5 兄の真実
時計塔の裏は、草が生えているだけの地味な場所でした。ただ、奇妙なことに二箇所、土を掘り返したような跡があり、枝を組んで作った十字架がふたつ突き刺さっていました。
ギルは反射的に後ずさりました。誰がどう見たって、これは誰かのお墓です。
「ずいぶんと雑なお墓だな」
ギルはひとり呟きました。答える人はいないはずでした。
「きっと、アールの墓だよ。よそ者が時計塔の周りをうろついているのに、アールが出てこないなんておかしいもん。多分、魔法が解けて死んじゃったんだ」
いつの間にか、ギルの真後ろに、小さな少女が立っていました。黒い衣をまとった少女がいました。ギルより少し年上でしょうか。きついパーマのかかった髪、時計の針のような不思議な髪飾り、ほんの少しピンクが混じった黒い服……その姿に、ギルは見覚えがありました。
「フロー!?」
「来てくれてありがとう」
ギルより頭ふたつ分は小さい少女は、困ったようにギルを見上げていました。その身体は相変わらず透き通っていて、すぐ後ろの草や木がくっきりと見えました。
「フローってこんなに小さかったのか。それにしても、どうしてここにいるんだ。なんで今まで出てきてくれなかったんだよ?」
「時計を通じて通信すると、時計の魔力を一気に食ってしまうの。だから、しばらくは出てこられなかったんだ。でも、王子様を連れてきてくれたでしょ? おかげで時計の魔力が回復したから、私は出てこられたの」
「じゃあ、王子様っていうのは、まさか」
ギルは、先程のバートとハルの会話を思い出しました。
「兄さんのことだったんだ……」
フローはきょとんとして首を傾げました。
「そうなの?じゃあ、あなたは王子様を知っていたというわけだね」
「なんだよ、俺たちの話を聞いていなかったのかよ?」
「さあ、知らない。私はずっと眠らされていたから、あなたと話をしたことまでしか覚えていないかな」
「なんだよ……」
ギルはがっくりと肩を落としました。フローはすましてこう付け加えました。
「でも、私の魔法、効いたでしょ。その証拠にあなたは今こうしてクロックの時計塔にいるじゃない」
「魔法って?」
「あなたがあなたの協力者に出会えるように、ほんの少し、あなたの時の流れを変えたの。うまくいったみたいでよかった」
そういえば、かつてフローはギルにこう告げていました。「あなたを助けてくれそうな人のところへ、あなたを導いてあげる」と。
「お前、結局なんなんだよ。時の妖精とか言ってたけど、魔法使いなのか?」
「惜しいかな。『時の妖精』だったのは昔の話なの。今は国の時間が停止しているから、『時の精霊』のほうが近いと思う」
「はあ……?」
ギルにはフローの言葉の意味が理解できませんでした。
ちょうどそのとき、後ろから草を踏みしめる音と、聞き覚えのある声が飛んできました。
「ギル、ここにいたのか」
ギルは何も考えずにぱっと振り返りました。そして、少し視線を下に落とし、そのまま硬直しました。
「あれ、兄さん……?」
「ただいま。塔の向こうにも行ってみたんだけど、少し歩くだけですぐに行き止まりになってしまったよ。反対側も森になっているらしい。この国、想像以上に小さいみたいだ」
それから、ふと不思議そうにギルの全身を観察しました。
「ギル、なんだかおかしくないか? 身長が伸びている気がする」
「おかしいのは兄さんだよ。俺より小さいし、昔の声になってる!」
言われてはじめて、ハルは自身の変化に気づいたようで、まず自分のつま先を見、ゆっくりと両手を広げて見、そして慌てたように、またギルを見ました。
「着てる服が変わってる。ギルが大きくなってる!」
紡ぎだされたその声は、いつもの低い声ではなく、少女のような幼い声でした。それは、過去にギルがずっと聞いてきた懐かしい声でした。
「兄さんが縮んでるんだよ。それに今兄さんが着てるのは俺の服だよ。兄さんのお下がりで、今は俺も着なくなった昔のやつだ!」
「ええ?」
「落ち着いて!」
混乱するハルに、フローが駆けより、ハルの手首を掴みました。
「やっぱり。あなた、どこかで相当な魔力を使ったようね。さては一度『分裂現象』を起こしてるんじゃない?」
ハルは、足元に来た自分より小さな亡霊のような少女を見てぎょっとしました。
「うわ、なんなんだよこの子は!?」
「フローだよ。兄さんの時計から出てきたんだ」
