5 兄の真実
次にギルが目を開けたとき、既に昼は終わっていて、日が傾きかけていました。慌てて跳ね起き、階段を下りていくと、お父さんが何か話しているのが聞こえてきました。
「話がついたよ。だが、正式に約束を取り付けたわけじゃない。あんたというお客の相手をするように頼んだだけだ。あとのことは自分でやってくれ、だとさ」
「感謝します、色々とお世話になりました」
これは、バートの声でしょう。ギルは急いでリビングのドアを開けました。
「おや、やっと起きたのか」
お父さんを含め、リビングにいた全員が、意外そうにギルの方を振り返りました。どうやら、今の今まで眠っていたのはギルひとりだったようです。
「みんな起きてたのかよ。なんで、俺だけ放っておくんだよ」
ギルが憤怒すると、お母さんが困ったように答えました。
「あまりにもよく眠っていたから、悪いと思ったの」
「まあ、最後に一目会えてよかったよ」
いつの間にか随分と綺麗になったバートが、軽く敬礼の真似事をして見せました。
「それじゃ、俺はこれで」
「待てよバート、どこ行くんだよ」
「ちょっと隣町の服屋さんにね。大丈夫、すぐに済むさ」
バートはギルをすり抜けて戸口の方へと向かいました。それから、ハルがやってきて、ギルに時計を掲げて見せました。
「申し訳ないけれど、この時計、しばらく借りていくよ」
「別に、それは兄さんの物だからいいけど……兄さんもどこかに行くの?」
「うん、僕も行ってくる。やっぱり、このまま放っておくわけにはいかないと思うんだ。レイチェルさんと、きちんと会って話してくる」
そう言って、今にも玄関から出ていきそうなハルを、ギルは大急ぎで引き止めました。
「待ってよ、俺も行く!」
「やめなさい、ギル」
後ろからお母さんがやってきて、ハルからギルを引き剥がしました。
「あなたが行ったって邪魔なだけよ。それに、食事もまだでしょう」
言われてみれば、そうです。なんだか胃のあたりが痛いのは気のせいではなさそうです。そういえば、もうかなり長い間、何も食べていないような気がします。
戸口にいたバートは、片膝をついて屈むと、ギルの両肩に手をのせ、寂しげに笑いました。
「今までありがとう。君を巻きこんで悪かったな。今日はもう、家でゆっくりしているといい。全部片付いたら、またここを訪ねるよ」
ここまで言われてしまっては仕方がありません。ギルは、おとなしく引きさがりました。
ギルたちは、玄関の外に出て、ふたりを見送ることにしました。
壁にもたれて、大人たちが別れの挨拶を終えるのを待っていると、おずおずとハルがこちらにやってきて、申し訳なさそうにこう言いました。
「昨日からのことだけど……ごめんね。昨夜のギルは何も悪くなかったよ」
この意外すぎる言葉に、ギルはびっくりしました。この騒動の引き金をひいたのはギルでしたから、叱られこそすれ、謝られることなんてあるはずがないと思っていたからです。
「別にいいよ。勝手に森に行ったのは俺だし、謝るのは俺のほうだよ。兄さんについていったのは、心配だったってだけだしさ。それに実は、兄さんのおかげで学校も休めて、ちょっと喜んでるんだ。ちっとも怒ってなんかいないよ」
するとハルは、ほっとしたように顔をほころばせました。
「そっか。ありがとう」
やがて、挨拶を終えたバートがやってきて、せかすようにハルの肩を叩きました。
「さあ、夜にならないうちに行こう」
「はい。じゃあ、行ってきます」
こうして、ふたりは隣町へと旅立ってしまいました。お父さんたちは、ふたりがこちらに背を向けたのを確認すると、不安げに顔を見合わせました。
「ハル、ちゃんと帰ってくるかしら」
「確かにあの人は怪しいが、これだけのことが起こった以上、俺たちにはどうしようもない。今は信じてみるしかないさ。大丈夫、あの子だってもう十六なんだから」
「そうね……」
「さあ、家に戻ろう。いつまでも外にいたって仕方がない」
お母さんとお父さんは玄関の扉を開けて中に入ると、外に突っ立っているギルに呼びかけました。
「ギル、早く入りなさい」
「うん」
ギルは力なく返事をすると、談笑しながらだんだんと小さくなっていくふたりの姿をぼんやりと眺めました。両親とは違い、ギルはバートのことは信用していましたが、それとは別に、ハルのことが心配でたまりませんでした。
理由はわかりませんが、なんだか胸騒ぎがするのです。
