4 奇妙な場所

 ふたりが森に足を踏み入れると、アリーの頭とギルのズボンが、ぼうっと光りました。それは、アリーの帽子とギルのポケットに入っていた懐中時計の仕業でした。すぐにアリーは帽子を、ギルは懐中時計をそれぞれ取りだしました。
「うわっ!」
「きゃあ!」
 帽子と懐中時計の文字盤を覗き込んだふたりは、悲鳴をあげて目を閉じました。いきなり、それぞれの時計の文字盤がカッと強く光ったのです。
「びっくりした! 目が潰れるかと思ったわ」
「おい、お前の帽子、まだ光ってるぞ。あれ、俺のもだ」
 強い光はすぐに収まりましたが、どちらの時計も弱々しい電球のように、ぼんやりと光っています。
「何が起きたの?」
 アリーはただただ、驚くことしかできませんでした。一方、ギルははっとした様子でアリーに懐中時計を見せました。
「そうだ。この光りかた、フローが出てきたときとおんなじだ!」
 すると突然、このふたつの時計は、示し合わせたかのようにグルングルンと針を回し、長針、短針共に同じ方角を指して止まりました。
「どうなってんだ。時計がくるっちまったぞ」
「私のもよ。おかしいわ、ギルのはともかく、私のは刺繍のはずなのに」
 しばらくお互いの時計をくるくると回してみましたが、針の位置は変わりません。針はいずれも、何かに吸い寄せられているかのように、ある一点を指したままなのです。
「これじゃ、今何時かがわからないな。もしかしてこれ、時計じゃなくて方位磁石だったのか?」
「調べてみるわ」
 アリーはスカートのポケットから方位磁針を取り出しました。そして、「違うみたい」と呟いて、ギルに方位磁針を見せました。
「念のために持ってきたの。ほら見て。こっちは北じゃなくて西北西」
「本当だな。じゃあ、うーん……」
 ギルはしばらく考えこんだのち、何かに思いあたったのか、ぱっと頭をあげました。
「わかった。フローが俺を呼んでいるんだよ。こっちの方角に行けば、フローがいるのかもしれない!」
 そして、そちらの方向に走りだしました。それを見て、慌てたのはアリーです。なぜなら、時計が示しているのは、森の入り口とは反対方向、森の奥深くなのです。下手をすれば、迷いこんだまま、戻ってこられなくなるかもしれません。アリーは思わず叫びました。
「ちょっと、そんなこと言って、違っていたらどうするの?」
 するとギルは面倒くさそうに振り返りました。
「そのときは、また他をあたってみるさ。お前だって、そう言っていただろ」
それから、にやりと笑って続けました。
「俺もお前と同じ、『気になることは放っておけない人間』なんだよ、悪いな」
 アリーはしばらく呆気にとられていましたが、やがてギルが自分をからかっているのだと理解すると、むっとしてあとを追いかけました。
「それでうまいこと言ったつもり? 残念だけれど、私はあなたみたいに無謀な人間じゃないの」
 そして、ギルの首根っこを掴むと、こちらに引きもどしました。
「なんだよ!」
「いいから。私に考えがあるの」
 そのままアリーは、強引にギルを森の外へ連れていきました。


 数十分後、ふたりはぐったりと疲れた顔で、再び森の入り口にやってきました。入り口に着くと、ギルは持っていたものを投げ出して、べたんと地面に腰をおろしてしまいました。
「ああ、疲れた。俺、こんな重いもの引きずって、もう一回森へ入る自信ないよ。やっぱりあのまま行っておけばよかったんじゃないのか?」
 アリーも疲れてはいましたが、肝心なのはこれからです。アリーはさっとギルが放り投げたものを拾って、近くにあった大木に、それを引っ掛けました。
「へえ、だったらひとりで行けばよかったじゃない。言っとくけど、そのまま迷って帰ってこれなくなっても、私は探しにきてあげないわよ。この森には大人だって近寄らないから、下手したら、一生森の中よ。それでいいの?」
 アリーがそう言いくるめると、ギルはがっくりと肩を落としました。
「ああもう、わかったよ。で、これをどうするんだ?」
 自分の腕くらいはあるであろう太い綱の片端を持って、ギルが尋ねました。そう、ふたりはわざわざアリーの家まで、この太くて恐ろしく長い綱を取りに行っていたのでした。
「この、一番手前の木に括りつけるの。絶対にほどけないよう、厳重にね。昔、パパとキャンプに行ったときにいい縛り方を習ったから、試してみるわ」
 手際よく作業を進めるアリーを、ギルは座りこんだまま、眺めました。
「なんていうかさ……」
「なによ?」
 アリーは綱をぐいぐいと引っ張りながら振り返りました。
「俺、やっぱりお前のこと苦手だよ」
「そう、奇遇ね。私も、あなたとは合わない気がするわ」
「それなのに、ここに来たのか?」
「あなたとの相性は悪そうだけれど、私は帽子のことが知りたいの。その為には、ひとりで調べるより、ギルと組んだ方がうまくいきそうだもの」
 そして、パンパンと両手を叩いて、手のひらについた砂を落としました。
「さあ、これで大丈夫なはずよ。行きましょう」
 ふたりは木に繋いだ綱の端と、アリーが持ってきたもう一つの綱、ついでに持ってきた水筒、それに時計と方位磁石を持って、もう一度森へと入りました。森に入ると、また時計が光って、西北西を示しました。
「あれ?」
 ふと、ギルが後ろを振り返りました。
「どうかしたの?」
「いや。なんだか今、野原の方に誰かがいた気がしたから」
「まさか! ここは人喰い森よ。見間違いでしょう」
 ギルは、「そうだよな」とだけ言って、また前を向きました。
 時計と、上空から差しこむ僅かな光を頼りに、ふたりはそろそろと足を進めました。
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