6 プリンセス
バートたちは、レイと共に別室へと入っていきました。アリーは言いつけを破った罰として自室に入れられ、パパが来るまでは絶対にそこから出ないように命じられました。しかし、そんな命令程度ではアリーの好奇心と、それによる凄まじい行動力は押さえきれませんでした。アリーはパパが去るとすぐ、バートがいる部屋へと行きました。すると、偶然その扉は閉まりきっておらず、残り数センチのところで引っかかって止まっていました。中にいるバートたちは、そのことに気がついていないようです。アリーはあたりを見回し、危険がないことを確認してから、その隙間に顔を近づけ、中を覗きこみました。
隙間からは、バートとハルの後ろ姿と、メジャーを持ったレイが見えました。バートはパリッとした清潔なシャツに、これまたアイロンのかかった綺麗なズボン、そしてピカピカに磨かれた革靴を履いていました。髪もきちんととかされています。喋ればバートの声がするのですが、見た目、特に後ろ姿はまるで別人のようでした。
バートったら、いつの間にあんなに綺麗になったのかしら? と、アリーは訝しげに心の中で呟きました。もちろん、バートが綺麗になったのは、ギルの家で身体を洗い、ギルの父親の服を着ているからなのですが、この時のアリーはそんなことを知るよしもありませんでした。
レイは、珍しく不快感を露わにした表情で言いました。
「どういうことですか? お客様が採寸を希望されていると聞いたから、私はここに来たのですが。それに、お客様は女性だと」
「嘘をついて申し訳ない、それは口実なんだよ。私はあなたにに会いに来たんです、レイチェルさん」
こう答えたのはバートです。アリーは目を輝かせました。わざわざアリーが頼むまでもなく、バートは自分からレイに会いにきてくれたのです。なんという幸運でしょう。
けれども、レイの表情は固いままでした。
「わかりました、あなたは採寸を希望されているお客様ではないのですね。でしたら、私がすることは何もありません。仕事に戻らせていただきます」
「待ってくれ、それなら、採寸をしてもらおう。その間、俺は少し独り言を喋るかもしれないが、所詮は独り言だ。無視してくれたまえ」
レイは一瞬むっとしましたが、すぐにいつもの機械的な表情に戻ると、ひざまづいてメジャーをバートに押しあてはじめました。バートはそんな状況でも、なんてことない様子で気さくにレイに話しかけはじめました。
「悪いね、こんな真似をして。だが、俺はどうしても君に会う必要があったんだよ。ところで、君には弟がいるね」
レイはしばらく手を止めて考えこみ、氷のような声で答えました。
「いいえ」
そしてまた、作業の続きに戻りました。バートは苦笑のような声を漏らしました。
「家族のことを考えたくないのはわかる。だが、いつまでも問題を先送りにする訳にはいかないんだ。君には両親と弟がいるね。そして長い間、君は彼らに会うことなく生きてきた」
アリーは仰天しました。レイに弟がいたなんて初めて知りました。サンダース夫人がよく、レイのことを「孤独な子」と言っていたので、てっきり兄弟はいないものと思いこんでいました。それにしても、「会うことなく生きてきた」とは、一体どういう意味なのでしょう。アリーはドキドキしながらレイの返事を待ちましたが、レイは何も言いませんでした。
バートはすっとハルのほうに手を向けました。
「ところで、ここにいる彼のことなんだがね」
「付き添いの方には応接室でお待ちいただくように案内したはずですが」
「そうじゃない。誰だと思う?」
「知りません」
レイは手帳に採寸の結果を記録すると、すっと立ちあがり、バートの胸あたりにメジャーを当てようとしました。が、バートはそのタイミングでレイの両手を掴み、すっと下ろさせました。
「何ですか?」
「すまない、少しだけ手を止めてくれ」
そして、ハルの肩を抱くと、レイの前まで連れてきました。ここでようやく、アリーの見ている方角から、三人の顔がはっきりと見えました。バートは相変わらず、気味が悪いくらいにニコニコしていました。
「紹介するよ。ハロルド・ワイズくんだ。彼とはつい昨日知り合った」
隙間からは、バートとハルの後ろ姿と、メジャーを持ったレイが見えました。バートはパリッとした清潔なシャツに、これまたアイロンのかかった綺麗なズボン、そしてピカピカに磨かれた革靴を履いていました。髪もきちんととかされています。喋ればバートの声がするのですが、見た目、特に後ろ姿はまるで別人のようでした。
バートったら、いつの間にあんなに綺麗になったのかしら? と、アリーは訝しげに心の中で呟きました。もちろん、バートが綺麗になったのは、ギルの家で身体を洗い、ギルの父親の服を着ているからなのですが、この時のアリーはそんなことを知るよしもありませんでした。
レイは、珍しく不快感を露わにした表情で言いました。
「どういうことですか? お客様が採寸を希望されていると聞いたから、私はここに来たのですが。それに、お客様は女性だと」
「嘘をついて申し訳ない、それは口実なんだよ。私はあなたにに会いに来たんです、レイチェルさん」
こう答えたのはバートです。アリーは目を輝かせました。わざわざアリーが頼むまでもなく、バートは自分からレイに会いにきてくれたのです。なんという幸運でしょう。
けれども、レイの表情は固いままでした。
「わかりました、あなたは採寸を希望されているお客様ではないのですね。でしたら、私がすることは何もありません。仕事に戻らせていただきます」
「待ってくれ、それなら、採寸をしてもらおう。その間、俺は少し独り言を喋るかもしれないが、所詮は独り言だ。無視してくれたまえ」
レイは一瞬むっとしましたが、すぐにいつもの機械的な表情に戻ると、ひざまづいてメジャーをバートに押しあてはじめました。バートはそんな状況でも、なんてことない様子で気さくにレイに話しかけはじめました。
「悪いね、こんな真似をして。だが、俺はどうしても君に会う必要があったんだよ。ところで、君には弟がいるね」
レイはしばらく手を止めて考えこみ、氷のような声で答えました。
「いいえ」
そしてまた、作業の続きに戻りました。バートは苦笑のような声を漏らしました。
「家族のことを考えたくないのはわかる。だが、いつまでも問題を先送りにする訳にはいかないんだ。君には両親と弟がいるね。そして長い間、君は彼らに会うことなく生きてきた」
アリーは仰天しました。レイに弟がいたなんて初めて知りました。サンダース夫人がよく、レイのことを「孤独な子」と言っていたので、てっきり兄弟はいないものと思いこんでいました。それにしても、「会うことなく生きてきた」とは、一体どういう意味なのでしょう。アリーはドキドキしながらレイの返事を待ちましたが、レイは何も言いませんでした。
バートはすっとハルのほうに手を向けました。
「ところで、ここにいる彼のことなんだがね」
「付き添いの方には応接室でお待ちいただくように案内したはずですが」
「そうじゃない。誰だと思う?」
「知りません」
レイは手帳に採寸の結果を記録すると、すっと立ちあがり、バートの胸あたりにメジャーを当てようとしました。が、バートはそのタイミングでレイの両手を掴み、すっと下ろさせました。
「何ですか?」
「すまない、少しだけ手を止めてくれ」
そして、ハルの肩を抱くと、レイの前まで連れてきました。ここでようやく、アリーの見ている方角から、三人の顔がはっきりと見えました。バートは相変わらず、気味が悪いくらいにニコニコしていました。
「紹介するよ。ハロルド・ワイズくんだ。彼とはつい昨日知り合った」