1 王女の亡命

「お姫様みたいな『なり』をして、しっかりしているんだな、お前」
 レイの様子など気にも留めず、アーノルドはこちらへ近づいてきました。レイは思わず後ずさりしました。
「立ち聞きはよくないぞ」
 思いっきり肩を掴まれ、レイは引きずられるようにその場から引き離されました。あまりに突然のことで、声も出ませんでした。
 そのまま玄関まで連れて行かれ、レイは、これをふりほどくべきかどうか悩みました。知らない場所へ連れて行かれることは恐ろしかったけれども、アーノルドのほうは眠そうにあくびをしているし、足取りもゆっくりだったので、あんまり強く反発することもないように思われたのでした。
「……名前」
 玄関の扉に手をかけた状態で、アーノルドは止まり、レイの肩を離しました。
「名前は」
 まっすぐにレイの目を見つめて、アーノルドは呟くように言いました。レイは、その意味がわからず、同じようにアーノルドを見つめ返しました。
「名前はなんだ」
 そこまで聞いて、初めてレイは納得しました。イザドラはレイに二人を紹介してくれましたが、二人にレイのことを紹介していないのでした。彼は、レイの名前を知りたがっていたのです。
「レイチェル」
「それだけか?」
「レイチェル・シースル・アワーズ……カイロス・オブ・クロック」
「長いな。最後のはなんだ?」
「わかりません」
「そうか。『シースル』というのは?」
「わかりません。でも、お花の名前だって」
「ああ、アザミのことだな。随分ととげとげしい名前だ」
 不思議なことに、さっき出くわしたときよりも潤った声で、口調も落ち着いていました。
 ふん、と一呼吸おいて、アーノルドは扉を開けました。
「煙草を買いに行くんだが、お前も来るか?」
「えっ?」
「あんなやかましい女どもの所に居ても退屈だろう」
「ええと……」
 レイは、人の誘いを断ったことがありませんでした。黙っているレイを見て、アーノルドは「行く」という意思表示をしていると勘違いしたようでした。
「行くぞ」
 レイは、手を引かれて外に出ました。お父さんよりイザドラより大きな、がさがさした、それでいて脂っぽい手でした。
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