5 兄の真実
「シーザー?」
ギルとハルは同時に言いました。
「バートじゃなくて?」
「シーザーって誰だよ?」
「本来ならば、クロックの王になるはずだった、八代目のシーザーだよ。それが突然蒸発しちゃって、先代の王様に勘当されて、どっかに行っちゃったの。まさか会えるとは思わなかった!」
ふたりはバートの方を振り返りました。バートは観念したようにあぐらをかいて座りこむと、頭をぼりぼりと掻きました。
「悪い子供だな、許可も取らずに人の名前を呼んじまうとは」
「おいバート、どういうことだよ。王ってなんだよ。あんた、何者だよ!?」
ギルが詰めよると、バートは軽く両手を上げました。
「フローが言ったとおりだ。俺は元々、この国に住んでいたんだ。十五のとき、この国のいろんなことが嫌になって家出した。で、親に勘当された。そして今に至る。これだけだ」
フローはスタスタとバートに歩みより、喋るバートの顔を覗きこみました。
「あなた、老けたわね」
「当たり前だ。あれから何年経ったと思う。俺の計算が狂っていなければ、俺が国を出てからもう二百二十八年になるぞ」
「はあ!?」
ギルとハルは、また同時に叫びました。バートは両手を下ろし、少し寂しげに言いました。
「呪いだよ。俺は死ねない身体なんだ」
そして、そびえ立つ時計塔を見上げました。
「崖から落ちようが何ヶ月飯を食わずにいようが、絶対に生き返っちまうようになっているんだ。不思議に思って調べてみたら、この呪いはクロック王国のせいだということがわかった。この国を裏切った罰みたいなもんさ。俺は楽天家だから、はじめのうちは事の深刻さに気がつかなかった。しかし、これだけ生きていれば、嫌でもわかる。長く生きるなんて、ろくなもんじゃない。家族も友人もとっくに死んじまったのに、俺だけが延々と生きながらえている。いい加減に楽になりたくて、呪いを解く方法を探していたんだ」
「呪いを解く方法は見つかったのか?」
「ああ」
ギルが尋ねると、バートは先程の便箋を掲げて見せました。
「おかげさまで、材料はこれでほぼ揃った。あとはアリーの帽子と金の腕時計があれば終わる」
「金の、腕……なんだって?」
聞きなれない言葉に、ギルは首を捻りました。ハルが静かに言いました。
「そういえば、最近父さんが言ってたよ。腕につける時計が発売されたって」
それから、ハッとして俯き、小さくつけ加えました。
「いや、まあ、父さんじゃないんだけどさ」
バートは便箋をハルに返すと、ぐっと膝に力を入れて立ち上がりました。
「クロックには古くから受け継がれてきた腕時計があるんだよ。歴代の国王だけが身につけていた、金色の腕時計だ」
そして、ぐるりと周囲を見渡しました。
「今でこそこんな有様だが、昔この国は技術大国だったんだよ。時計を発明したのも、時計の語源になったのもこの国だ。ここには、はるか昔からいろんな時計があって、腕につける時計も二百年前の時点で既にあった。もっとも、その技術は門外不出だったがな。家出をするときに作り方を学んでおけばよかったと後悔したよ」
「そんな話、初めて聞いたよ。歴史の教科書には載っていなかった」
ハルが不服そうに反論すると、バートはふっと鼻で笑いました。
「存在ごと抹消されたのさ。不都合な文献は焼いてしまえば済むからな。今では都市伝説呼ばわりされてるよ。歴史というのはそういうもんだ」
それから、いつもの調子でにっと歯を見せて笑い、ふたりの肩をパンパンと叩きました。
「ま、そんなことはどうでもいい。今はとにかく、金の腕時計を手に入れないとな」
「そんなもの、どこにあるんだよ」
「この手紙の内容が正しければ、時計は王女が所有しているはずだ。つまり、君の姉さんに会えばいい。手紙が送られてくるくらいだ、居場所くらいはわかるだろう?」
「ええ。でも僕、この人に会ったことはないんです」
ハルは困った様子で手紙を見つめました。
「僕たちに会うことを拒否しているみたいで、この手紙も僕ではなく義母宛に届いたんです。死んだ母親のことも毛嫌いしているとか」
「だったら、俺が言って頼んでみよう。俺のことは拒否していないだろう?いったいどこに住んでいるんだ」
「コードルクで働いています。商店街にある、ローレンスさんの店で」
バートとギルは顔を見合わせました。
「おい、冗談だろ? ローレンスの店ってのはつまり……」
「アリーの父さんの店じゃないか!」
バートは膝を打って笑いました。
「なんだい、そうだったのか。灯台もと暗しとはまさにこのことだな。よし、早速行ってみようじゃないか」
そして、麻袋から時計をひとつ取りだし、時刻を確認しました。
「うん、そろそろ夜明けだな。ちょうどいい、ひとまず森を出よう」
