5 兄の真実

 一同はリビングに戻り、席につきました。普段は四つしか椅子がないのですが、今日はバートがいるので隣の部屋からひとつ別の椅子を持ってきました。
「バート、結局その兄さんが起こした『分裂現象』っていうのは何だったんだよ」
 すると、ハルが持っていた時計の蓋がぱかりと開き、フローがにゅっと顔を出しました。
「昔の自分が、現在の自分から分離してしまうことをそう言うの。王家の子って、たまにこうなるんだよ。時間を操る魔法って、精神状態によって強さが左右されがちなんだよね」
「フロー、なんだよ急に。お前、しばらく寝るから起こすなって言ってたじゃないか」
 そう、さっきまで一切姿を見せていなかったフローは、実は疲れたと言ってギルたちが森を出る前に時計に戻り、しばらく眠っていたのでした。ギルが咎めると、フローはすまして言いました。
「もう充分だもん。これまでと違って時計にエネルギーが満ちているから、たいして回復に時間はかからないの。時計から出なければいくらでも話していられると思う」
「へえ」
 ギルとハルは素直に感心しました。一方、お父さんは真っ青になって怒鳴りました。
「な、なんなんだこの少女は!」
 お母さんは、フローの顔をまじまじと見つめました。
「あなたは……姉の結婚式に出席していた子ね」
 ギルはひどく驚いて尋ねました。
「母さん、フローを知っているの!?」
「あまりにも奇抜な子だったから、よく覚えているわ……そうなのね、あなたは森の向こうの子なのね。みんな、森の向こうのことは知っているのね」
 お母さんは肩を落としてため息をつきました。
「わかったわ。どんな質問にも答えましょう。でも、その前に教えて。どうしてハルは小さくなったの? どうしてうちがこんな目にあっていたの?」
「さっきフローが……ああ失礼、この子はフローと言いましてね、私の知り合いなんですが、まあ、彼女がさっき説明した通りですよ」
 バートは手短にフローを紹介しました。これまで散々不思議な出来事につきあわされたせいか、お父さんももう、この時計から出てきた半透明の少女には何も言いませんでした。
 バートは少しの間、目を閉じて唸りました。おそらくは、話す内容を考えているのでしょう。そして目を開けると、軽く咳払いをしてから、ようやく「分裂現象」なるものについて話してくれました。
「ひとつ言えることは、こういうことはクロックの国内では日常茶飯事なんだということですね。特に、王家の者にとっては別に珍しくもなんともありません。とりあえず、アワーズ王家の歴史からお話ししましょうか」


 今から二百年前、まだクロックという国が森に囲まれていなかった頃から、既にこの国の王族には不思議な力が宿っていました。いったいどうしてこの力が生まれたのかは不明ですが、とにかく、初代の王様から末代に至るまで、王家であるアワーズ家の血を引く者は、皆自分の意思で、周囲の物の「時間」を操ることができました。壊れた物はその時間を巻き戻して修理をし、また逆に時間を早回しにして腐敗させ、あるときは時間を止めてその場に固定することもできるのです。
 しかし、その力は非常に不安定で、使う者の精神状態によってはうまく働かないこともありました。失敗するのはまだいい方で、酷い場合には暴走を起こすこともありました。そのため、歴代の王様は自分に子供が生まれると、七歳までは外の世界に出さず、強固な精神を持てるよう徹底的に教育し、次の王にふさわしい人間に育てるようになりました。
 分裂現象というのは、まだ幼い王家の子息に起こりやすい現象で、内側に抱えていた不満が爆発して、周囲および自分自身の「時間」を狂わせてしまうことをいいます。大抵の場合、「現在」の自分とは別に、不満の根源である「過去」の自分を召喚してしまうことから、ひとりの人間が複数に分裂する現象、すなわち「分裂現象」と呼ばれるようになりました。一旦こうなってしまうと誰にも手がつけられなくなり、暴走した本人が周囲を巻きこんでタイムワープしてしまったり、エネルギーを放出させすぎて、周辺の環境の時間を早回しして建物や畑を荒廃させてしまったり、エネルギーを使いすぎて自分自身の時間が巻き戻ってしまったりします。
 今回、ハルの身に起こったのも「分裂現象」で、おそらくは家の中での喧嘩が原因で、家全体の時間が進んでしまい、部屋中が荒れ果ててしまったのだとバートは言いました。
 話の隙間を狙って、ハルが尋ねました。
「じゃあ、あの王冠は? どうして時計を置いたら戻ったの?」
「分裂現象というのは、所詮は心の問題だ。単純にトラブルの根源が解決すれば、暴走は収まる。君は森を出てから両親に再会して、問題が解決しただろう。だから、あとは暴走を起こした地点に自分の魔力の依り代である時計を置けば、すぐに周囲は正常化するというわけだ」
「そうなんだ……」
 ハルは時計をじっと見ながら、納得したように息をつきました。ギルは話についていけず、目を白黒させながら、バートとハルを交互に見ました。
「えええ、兄さんは理解できたのかよ? 難しすぎて、俺にはよくわかんないや」
「ははは、別にそこまで難しい話じゃないさ。まあ、つまるところ、あんまりストレスは溜めるなよってことだ」
 バートはぼすんとハルの背中を叩きました。ハルは大きく頷きました。
「ありがとうございます」
「さて、これで俺の話は終わりだ」
 バートはぐっと、テーブルに身を乗りだしました。
「では、そろそろ教えてもらいましょうかね。ギルくんのご両親が、何をどうしてクロックの王子を引き取ることになったのかを」
 お母さんはバートを見、ギルを見、それからハルの顔を見てから、言葉を選びつつ、ゆっくりと話しはじめました。


「夫と結婚する前、私は隣町のコードルクで、両親と姉と共に暮らしていました。姉は良くも悪くも奔放な人で、少し気が向いたら外国だろうと立ち入り禁止区域だろうと、平気で出掛けていくような人でした。ですから、私たち家族は姉がどこで何をしているのかは、あまりよく知りませんでした。ところがある日、姉は帰ってくるなりこう言ったのです。『森の向こうで王子様にプロポーズされた』と」
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