3 昔話

 こうしてアールたちが警戒する中、ついにあの事件が起こりました。本来なら外の人間はクロックに入ってこられないはずでした。しかし、ダグラス王がかけた魔法は、信じられないほどに弱っていました。誰も、それには気づきませんでした。
 そしてあの日、アレクサンドラ――サンディは森の外に、家族に会いにゆきました。もう十年も家族に会っておらず、とても浮かれていたそうです。しかし、森の外で警官に出くわしてしまいます。その場はごまかしましたが、彼女を怪しんだ警官は、彼女を尾行しました。それに気づいたサンディは妹に会うのをやめて、森の中へ引き返しました。これで、いつもなら姿をくらませることができたはずでした。でも、実際は違いました。
 森の中に見慣れぬ土地があることを知った警官は、これを報告してしまいました。そして、それを聞いた警察は、あろうことか、この場所を調べるために軍隊を差し向けました。サンディは小さなハロルドとともに、森の外へ引きずり出されようとしていました。
 それを止めようとしたのが、ナサニエル王でした。彼自身もまた、連行されようとしていました。そこで彼は、過去にダグラス王と同じことをしてしまったのでした。なんとか彼らを振り切ると、塔の最上階に上り、呪文を唱えて大時計の針を止めたのです。あっという間に、兵隊たちは、腕をふりあげた格好のまま、固まりました。しかし、時すでに遅く、サンディは森の向こうに連れて行かれてしまっていました。
「まさか、こんな悲劇が二度も起ころうとは。憎らしきことに、この老いぼれは何の役にもたちませんでした。あなたのお父様は、今、深い眠りについています。もう、どうしようもありません」
「そんな……! 起こすことはできないの!?」
「今のわしは、一度ダグラス王の罪を被った身。もう、身代りになることはできません。現在は最上階に封印されています。顔はご覧になれますが、見ないほうがいい。なまじ、諦めがつかなくなるでしょうから」
 レイは頭の中が真っ白になりました。ここへ来れば、必ず再会できると思ったのに……
「お母様とハルは?」
「お母様と王子については、わからないのです、まったく」
「うそ、うそよ。そんなの」
「いいえ。あなたのお母様のご実家にも行ってみましたが、誰も住んでいませんでした。近所の住人に尋ねてみたところ、確かにお母様と王子様はそこに住んでいらっしゃったそうですが、少し前に突然、妹夫婦の住む町に引っ越したそうです。けれども、それがどこなのかを知っている人はいませんでした」
 レイは、反論する気力さえなくなってしまいました。アールは、レイから目をそらして机にひじをつきました。
「あの、詳しいことはよくわからないけど……」
 おずおずと、ノアが切りだしました。
「引っ越したってだけだろ? まだ、お前の母さんは死んだわけじゃないんだ。いつか世界中探してりゃ見つかるって、な?」
 レイもアールも、ノアの言葉には微塵も反応しませんでした。ノアのほうも、ばつがわるそうな顔でしばらく考えていましたが、ついに手をパンと叩いて怒鳴りました。
「解散! もういいだろ? なんだったら、俺も母さん探すの手伝ってやるよ。だからもう、帰ろうぜ。よく考えたら、俺らの町、時間が止まったまましゃないか。そっちのことも考えないと」
「ノア・ペンバートン、あんたの言うとおりだな……姫様」
 アールは紙を取り出し、何かをさらさらと書いて封筒に入れました。
「イザドラに渡してくだされ。今日のことは、これを読めば理解してもらえるでしょう。それとノア、あんたの町の時が止まっただと? 本当か」
「ああ。みんなかちこちに凍ったみたいになってら」
 ノアとレイは、アールに事情を話しました。アールはすぐに、ノアに質問しました。
「ノアよ、お前、まさかこの国から何か持ち帰ったりしていなかろうな」
「……実は昨日、木の枝を一本折って、持って帰った。珍しい木だったから、つい」
「馬鹿者! 原因はそれだ。その木に姫様の時計が反応したに違いない。その木は焼いて灰にしろ。それで時は元に戻る」
 アールは怒りながらも、二人を小屋まで送ってくれました。そして扉の前で、レイにこう言いました。
「姫様、お父様のことについては、もう少し調べてみましょう。姫様のお顔を見て、気が変わりました。やはり、諦めるにはまだ早い。安心なされ、わしがいる間、お父様のいらっしゃる最上階は死んでも守ります」
 そして、ノアにも言いました。
「この国のことは口外しないように。この扉の管理は、お前に任せたぞ。どうやらイザドラのやつ、鍵を開けたまま閉めていなかったらしい。もう一度鍵を作って閉めておこう。開けるときは、姫様の母……いや、義母が鍵を持っているからな。頼んだぞ」
 レイは力なく、ノアは力強くうなずきました。
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