ギルとハルは同時に言いました。
「バートじゃなくて?」
「シーザーって誰だよ?」
「本来ならば、クロックの王になるはずだった、八代目のシーザーだよ。それが突然蒸発しちゃって、先代の王様に勘当されて、どっかに行っちゃったの。まさか会えるとは思わなかった!」
ふたりはバートの方を振り返りました。バートは観念したようにあぐらをかいて座りこむと、頭をぼりぼりと掻きました。
「悪い子供だな、許可も取らずに人の名前を呼んじまうとは」
「おいバート、どういうことだよ。王ってなんだよ。あんた、何者だよ!?」
ギルが詰めよると、バートは軽く両手を上げました。
「フローが言ったとおりだ。俺は元々、この国に住んでいたんだ。十五のとき、この国のいろんなことが嫌になって家出した。で、親に勘当された。そして今に至る。これだけだ」
フローはスタスタとバートに歩みより、喋るバートの顔を覗きこみました。
「あなた、老けたわね」
「当たり前だ。あれから何年経ったと思う。俺の計算が狂っていなければ、俺が国を出てからもう二百二十八年になるぞ」
「はあ!?」
ギルとハルは、また同時に叫びました。バートは両手を下ろし、少し寂しげに言いました。
「呪いだよ。俺は死ねない身体なんだ」
そして、そびえ立つ時計塔を見上げました。
「崖から落ちようが何ヶ月飯を食わずにいようが、絶対に生き返っちまうようになっているんだ。不思議に思って調べてみたら、この呪いはクロック王国のせいだということがわかった。この国を裏切った罰みたいなもんさ。俺は楽天家だから、はじめのうちは事の深刻さに気がつかなかった。しかし、これだけ生きていれば、嫌でもわかる。長く生きるなんて、ろくなもんじゃない。家族も友人もとっくに死んじまったのに、俺だけが延々と生きながらえている。いい加減に楽になりたくて、呪いを解く方法を探していたんだ」
「呪いを解く方法は見つかったのか?」
「ああ」
ギルが尋ねると、バートは先程の便箋を掲げて見せました。
「おかげさまで、材料はこれでほぼ揃った。あとはアリーの帽子と金の腕時計があれば終わる」
「金の、腕……なんだって?」
聞きなれない言葉に、ギルは首を捻りました。ハルが静かに言いました。
「そういえば、最近父さんが言ってたよ。腕につける時計が発売されたって」
それから、ハッとして俯き、小さくつけ加えました。
「いや、まあ、父さんじゃないんだけどさ」
バートは便箋をハルに返すと、ぐっと膝に力を入れて立ち上がりました。
「クロックには古くから受け継がれてきた腕時計があるんだよ。歴代の国王だけが身につけていた、金色の腕時計だ」
そして、ぐるりと周囲を見渡しました。
「今でこそこんな有様だが、昔この国は技術大国だったんだよ。時計を発明したのも、時計の語源になったのもこの国だ。ここには、はるか昔からいろんな時計があって、腕につける時計も二百年前の時点で既にあった。もっとも、その技術は門外不出だったがな。家出をするときに作り方を学んでおけばよかったと後悔したよ」
「そんな話、初めて聞いたよ。歴史の教科書には載っていなかった」
ハルが不服そうに反論すると、バートはふっと鼻で笑いました。
「存在ごと抹消されたのさ。不都合な文献は焼いてしまえば済むからな。今では都市伝説呼ばわりされてるよ。歴史というのはそういうもんだ」
それから、いつもの調子でにっと歯を見せて笑い、ふたりの肩をパンパンと叩きました。
「ま、そんなことはどうでもいい。今はとにかく、金の腕時計を手に入れないとな」
「そんなもの、どこにあるんだよ」
「この手紙の内容が正しければ、時計は王女が所有しているはずだ。つまり、君の姉さんに会えばいい。手紙が送られてくるくらいだ、居場所くらいはわかるだろう?」
「ええ。でも僕、この人に会ったことはないんです」
ハルは困った様子で手紙を見つめました。
「僕たちに会うことを拒否しているみたいで、この手紙も僕ではなく義母宛に届いたんです。死んだ母親のことも毛嫌いしているとか」
「だったら、俺が言って頼んでみよう。俺のことは拒否していないだろう?いったいどこに住んでいるんだ」
「コードルクで働いています。商店街にある、ローレンスさんの店で」
バートとギルは顔を見合わせました。
「おい、冗談だろ? ローレンスの店ってのはつまり……」
「アリーの父さんの店じゃないか!」
バートは膝を打って笑いました。
「なんだい、そうだったのか。灯台もと暗しとはまさにこのことだな。よし、早速行ってみようじゃないか」
そして、麻袋から時計をひとつ取りだし、時刻を確認しました。
「うん、そろそろ夜明けだな。ちょうどいい、ひとまず森を出よう」