6 プリンセス
「レイ、どうしてここに?」
アリーはレイの目を見て話しかけましたが、灰色のセーターを着たレイは、それにまるで気づいていない様子で、スタスタと近くにいたハルに歩みよりました。
「ハル、あなたは幸せね。ずっと母親と一緒で、母親に記憶されていて、お父様の証を受け継ぐことが許されているのだもの」
ハルは床に膝をついたまま、ぴくりとも動かずに、驚愕の表情でレイを見上げていました。バートが叫びました。
「そいつに近づくな。逃げろ!」
しかし、その警告は遅すぎました。レイがハルの頭部に手をかざした瞬間、ハルはどさりと床に倒れこんでしまいました。
「くそっ!」
バートは袋から時計をひとつ取り出し、レイに向かって勢いよく投げつけました。すると、飛んできた時計の勢いに煽られるかのように、レイの身体はグニャリと歪み、一瞬にして煙のように消えてしまいました。レイの姿が完全になくなると、バートはハルに駆けより、うつ伏せになっているハルを助け起こしました。
「大丈夫か!」
しかし、ハルは答えませんでした。意識を失っているらしく、首も腕もだらんとしています。アリーも急いでバートの側に行き、ハルの手を取りました。
すると、その手はみるみるうちにしぼんでシワだらけになりました。そして、茶色く硬くなり、最後には、その茶色いものがボロボロと剥がれ落ちて、白い骨だけになりました。アリーはあらん限りの悲鳴をあげ、ハルの手を話しました。
「何……何よこれ。バート、どうしよう。ハルが、ハルが……!」
「なんてこった。この国の中でも、彼女の魔力は健在なのか」
バートは悲痛な顔で、そっとハルの身体を床に戻しました。ものの数秒で、ハルの身体は着ている洋服を残し、すべて骨になってしまいました。アリーはガタガタと震えながら、バートにすがりつきました。
「ああ、どうしよう、どうしよう。ハル、どうしちゃったの? どうしてレイがこんなことを? 私、どうしたらいいの?」
バートは黙ってアリーの帽子をぐいと引っ張り、深くかぶせました。そして、もはや原型を留めていないハルの身体から、懐中時計を取りだしました。懐中時計は真っ黒になって、ひび割れていました。
「こいつは、ただ事じゃないな……」
バートはひとり呟くと、懐中時計をしまって、傍にあった自分の麻袋を掴み、反対の手でアリーの手首をぐっと握りました。
「いいか、あれは本物のレイチェルじゃない。本物から分裂した、レイチェルの精神体のひとつだ。この場所には入れないものと思いこんでいたんだが……ひとまず、逃げるぞ」
「待って、ハルはどうするの?」
「どうしようもない。気の毒だが、やむを得ん」
こうしてバートとアリーは地下を脱出し、時計塔を出て走りだしました。しかし、バートは国の出口である森ではなく、なぜか全く反対の方向にアリーを連れていこうとしました。
「ちょっと、どこへ行くの? 森を抜けて逃げなきゃ!」
「森を抜けてどうする。むざむざ自分から危険地帯へ行くのか? 森の外へ出てみろ、すぐに分離体に遭遇してハロルドのようになるぞ!」
アリーはそれを聞き、ぞっとして立ち止まりました。
「森の外の方が危険なの? それじゃあ、パパたちも、まさか……」
バートは一瞬、しまったという顔をしました。そして、さっと横を向きました。
「そういうことは、考えるんじゃない」
アリーは真っ青になりました。バートの表情から察するに、パパやママも、ハルのようになっている可能性が高そうです。
バートに手を引かれて走りながら、アリーはただ、ぼんやりと崩壊した店や、大量の木と落ち葉に埋め尽くされた町のことを思いだしていました。
──これは、夢だわ。私は今、悪い夢を見ているんだわ。
アリーは無意識に、心の中で自分にそう言い聞かせていました。
アリーはレイの目を見て話しかけましたが、灰色のセーターを着たレイは、それにまるで気づいていない様子で、スタスタと近くにいたハルに歩みよりました。
「ハル、あなたは幸せね。ずっと母親と一緒で、母親に記憶されていて、お父様の証を受け継ぐことが許されているのだもの」
ハルは床に膝をついたまま、ぴくりとも動かずに、驚愕の表情でレイを見上げていました。バートが叫びました。
「そいつに近づくな。逃げろ!」
しかし、その警告は遅すぎました。レイがハルの頭部に手をかざした瞬間、ハルはどさりと床に倒れこんでしまいました。
「くそっ!」
バートは袋から時計をひとつ取り出し、レイに向かって勢いよく投げつけました。すると、飛んできた時計の勢いに煽られるかのように、レイの身体はグニャリと歪み、一瞬にして煙のように消えてしまいました。レイの姿が完全になくなると、バートはハルに駆けより、うつ伏せになっているハルを助け起こしました。
「大丈夫か!」
しかし、ハルは答えませんでした。意識を失っているらしく、首も腕もだらんとしています。アリーも急いでバートの側に行き、ハルの手を取りました。
すると、その手はみるみるうちにしぼんでシワだらけになりました。そして、茶色く硬くなり、最後には、その茶色いものがボロボロと剥がれ落ちて、白い骨だけになりました。アリーはあらん限りの悲鳴をあげ、ハルの手を話しました。
「何……何よこれ。バート、どうしよう。ハルが、ハルが……!」
「なんてこった。この国の中でも、彼女の魔力は健在なのか」
バートは悲痛な顔で、そっとハルの身体を床に戻しました。ものの数秒で、ハルの身体は着ている洋服を残し、すべて骨になってしまいました。アリーはガタガタと震えながら、バートにすがりつきました。
「ああ、どうしよう、どうしよう。ハル、どうしちゃったの? どうしてレイがこんなことを? 私、どうしたらいいの?」
バートは黙ってアリーの帽子をぐいと引っ張り、深くかぶせました。そして、もはや原型を留めていないハルの身体から、懐中時計を取りだしました。懐中時計は真っ黒になって、ひび割れていました。
「こいつは、ただ事じゃないな……」
バートはひとり呟くと、懐中時計をしまって、傍にあった自分の麻袋を掴み、反対の手でアリーの手首をぐっと握りました。
「いいか、あれは本物のレイチェルじゃない。本物から分裂した、レイチェルの精神体のひとつだ。この場所には入れないものと思いこんでいたんだが……ひとまず、逃げるぞ」
「待って、ハルはどうするの?」
「どうしようもない。気の毒だが、やむを得ん」
こうしてバートとアリーは地下を脱出し、時計塔を出て走りだしました。しかし、バートは国の出口である森ではなく、なぜか全く反対の方向にアリーを連れていこうとしました。
「ちょっと、どこへ行くの? 森を抜けて逃げなきゃ!」
「森を抜けてどうする。むざむざ自分から危険地帯へ行くのか? 森の外へ出てみろ、すぐに分離体に遭遇してハロルドのようになるぞ!」
アリーはそれを聞き、ぞっとして立ち止まりました。
「森の外の方が危険なの? それじゃあ、パパたちも、まさか……」
バートは一瞬、しまったという顔をしました。そして、さっと横を向きました。
「そういうことは、考えるんじゃない」
アリーは真っ青になりました。バートの表情から察するに、パパやママも、ハルのようになっている可能性が高そうです。
バートに手を引かれて走りながら、アリーはただ、ぼんやりと崩壊した店や、大量の木と落ち葉に埋め尽くされた町のことを思いだしていました。
──これは、夢だわ。私は今、悪い夢を見ているんだわ。
アリーは無意識に、心の中で自分にそう言い聞かせていました。