4 奇妙な場所
それは、今から十五年前のこと。
突然、この森に面した小さな町に、大軍がやってきました。
森の中に、非認可の土地があったというのです。そこで、その土地を調べて開拓しようとしたのだと言います。
元々整備もされておらず、迷いやすいこの森の危険性を案じて、国はわざわざ軍隊まで動かしたのだと、表向きには報じられていました。しかし、そのあまりの仰々しさに、町では様々な憶測が飛び交い、根も葉もない噂が流れました。裏社会の取引の摘発だの、政治家が秘密裏に会合しているのだの、軍用基地を作るだの、処刑された人を捨てているだのと、現実的なものから都市伝説じみたものまで、様々でした。
初めのうち、町の人は面白半分にそんな噂をしていたものの、森のことは特に気に留めていませんでした。人々にとって、この森は薬草もなく動物もいない面倒な土地のひとつに過ぎなかったからです。調査がうまくいけば、新たに良い土地が手に入るかもしれないと喜んだ人すらいました。
しかし、いざ調査が始まると、とてつもなくおかしなことが次々と起こりはじめました。
まず、最初に入っていった軍隊は、半分も戻ってきませんでした。どこへ行ったのかは誰にもわかりません。戻ってきた数少ない者は、おとぎ話のような支離滅裂な話ばかりを繰り返し、気が狂っているようだったと言います。後から探しに出かけた者は、皆どうしても森の向こうに辿り着けず、最悪の場合は遺体で発見されました。木々を伐採しようとした者もいましたが、どんな道具を使っても枝ひとつ切ることができなかった上、なぜか伐採計画に関わった人間が次々に体調を崩していった為、恐ろしくなって断念したそうです。
そのうち、この森に関わると不幸になるという噂が流れ、人々は森の側から引っ越していきました。そして、誰もこの森には近づかなくなりました。
気味の悪いことに、これだけの失踪者が出たにも関わらず、新聞やラジオは、何一つこのニュースについて報じませんでした。ごく稀に、新聞のコラムなどでこの森のことを取り上げ、「魔女の仕業」やら「あの森には悪霊がいる」などと話すジャーナリストがいましたが、信じる人はほとんどいませんでした。
「そういう話、少しだけ聞いたことがあるわ。都市伝説だと思っていたけれど」
「父さんと母さんが大真面目に話していたんだから、間違いないさ。アリーはこの町に住んでいるのに、大人からは聞かなかったのか?」
「誰も森のことなんて話さないわ。少し森のことを話題にするだけで、ものすごく叱られるんだもの。で、その話がなんだっていうの?」
「つまりさ、俺たちがさっき見たのは、十五年前に失踪した兵士の人形なんじゃないかと思うんだよ」
「馬鹿なこと言わないでよ。さっきは展示品だって言っていたくせに」
「だってさ、おかしいじゃないか」
ギルは、歯車の中に眠る人形らしきものを指さしました。
「あんなところに人形を置いたりするかよ? 悪趣味すぎるじゃないか。きっと、何かの儀式だぞ。夜になると魔女か何かがやってきて、生贄を捧げるんだ。大変だよ、俺たち見ちゃったからついでに殺されるかも……!」
ひとりで混乱するギルをよそに、アリーは溜息をつきました。
「あなた、おとぎ話の読みすぎよ。そんなわけないでしょう」
「いいや、あながち間違っていないかもしれないぞ」
突然背後から飛んできた低い声に、ふたりは同時に振り返りました。ギルも驚いた顔をしていましたが、それ以上にびっくりしたのはアリーでした。なぜ、この人がこんな場所にいるのでしょう。
「バート!」
「よう、お嬢さん。そっちにいるのはボーイフレンドかい?」
バートは以前にあった時と同じ服装でした。相変わらず顔も服も汚いままです。おそらく、あれからずっと着替えていないのでしょう。
「違うよ、そんなわけないだろ」
ギルはこの不潔な男が気に入らないようで、不快さを遠慮なく顔に出して罵りました。
「なんだよお前、汚い顔だな。おまけに泥だらけじゃねえか」
「君らの足元も大概だと思うぞ」
「うるさいな、森を歩いてきたんだからしょうがねえだろ」
「ちょ、ちょっと。やめなさいよ」
アリーは慌ててふたりの間に割って入りました。こんなところでつまらない喧嘩をされてはたまりません。
「ねえ、バート。どうしてあなたがここに?」
「ちょいと、森に伸びていた紐を辿ってきたのさ」
バートはなんでもなさそうに言いました。森の紐というのは、おそらくアリーたちが道しるべに使った綱のことでしょう。
「私たちをつけてきたの?」
「まあ、そうなるな。感謝しているよ。おかげでようやく、この国に辿り着けた」
「国?」
ふたりは同時に尋ねました。バートは、歯車の中の人形を一瞥すると、それまでのおどけた表情から一転、真顔になり、担いでいた袋をどさりとおろしました。
「ここはクロック王国だ。あの森は国境の役割を果たしていたのさ」
