4 めまぐるしい変化
三日三晩のあいだ、イザドラは目覚めませんでした。レイは、何をするでもなく、ただ座って一日中、イザドラの寝顔を見守っていました。彼女の呼吸は、起きていたときとは比較にならないほど弱弱しかったので、レイは時々不安になって脈を確認しました。レイは思いました。
――動かないし、返事をしない。これではまるで、時が止まっているようだわ。
やがて、日が落ちて、窓からオレンジの光が差し込んできました。不安で寝不足だったレイは、座ったまま、うつらうつらしていました。
「……レイチェル……」
か細く自分を呼ぶ声に、レイははっと目を覚ましました。
「お母さん? 起きているの!?」
ベッドに横たわるイザドラの目が小さく開いていました。レイははじかれたように椅子から立ち上がりました。
「待っていて、お水だけでも持ってくるから!」
今にも部屋を飛び出さんとするレイに、イザドラは弱弱しく語りかけました。
「いらないよ。私にはわかっているんだ……この先どうなるかがね。いいから、ここに居ておくれ。私は……お前に謝らないといけないことが、いっぱいあるんだ……王女様でありながら、こんなろくでなしばかりの家に引き取られて、こんな下品なばあさんに育てられて……さぞかし、お前は苦しんだことだろう」
枯れきった、苦しそうなその声に、レイはいたたまれなくなりました。
「苦しんでなんかいないわ。だって、私を守ってくれたのはお母さんじゃない! あなたはとても優しい人よ」
レイは、ベッドにすがりついて抗議しました。イザドラは、レイのそんな様子に目を細めて微笑みました。
「優しいものか……私は若いころに考えなしに結婚して、旦那とは暴力沙汰の喧嘩ばかり。娘たちにも嫌われて……そんな人生を終わらせようとしたときに、偶然あの国にたどりついただけさ。王に似て素直なお前は、私の理想の娘だったよ。お前を可愛がり、捨ててきた実の娘の、助けを求める手紙は無視していた……今の私の状態は、すべて自業自得なのさ。そして今、私はお前のことも一人にしようとしている」
この話でレイは、チェルシーとトレイシーの態度の冷たさ、ステイシーのどこか諦めたような表情の理由を悟りました。レイは呻くように、言葉を絞り出しました。
「そんなこと、言わないで……お母さんがいなくなってしまったら、私はいったい、どうすればいいの」
「どうか許しておくれ……私も、お前を残していくのは、気がかりだ……しかし、これは……罰なんだよ……好き勝手に生きてきた私へのね……そして、最後に、お前に、教えておかなければ……国へつながる、森の、場所だ」
「森の……」
やはり、イザドラは、森の場所を知っていたのです。彼女は、レイが故郷恋しさにそこへ行くかもしれないと考えて、今まで隠し通してきたのでした。
「セミラという、大きな国が、あるだろう……そこの、コードルクという町で、『人食い森』と呼ばれる大きな森がある……そこらの人間が入れば、迷って行き倒れるだろうが、お前の、お父様の時計があれば、ペンバートン家にわざわざ侵入しなくても……帰ることが、できる。不甲斐ない私の代わりに、アールに会って、王子の居場所を、聞いてくるといい……今までありがとう、レイチェル……お前は、私の」
――自慢の娘だよ。
そう言い残して、イザドラは、すうっと目を閉じてしまいました。レイは夢中でイザドラを揺さぶりました。しかし、力なく首が動くだけで、反応はありませんでした。
今度こそ、レイは声をあげて、涙が枯れるまで泣き明かしました。イザドラにかけられた布団は、涙でぐちゃぐちゃになりました。
次の日、レイがそっと握ったイザドラの手は、氷のように冷たくなっていました。
――動かないし、返事をしない。これではまるで、時が止まっているようだわ。
やがて、日が落ちて、窓からオレンジの光が差し込んできました。不安で寝不足だったレイは、座ったまま、うつらうつらしていました。
「……レイチェル……」
か細く自分を呼ぶ声に、レイははっと目を覚ましました。
「お母さん? 起きているの!?」
ベッドに横たわるイザドラの目が小さく開いていました。レイははじかれたように椅子から立ち上がりました。
「待っていて、お水だけでも持ってくるから!」
今にも部屋を飛び出さんとするレイに、イザドラは弱弱しく語りかけました。
「いらないよ。私にはわかっているんだ……この先どうなるかがね。いいから、ここに居ておくれ。私は……お前に謝らないといけないことが、いっぱいあるんだ……王女様でありながら、こんなろくでなしばかりの家に引き取られて、こんな下品なばあさんに育てられて……さぞかし、お前は苦しんだことだろう」
枯れきった、苦しそうなその声に、レイはいたたまれなくなりました。
「苦しんでなんかいないわ。だって、私を守ってくれたのはお母さんじゃない! あなたはとても優しい人よ」
レイは、ベッドにすがりついて抗議しました。イザドラは、レイのそんな様子に目を細めて微笑みました。
「優しいものか……私は若いころに考えなしに結婚して、旦那とは暴力沙汰の喧嘩ばかり。娘たちにも嫌われて……そんな人生を終わらせようとしたときに、偶然あの国にたどりついただけさ。王に似て素直なお前は、私の理想の娘だったよ。お前を可愛がり、捨ててきた実の娘の、助けを求める手紙は無視していた……今の私の状態は、すべて自業自得なのさ。そして今、私はお前のことも一人にしようとしている」
この話でレイは、チェルシーとトレイシーの態度の冷たさ、ステイシーのどこか諦めたような表情の理由を悟りました。レイは呻くように、言葉を絞り出しました。
「そんなこと、言わないで……お母さんがいなくなってしまったら、私はいったい、どうすればいいの」
「どうか許しておくれ……私も、お前を残していくのは、気がかりだ……しかし、これは……罰なんだよ……好き勝手に生きてきた私へのね……そして、最後に、お前に、教えておかなければ……国へつながる、森の、場所だ」
「森の……」
やはり、イザドラは、森の場所を知っていたのです。彼女は、レイが故郷恋しさにそこへ行くかもしれないと考えて、今まで隠し通してきたのでした。
「セミラという、大きな国が、あるだろう……そこの、コードルクという町で、『人食い森』と呼ばれる大きな森がある……そこらの人間が入れば、迷って行き倒れるだろうが、お前の、お父様の時計があれば、ペンバートン家にわざわざ侵入しなくても……帰ることが、できる。不甲斐ない私の代わりに、アールに会って、王子の居場所を、聞いてくるといい……今までありがとう、レイチェル……お前は、私の」
――自慢の娘だよ。
そう言い残して、イザドラは、すうっと目を閉じてしまいました。レイは夢中でイザドラを揺さぶりました。しかし、力なく首が動くだけで、反応はありませんでした。
今度こそ、レイは声をあげて、涙が枯れるまで泣き明かしました。イザドラにかけられた布団は、涙でぐちゃぐちゃになりました。
次の日、レイがそっと握ったイザドラの手は、氷のように冷たくなっていました。