フローはまじまじとハルの顔を見つめました。フローが先に口を開きました。
「初めまして、私はフロー」
フローはそこまで言って、もう一度ハルをじっと見ました。
「でも、なんだか、あなたとは初めて会う気がしないな。私に見覚えはない?」
「君に?」
小さくなったハルは首をひねりました。
「さあ、知らないな。とりあえず初めまして。僕の名前はハロルド」
するとフローは怒り顔でむうっとふくれました。
「ハロルド? 嘘、まさか! だったらどうしてそんなに私によそよそしいわけ? 私とは何度も会ってるのに」
「知らないよ、こんな幽霊みたいな子」
「私、あなたが生まれたときから時が止まるまで、ずっと傍にいたでしょ?それから、七歳のあなたにも会った」
「七歳?」
ハルはしばらく眉をよせて考え込んでいましたが、ようやく何かに思いあたったのか手を打って叫びました。
「ああ!あの夢の中で時計から出てきた気色悪い幽霊か!」
「ひどい! 夢じゃないし、幽霊なんかじゃないよ!」
その後、ハルとフローは小一時間大声で問答をした挙句、次のような結論を導きだしました。
「ようやくわかったよ、フロー。僕が夢だと思っていたあの出来事は、現実だったんだね」
「そうだよ、王子様。あなた、私と会ったあと、時計を箱にしまって引き出しに入れて放置していたでしょ。おかげでちっとも話ができなくなっちゃった」
「ごめん。毎晩出てくるものだから、気味が悪くてつい」
「別にいいよ。終わったことは気にしないから」
目を白黒させてふたりのやりとりを見守っていたギルは、ここでようやく口を挟むことができました。
「なんだかわからないけど、解決したならよかった。ところで、フロー。兄さんはどうしてこんなに小さくなっちゃったのさ」
「ああ、それは……」
フローが喋りかけたとき、向こうからバートの声が飛んできました。
「おーい。ギルにハロルドくん。手紙が解読できたよ。これで俺のやるべきことは全てわかった!」
息を切らせて走ってきたバートは、まずハルを見て飛びのきました。
「ええっ! なんだ、もう一人兄弟がいたのか?」
それから、隣にいたフローを指さしました。
「お前は……フローじゃないか!」
フローは目を見開いてバートを見つめました。
「その顔……その凄まじい魔力……あなた、シーザーね!?」
ギルは反射的に後ずさりました。誰がどう見たって、これは誰かのお墓です。
「ずいぶんと雑なお墓だな」
ギルはひとり呟きました。答える人はいないはずでした。
「きっと、アールの墓だよ。よそ者が時計塔の周りをうろついているのに、アールが出てこないなんておかしいもん。多分、魔法が解けて死んじゃったんだ」
いつの間にか、ギルの真後ろに、小さな少女が立っていました。黒い衣をまとった少女がいました。ギルより少し年上でしょうか。きついパーマのかかった髪、時計の針のような不思議な髪飾り、ほんの少しピンクが混じった黒い服……その姿に、ギルは見覚えがありました。
「フロー!?」
「来てくれてありがとう」
ギルより頭ふたつ分は小さい少女は、困ったようにギルを見上げていました。その身体は相変わらず透き通っていて、すぐ後ろの草や木がくっきりと見えました。
「フローってこんなに小さかったのか。それにしても、どうしてここにいるんだ。なんで今まで出てきてくれなかったんだよ?」
「時計を通じて通信すると、時計の魔力を一気に食ってしまうの。だから、しばらくは出てこられなかったんだ。でも、王子様を連れてきてくれたでしょ? おかげで時計の魔力が回復したから、私は出てこられたの」
「じゃあ、王子様っていうのは、まさか」
ギルは、先程のバートとハルの会話を思い出しました。
「兄さんのことだったんだ……」
フローはきょとんとして首を傾げました。
「そうなの?じゃあ、あなたは王子様を知っていたというわけだね」
「なんだよ、俺たちの話を聞いていなかったのかよ?」
「さあ、知らない。私はずっと眠らされていたから、あなたと話をしたことまでしか覚えていないかな」
「なんだよ……」
ギルはがっくりと肩を落としました。フローはすましてこう付け加えました。
「でも、私の魔法、効いたでしょ。その証拠にあなたは今こうしてクロックの時計塔にいるじゃない」
「魔法って?」
「あなたがあなたの協力者に出会えるように、ほんの少し、あなたの時の流れを変えたの。うまくいったみたいでよかった」