突然、この森に面した小さな町に、大軍がやってきました。
森の中に、非認可の土地があったというのです。そこで、その土地を調べて開拓しようとしたのだと言います。
元々整備もされておらず、迷いやすいこの森の危険性を案じて、国はわざわざ軍隊まで動かしたのだと、表向きには報じられていました。しかし、そのあまりの仰々しさに、町では様々な憶測が飛び交い、根も葉もない噂が流れました。裏社会の取引の摘発だの、政治家が秘密裏に会合しているのだの、軍用基地を作るだの、処刑された人を捨てているだのと、現実的なものから都市伝説じみたものまで、様々でした。
初めのうち、町の人は面白半分にそんな噂をしていたものの、森のことは特に気に留めていませんでした。人々にとって、この森は薬草もなく動物もいない面倒な土地のひとつに過ぎなかったからです。調査がうまくいけば、新たに良い土地が手に入るかもしれないと喜んだ人すらいました。
しかし、いざ調査が始まると、とてつもなくおかしなことが次々と起こりはじめました。
まず、最初に入っていった軍隊は、半分も戻ってきませんでした。どこへ行ったのかは誰にもわかりません。戻ってきた数少ない者は、おとぎ話のような支離滅裂な話ばかりを繰り返し、気が狂っているようだったと言います。後から探しに出かけた者は、皆どうしても森の向こうに辿り着けず、最悪の場合は遺体で発見されました。木々を伐採しようとした者もいましたが、どんな道具を使っても枝ひとつ切ることができなかった上、なぜか伐採計画に関わった人間が次々に体調を崩していった為、恐ろしくなって断念したそうです。
そのうち、この森に関わると不幸になるという噂が流れ、人々は森の側から引っ越していきました。そして、誰もこの森には近づかなくなりました。
気味の悪いことに、これだけの失踪者が出たにも関わらず、新聞やラジオは、何一つこのニュースについて報じませんでした。ごく稀に、新聞のコラムなどでこの森のことを取り上げ、「魔女の仕業」やら「あの森には悪霊がいる」などと話すジャーナリストがいましたが、信じる人はほとんどいませんでした。
「そういう話、少しだけ聞いたことがあるわ。都市伝説だと思っていたけれど」
「父さんと母さんが大真面目に話していたんだから、間違いないさ。アリーはこの町に住んでいるのに、大人からは聞かなかったのか?」
「誰も森のことなんて話さないわ。少し森のことを話題にするだけで、ものすごく叱られるんだもの。で、その話がなんだっていうの?」
「つまりさ、俺たちがさっき見たのは、十五年前に失踪した兵士の人形なんじゃないかと思うんだよ」
「馬鹿なこと言わないでよ。さっきは展示品だって言っていたくせに」
「だってさ、おかしいじゃないか」
ギルは、歯車の中に眠る人形らしきものを指さしました。
「あんなところに人形を置いたりするかよ? 悪趣味すぎるじゃないか。きっと、何かの儀式だぞ。夜になると魔女か何かがやってきて、生贄を捧げるんだ。大変だよ、俺たち見ちゃったからついでに殺されるかも……!」
ひとりで混乱するギルをよそに、アリーは溜息をつきました。
「あなた、おとぎ話の読みすぎよ。そんなわけないでしょう」
「いいや、あながち間違っていないかもしれないぞ」
突然背後から飛んできた低い声に、ふたりは同時に振り返りました。ギルも驚いた顔をしていましたが、それ以上にびっくりしたのはアリーでした。なぜ、この人がこんな場所にいるのでしょう。
「バート!」
「よう、お嬢さん。そっちにいるのはボーイフレンドかい?」
バートは以前にあった時と同じ服装でした。相変わらず顔も服も汚いままです。おそらく、あれからずっと着替えていないのでしょう。
「違うよ、そんなわけないだろ」
ギルはこの不潔な男が気に入らないようで、不快さを遠慮なく顔に出して罵りました。
「なんだよお前、汚い顔だな。おまけに泥だらけじゃねえか」
「君らの足元も大概だと思うぞ」
「うるさいな、森を歩いてきたんだからしょうがねえだろ」
「ちょ、ちょっと。やめなさいよ」
アリーは慌ててふたりの間に割って入りました。こんなところでつまらない喧嘩をされてはたまりません。
「ねえ、バート。どうしてあなたがここに?」
「ちょいと、森に伸びていた紐を辿ってきたのさ」
バートはなんでもなさそうに言いました。森の紐というのは、おそらくアリーたちが道しるべに使った綱のことでしょう。
「私たちをつけてきたの?」
「まあ、そうなるな。感謝しているよ。おかげでようやく、この国に辿り着けた」
「国?」
ふたりは同時に尋ねました。バートは、歯車の中の人形を一瞥すると、それまでのおどけた表情から一転、真顔になり、担いでいた袋をどさりとおろしました。
「ここはクロック王国だ。あの森は国境の役割を果たしていたのさ」