7 救助
「アルバート・ペンバートン」。このデルンガン王国において、その名を知らない人はおそらくいないでしょう。彼が立ち上げたペンバートン社は、今や世界を掌握する大企業であり、この国の経済を語る上で欠かせない存在となりました。しかし、その出自には謎が多く、未だに解明されていません。また、彼の没年もはっきりしておらず、その遺体がどこに眠っているのかもわからない状態だと言います。
アルバートがこのドヌールンの町にやってきたのは、今からちょうど二百二十五年前、十八歳のときでした。この時点で彼は既に、妻のアイリーン・ペンバートンと結婚していました。「ペンバートン」という姓は妻のものであり、元の名前は今日 までわかっていません。「アルバート」という名すらも偽名だという説もあります。
無一文でやってきたアルバートは、とある鍛冶屋に弟子入りすると、瞬く間に頭角を現し、わずか数年で独立を果たします。やがて自分の仕事を軌道に乗せた彼は、仕事のかたわら「趣味」と称して、ゼンマイ式の置時計をつくり、それを家の玄関に飾っておきました。ある日、彼の子供たちがそれを持って遊んでいるところを、通りがかった公爵夫人が見つけ、ぜひ譲ってほしいと頼んできます。夫人が持ち帰った時計を見た人々はみな驚き、アルバートの能力の高さを褒め称えました。やがて、その噂は国王の耳に入るに至り、アルバートは宮廷に仕えるようになります。その後、技術革命によって人々の暮らしは劇的に変わり、国は人々の時間を統一したいと考えるようになります。そこでアルバートは国の協力を得て、本格的に小型の時計の生産をはじめます。時代が変わり、政治が国王から議会中心になると、アルバートは懇意にしていた職人たちと共に会社を立ち上げ、何度も倒産の危機を乗り越えたのち、巨万の富を築くことに成功し、ドヌールンの町に大きな屋敷を設けます。
この時点で、既に七十年が経過していました。妻のアイリーンは既に病で亡くなっていました。ところが、不思議なことにアルバートの顔立ちは、鍛冶屋をしていた二十代の頃からほとんど変わっていなかったといいます。衰えることも老いることもない彼を、人々は吸血鬼のようだといいました。彼自身もそれを気にしており、ある日突然会社を息子に譲ると、簡単な書き置きを残して、自宅から去ってしまいました。その後、家族が手を尽くしても消息はつかめませんでした。現在もなお、歴史の研究者たちはアルバートの最期を知ろうと、あらゆる手を使って調べていますが、未だに詳しいことはわかっていないといいます。あまりにも謎に満ちているがゆえに、彼は不老不死であり、今もどこかで生きているのではないかという噂が囁かれているほどです。
「ペンバートンって、時計をつくっていた会社の名前だったんだ……」
アリーはようやく合点がいきました。赤い目覚まし時計に刻まれていたのは、きっと会社の名前だったのです。
「今では、時計の製造はほとんどしておりませんの。このご時世に時計ばかり製造していたって、行き詰まるのは目に見えていますもの。ペンバートンが時計の会社だったことを知っているのは、うちの役員と一部の歴史マニアくらいだと思いますわ」
ネルはそこまで語ってから、ふと、同じ料理が乗ったままのアリーのお皿を見ました。
「あら、うっかり喋りすぎてしまいましたわ。ごめんなさい、私のことは気にせずに食べてくださいな。私、興奮すると喋りすぎる癖がありますの」
言われてはじめて、アリーは両手にナイフとフォークを握ったままの自分に気がつきました。話を聞くのに夢中で、すっかり食べることを忘れていました。
「いいえ、あの、面白かったです。それにしてもネルさんは、アルバート・ペンバートンのことに詳しいんですね」
「詳しいといいますか……好きなんですの。アルバート氏は、我が家の始まりにして誇りですから。本物の貴族に比べれば歴史はまだ浅いけれど、今では爵位をいただけるまでになりましたのよ。本当はもっともっと話したいけれど……でも、これ以上お食事のお邪魔をするのはいけませんわね。私はそろそろ失礼いたしますわ」
ネルは満足したように席を立ちました。
「そういえば、お兄様があなたを呼んでいましたわ。なんでも、探し物が見つかったんだとか。もちろん、行くのはお食事がすんでからで構わないと思いますわ」
「お兄様って、あのノアって人ですか?」
「ええ」
「探し物っていうのは?」
ネルは困ったように眉をよせました。
「詳しいことは私にもわかりません。お兄様って不思議な人でしょう。まるで、現代版アルバート・ペンバートンだと、よく言われていますのよ」
