5 兄の真実

 無言のまま、三人は森の入り口である草原にやってきました。いえ、正確にはバートが「ここだ」というので、かろうじて今いる場所が草原なのだと認識することができていました。この場所には本当に何もなく、ランタンの光は三人の足元を照らすのがやっとでしたから、まるでギルたちは闇の中を歩いているようでした。
「本当なら、俺はここらで寝るつもりだったんだが、せっかくだから森を抜けよう。あの時計は持っているよな?」
「うん」
 ギルは懐中時計を握りしめ、バートに導かれるまま、森へと足を踏みいれました。頭上に少しばかり見えていた星たちは何かに遮られて見えなくなり、それまで平らだった地面は木の根で凹凸だらけになりました。
「あれ?」
 ギルは、眉を潜めました。
「時計の光が弱くなってるぞ。おかしいな」
 昼間と同じく、時計の文字盤は発光していました。しかし、妙に弱々しいのです。まるで、消えかけのランプのように、ぼうっとした光になっていました。おまけに、ずっと光ってはいられないのか、時々チカチカと消えいりそうに瞬いています。
「うん? こりゃ、時計の魔力が限界に近づいているのかもしれないな」
 バートがギルの時計を取り上げて、じろじろと文字盤を観察しはじめました。
「こいつは……君の私物じゃないな」
「うん。兄さんのだよ」
 ギルは、隣にいたハルが何か言いかけたのを察知して、すかさずこう付け加えました。
「兄さんが何と言おうと、兄さんは俺の兄さんだよ」
 それを聞いて、ハルは口を挟むのをやめたようでした。バートが、納得したように息を吐きました。
「そうか、そういうことか。これでやっとわかったよ」
「何がさ?」
「君の時計の謎さ。いいか、ここに刻まれている王冠は、クロックの国王の証を示すものだ。だが、懐中時計に変わっていたとは知らなかった。俺の知る限り、国王の証というのは金の腕時計と共に受け継がれているはずなんだがな」
「コクオウノアカシ?」
「そうだ。この証は代々、クロノスの称号を持つ第一王子にのみ受け継がれるものだ。どうやら、今の国王は君のようだな、ハロルドくん」
「王子!? 兄さんが?」
 仰天して声を荒げるギルをよそに、ハルはあくまでも冷静に答えました。
「さあ。僕は何も聞かされていないので、答えられません」
「少し、この時計を持ってみてくれ。この時計は、君の魔力によって動いていたんだ。君が持てば、時計は息を吹き返す」
「魔力? そんなもの、僕には……」
 そう言いつつも、ハルは時計を受け取りました。すると、時計はみるみるうちに輝きを取り戻し、バートのランタンを凌ぐほどの強い光を放ちました。おかげで、三人はお互いの顔をしっかりと確認することができました。
「ほうら、成功だ。やっぱり、その時計は君が持つべきだよ」
「そんな、まさか。僕は何も知らないのに」
「君が王家の血を引いていている以上、君には時を操る力が備わっている。君に自覚がなかっただけだ。この時計は、今まで君の魔力を吸って蓄えていたというわけさ」
 ハルは、信じられないといった様子で懐中時計を見つめました。バートがぽんとハルの肩を叩きました。
「さあ、先を急ごう。詳しい話は向こうでした方が早そうだ」


 やがて、遠くの方からうっすらと、こちらに光が差しているのが見えました。近づいていくと、そこは草原でした。空は青く、太陽が真上から照らしています。
「嘘だろ、もう夜が明けたのか」
「いいや、違う。俺たちはクロックへと辿り着いたのさ」
 時計塔へと向かう途中、バートはハルにこの国の説明をしました。ハルはただただ目を見張り、この不思議な場所を隅々まで観察していました。
「これが、『クロック』。これが、手紙に書いてあった国……」
 時計塔の前まで来ると、ハルはポケットから、皺だらけになった封筒を取り出しました。中からは、小さな本が作れるのではないかというくらいの便箋が、これまたしわくちゃになって詰めこまれていました。
 ――敬愛なるクロノス・オブ・クロックに宛てて
 1枚目の便箋には、そう書かれていました。
「これ、何?」
「さあね。アレクサンドラの葬儀の後、突然届いたんだ。レイチェルとかいう人からだった。レイチェルというのは僕の姉らしい。気味が悪いから捨てようかとも思ったんだけれど、君の母さんが言うには、この手紙に書いている王子というのは僕のことなんだってさ。詳しいことは、僕も知らない」
 ギルは便箋を覗きこみました。中に書かれている文章は癖のある筆記体で書かれており、かなり読むのに時間がかかりそうでした。おまけに難しい言葉や堅苦しい言い回しが多く、まるで古典や歴史の教科書に載っている資料のようでした。
「これ全部を読むのは無理だなあ」
「へえ、どんな手紙なんだい」
 バートがギルの後ろから覗いてきました。そして、最初の数行を読むや否や、さっと顔色を変えて、便箋を奪い取りました。
「なんてこった! こいつは驚いた……すまんがこの手紙、しばらく俺に貸してくれないか。こいつを読めば、俺が探していた情報は、全て手に入るかもしれない」
「ご自由にどうぞ。僕は少し散策してきます」
 ハルはギルに時計を返すと、さっさとどこかへ行ってしまいました。ギルは、手持ち無沙汰になってしまいました。
「暇だから、俺もその辺を見てくるよ」
「ああ」
 バートは視線を便箋に落としたまま答えました。許可が出たので、ギルは時計塔の裏手へ行ってみることにしました。
4/11ページ
いいね