけるだけだ。今日中には帰ってくるよ。多分な」
 ノアはすぐに扉を閉めようとしました。が、ネルはすかさず閉まりかけの扉を抑え、ひどく怒った様子で怒鳴りました。
「行き先も言わずにでかけないでください! 今日のお兄様、なんだかおかしいわ。何を隠していますの?」
「悪い、急いでいるんだ。帰ったらきちんと話す」
「どうして? 行き先くらい教えてください。そんなに私のことが信頼できませんの? お兄様はそうやって、いつも無茶をして心配をかけるでしょう!」
 アリーはだんだん、ネルが気の毒になってきました。それに、自分の都合でノアを連れだすことに罪悪感も感じていました。
「ねえ、ノア」
 服の裾を引かれたノアは、目だけ動かしてこちらを見ました。
「どうした?」
「屋根裏のこと、ネルさんに話すべきだと思う」
「だめだ。こいつはすぐ人に喋っちまう」
「ネルさんはそんな人じゃないと思う。だって、ノアのこと、こんなに心配してくれているのよ。きっとわかってくれるわ」
 ノアはアリーと、不安げにこちらを見つめるネルの顔を交互に見て、大きくため息をつきました。
「ネル、絶対に他言しないと誓えるか?」
「ええ」
 ネルは深くうなずきました。
「お兄様は私を見くびっているようですけれど、そのくらいの分別はわきまえておりますのよ。社交界でもよく様々な質問を投げかけられますけれど、何一つ機密情報を漏らしたことはありませんわ。私を何歳だと思っていますの?」


 こうしてノアとアリーは、ネルを屋根裏に案内することになりました。屋根裏の扉の向こうにあった小屋の屋根は崩れており、部屋のあちこちに木片が落ちていました。屋根の隙間から見える空は、相変わらず綺麗な青色でした。
「屋根裏部屋に、こんな場所が……」
 ネルはただただ、驚愕の表情で扉の向こうを凝視していました。ノアが言いました。
「ここは特殊な場所だが、実際はセミラ共和国の一部だ。アリーの家も近くにあるらしい」
「私も行くことはできませんの?」
「さすがに、俺たち両方が消えたら大騒ぎになるだろう。お前はここに残って、俺の不在をうまく隠してほしい」
 ネルはそれがよほど不服なのか、ノアを見つめたまま、しばらく唇を噛みしめていましたが、やがて諦めたように下を向きました。
「わかりました。でも、お兄様のご友人を助けたら、すぐに帰ってきてくださいね。それから、何か危ないことがあったら無理はせずに帰ってきてください」
 それから、アリーに歩みより、ゆっくりと屈むと、両手をそっとアリーの両肩に置きました。
「あなたのお洋服も置いてありますから、ちゃんと取りに帰ってきてくださいね。それと、お兄様はすぐに無茶をしますから、どうかよく見張っておいてください」
「はい。本当にお世話になりました。いただいたお洋服も大切にします」
 アリーがそう言うと、ネルはぎゅっとアリーの身体を抱きしめてくれました。
「ああもう、やっぱりネルは一言余計だなあ」
 ノアは文句を言いつつ、扉を全開にするとアリーを呼びました。アリーは扉の向こう側に進むと、振りかえり、不安げにこちらを見つめるネルの姿に名残惜しさを感じつつ、ゆっくりと扉を閉めました。
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