ネルが行ってしまうと、アリーはさっきの本を、自分の方に向けてめくってみました。
そこには、バートそっくりな人物の肖像画が載っており、そのすぐ下には「アルバート・ペンバートン とても若々しく見えるが、当時八十歳だったとされている」と書かれていました。
アルバートがこのドヌールンの町にやってきたのは、今からちょうど二百二十五年前、十八歳のときでした。この時点で彼は既に、妻のアイリーン・ペンバートンと結婚していました。「ペンバートン」という姓は妻のものであり、元の名前は
無一文でやってきたアルバートは、とある鍛冶屋に弟子入りすると、瞬く間に頭角を現し、わずか数年で独立を果たします。やがて自分の仕事を軌道に乗せた彼は、仕事のかたわら「趣味」と称して、ゼンマイ式の置時計をつくり、それを家の玄関に飾っておきました。ある日、彼の子供たちがそれを持って遊んでいるところを、通りがかった公爵夫人が見つけ、ぜひ譲ってほしいと頼んできます。夫人が持ち帰った時計を見た人々はみな驚き、アルバートの能力の高さを褒め称えました。やがて、その噂は国王の耳に入るに至り、アルバートは宮廷に仕えるようになります。その後、技術革命によって人々の暮らしは劇的に変わり、国は人々の時間を統一したいと考えるようになります。そこでアルバートは国の協力を得て、本格的に小型の時計の生産をはじめます。時代が変わり、政治が国王から議会中心になると、アルバートは懇意にしていた職人たちと共に会社を立ち上げ、何度も倒産の危機を乗り越えたのち、巨万の富を築くことに成功し、ドヌールンの町に大きな屋敷を設けます。
この時点で、既に七十年が経過していました。妻のアイリーンは既に病で亡くなっていました。ところが、不思議なことにアルバートの顔立ちは、鍛冶屋をしていた二十代の頃からほとんど変わっていなかったといいます。衰えることも老いることもない彼を、人々は吸血鬼のようだといいました。彼自身もそれを気にしており、ある日突然会社を息子に譲ると、簡単な書き置きを残して、自宅から去ってしまいました。その後、家族が手を尽くしても消息はつかめませんでした。現在もなお、歴史の研究者たちはアルバートの最期を知ろうと、あらゆる手を使って調べていますが、未だに詳しいことはわかっていないといいます。あまりにも謎に満ちているがゆえに、彼は不老不死であり、今もどこかで生きているのではないかという噂が囁かれているほどです。
「ペンバートンって、時計をつくっていた会社の名前だったんだ……」
アリーはようやく合点がいきました。赤い目覚まし時計に刻まれていたのは、きっと会社の名前だったのです。
「今では、時計の製造はほとんどしておりませんの。このご時世に時計ばかり製造していたって、行き詰まるのは目に見えていますもの。ペンバートンが時計の会社だったことを知っているのは、うちの役員と一部の歴史マニアくらいだと思いますわ」
ネルはそこまで語ってから、ふと、同じ料理が乗ったままのアリーのお皿を見ました。
「あら、うっかり喋りすぎてしまいましたわ。ごめんなさい、私のことは気にせずに食べてくださいな。私、興奮すると喋りすぎる癖がありますの」
言われてはじめて、アリーは両手にナイフとフォークを握ったままの自分に気がつきました。話を聞くのに夢中で、すっかり食べることを忘れていました。
「いいえ、あの、面白かったです。それにしてもネルさんは、アルバート・ペンバートンのことに詳しいんですね」
「詳しいといいますか……好きなんですの。アルバート氏は、我が家の始まりにして誇りですから。本物の貴族に比べれば歴史はまだ浅いけれど、今では爵位をいただけるまでになりましたのよ。本当はもっともっと話したいけれど……でも、これ以上お食事のお邪魔をするのはいけませんわね。私はそろそろ失礼いたしますわ」
ネルは満足したように席を立ちました。
「そういえば、お兄様があなたを呼んでいましたわ。なんでも、探し物が見つかったんだとか。もちろん、行くのはお食事がすんでからで構わないと思いますわ」
「お兄様って、あのノアって人ですか?」
「ええ」
「探し物っていうのは?」
ネルは困ったように眉をよせました。
「詳しいことは私にもわかりません。お兄様って不思議な人でしょう。まるで、現代版アルバート・ペンバートンだと、よく言われていますのよ」
ネルが行ってしまうと、アリーはさっきの本を、自分の方に向けてめくってみました。
そこには、バートそっくりな人物の肖像画が載っており、そのすぐ下には「アルバート・ペンバートン とても若々しく見えるが、当時八十歳だったとされている」と書かれていました。