「大丈夫かなあ……」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で、ギルはひとり呟きました。
「話がついたよ。だが、正式に約束を取り付けたわけじゃない。あんたというお客の相手をするように頼んだだけだ。あとのことは自分でやってくれ、だとさ」
「感謝します、色々とお世話になりました」
これは、バートの声でしょう。ギルは急いでリビングのドアを開けました。
「おや、やっと起きたのか」
お父さんを含め、リビングにいた全員が、意外そうにギルの方を振り返りました。どうやら、今の今まで眠っていたのはギルひとりだったようです。
「みんな起きてたのかよ。なんで、俺だけ放っておくんだよ」
ギルが憤怒すると、お母さんが困ったように答えました。
「あまりにもよく眠っていたから、悪いと思ったの」
「まあ、最後に一目会えてよかったよ」
いつの間にか随分と綺麗になったバートが、軽く敬礼の真似事をして見せました。
「それじゃ、俺はこれで」
「待てよバート、どこ行くんだよ」
「ちょっと隣町の服屋さんにね。大丈夫、すぐに済むさ」
バートはギルをすり抜けて戸口の方へと向かいました。それから、ハルがやってきて、ギルに時計を掲げて見せました。
「申し訳ないけれど、この時計、しばらく借りていくよ」
「別に、それは兄さんの物だからいいけど……兄さんもどこかに行くの?」
「うん、僕も行ってくる。やっぱり、このまま放っておくわけにはいかないと思うんだ。レイチェルさんと、きちんと会って話してくる」
そう言って、今にも玄関から出ていきそうなハルを、ギルは大急ぎで引き止めました。
「待ってよ、俺も行く!」
「やめなさい、ギル」
後ろからお母さんがやってきて、ハルからギルを引き剥がしました。
「あなたが行ったって邪魔なだけよ。それに、食事もまだでしょう」
言われてみれば、そうです。なんだか胃のあたりが痛いのは気のせいではなさそうです。そういえば、もうかなり長い間、何も食べていないような気がします。
戸口にいたバートは、片膝をついて屈むと、ギルの両肩に手をのせ、寂しげに笑いました。
「今までありがとう。君を巻きこんで悪かったな。今日はもう、家でゆっくりしているといい。全部片付いたら、またここを訪ねるよ」
ここまで言われてしまっては仕方がありません。ギルは、おとなしく引きさがりました。
ギルたちは、玄関の外に出て、ふたりを見送ることにしました。
壁にもたれて、大人たちが別れの挨拶を終えるのを待っていると、おずおずとハルがこちらにやってきて、申し訳なさそうにこう言いました。
「昨日からのことだけど……ごめんね。昨夜のギルは何も悪くなかったよ」
この意外すぎる言葉に、ギルはびっくりしました。この騒動の引き金をひいたのはギルでしたから、叱られこそすれ、謝られることなんてあるはずがないと思っていたからです。
「別にいいよ。勝手に森に行ったのは俺だし、謝るのは俺のほうだよ。兄さんについていったのは、心配だったってだけだしさ。それに実は、兄さんのおかげで学校も休めて、ちょっと喜んでるんだ。ちっとも怒ってなんかいないよ」
するとハルは、ほっとしたように顔をほころばせました。
「そっか。ありがとう」
やがて、挨拶を終えたバートがやってきて、せかすようにハルの肩を叩きました。
「さあ、夜にならないうちに行こう」
「はい。じゃあ、行ってきます」
こうして、ふたりは隣町へと旅立ってしまいました。お父さんたちは、ふたりがこちらに背を向けたのを確認すると、不安げに顔を見合わせました。
「ハル、ちゃんと帰ってくるかしら」
「確かにあの人は怪しいが、これだけのことが起こった以上、俺たちにはどうしようもない。今は信じてみるしかないさ。大丈夫、あの子だってもう十六なんだから」
「そうね……」
「さあ、家に戻ろう。いつまでも外にいたって仕方がない」
お母さんとお父さんは玄関の扉を開けて中に入ると、外に突っ立っているギルに呼びかけました。
「ギル、早く入りなさい」
「うん」
ギルは力なく返事をすると、談笑しながらだんだんと小さくなっていくふたりの姿をぼんやりと眺めました。両親とは違い、ギルはバートのことは信用していましたが、それとは別に、ハルのことが心配でたまりませんでした。
理由はわかりませんが、なんだか胸騒ぎがするのです。
「大丈夫かなあ……」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で、ギルはひとり呟きました。