そういえば、かつてフローはギルにこう告げていました。「あなたを助けてくれそうな人のところへ、あなたを導いてあげる」と。
「お前、結局なんなんだよ。時の妖精とか言ってたけど、魔法使いなのか?」
「惜しいかな。『時の妖精』だったのは昔の話なの。今は国の時間が停止しているから、『時の精霊』のほうが近いと思う」
「はあ……?」
ギルにはフローの言葉の意味が理解できませんでした。
ちょうどそのとき、後ろから草を踏みしめる音と、聞き覚えのある声が飛んできました。
「ギル、ここにいたのか」
ギルは何も考えずにぱっと振り返りました。そして、少し視線を下に落とし、そのまま硬直しました。
「あれ、兄さん……?」
「ただいま。塔の向こうにも行ってみたんだけど、少し歩くだけですぐに行き止まりになってしまったよ。反対側も森になっているらしい。この国、想像以上に小さいみたいだ」
それから、ふと不思議そうにギルの全身を観察しました。
「ギル、なんだかおかしくないか? 身長が伸びている気がする」
「おかしいのは兄さんだよ。俺より小さいし、昔の声になってる!」
言われてはじめて、ハルは自身の変化に気づいたようで、まず自分のつま先を見、ゆっくりと両手を広げて見、そして慌てたように、またギルを見ました。
「着てる服が変わってる。ギルが大きくなってる!」
紡ぎだされたその声は、いつもの低い声ではなく、少女のような幼い声でした。それは、過去にギルがずっと聞いてきた懐かしい声でした。
「兄さんが縮んでるんだよ。それに今兄さんが着てるのは俺の服だよ。兄さんのお下がりで、今は俺も着なくなった昔のやつだ!」
「ええ?」
「落ち着いて!」
混乱するハルに、フローが駆けより、ハルの手首を掴みました。
「やっぱり。あなた、どこかで相当な魔力を使ったようね。さては一度『分裂現象』を起こしてるんじゃない?」
ハルは、足元に来た自分より小さな亡霊のような少女を見てぎょっとしました。
「うわ、なんなんだよこの子は!?」
「フローだよ。兄さんの時計から出てきたんだ」
フローはまじまじとハルの顔を見つめました。フローが先に口を開きました。
「初めまして、私はフロー」
フローはそこまで言って、もう一度ハルをじっと見ました。
「でも、なんだか、あなたとは初めて会う気がしないな。私に見覚えはない?」
「君に?」
小さくなったハルは首をひねりました。
「さあ、知らないな。とりあえず初めまして。僕の名前はハロルド」
するとフローは怒り顔でむうっとふくれました。
「ハロルド? 嘘、まさか! だったらどうしてそんなに私によそよそしいわけ? 私とは何度も会ってるのに」
「知らないよ、こんな幽霊みたいな子」
「私、あなたが生まれたときから時が止まるまで、ずっと傍にいたでしょ?それから、七歳のあなたにも会った」
「七歳?」
ハルはしばらく眉をよせて考え込んでいましたが、ようやく何かに思いあたったのか手を打って叫びました。
「ああ!あの夢の中で時計から出てきた気色悪い幽霊か!」
「ひどい! 夢じゃないし、幽霊なんかじゃないよ!」
その後、ハルとフローは小一時間大声で問答をした挙句、次のような結論を導きだしました。
「ようやくわかったよ、フロー。僕が夢だと思っていたあの出来事は、現実だったんだね」
「そうだよ、王子様。あなた、私と会ったあと、時計を箱にしまって引き出しに入れて放置していたでしょ。おかげでちっとも話ができなくなっちゃった」
「ごめん。毎晩出てくるものだから、気味が悪くてつい」
「別にいいよ。終わったことは気にしないから」
目を白黒させてふたりのやりとりを見守っていたギルは、ここでようやく口を挟むことができました。
「なんだかわからないけど、解決したならよかった。ところで、フロー。兄さんはどうしてこんなに小さくなっちゃったのさ」
「ああ、それは……」
フローが喋りかけたとき、向こうからバートの声が飛んできました。
「おーい。ギルにハロルドくん。手紙が解読できたよ。これで俺のやるべきことは全てわかった!」
息を切らせて走ってきたバートは、まずハルを見て飛びのきました。
「ええっ! なんだ、もう一人兄弟がいたのか?」
それから、隣にいたフローを指さしました。
「お前は……フローじゃないか!」
フローは目を見開いてバートを見つめました。
「その顔……その凄まじい魔力……あなた、シーザーね!?」