2 懐かしい故郷

 アールは、時計塔の観音扉を押しました。こちらもなかなかに酷い音がしました。塔の中も、元のままでした。
 中には、深緑の制服を纏ったまま、彫刻のように固まっている人々がいました。レイは、そっと目を背けました。
 ノアは、彼らのことを人形だと思ったようで、特に気にも留めずに、興味深そうに、塔の中をぐるりと見回しました。そして突然、「わーっ」と叫びました。
「どうしたの?」
「見ろよ、レイチェル。時計が歩いている。玩具にしたって気持ち悪すぎるぜ、あれは」
 そこには、よろめきながらのたのたと歩く、赤いめざまし時計がいました。その懐かしい色味に、レイも声をあげました。
「あなたは、昔、見張りをしていらっしゃった方ね!」
「どちらさまかね?」と、時計は答えました。ノアは、ひっと息をのんで、レイの肩を掴みました。
「レイチェルよ」と、レイは答えました。時計は、頭のてっぺんから足の先までじっくりとレイを観察してから、眉をひそめて――彼ら、クロックの時計には眉だってあるのです――ゆっくりと答えました。
「なるほど。なんとも悲しい名前だね。今になって、我が国の小さなプリンセスと同じ名前を聞かされるとは思わなかった。もっとも彼女は、そちらさんよりもずっと幼かったのだが」
 時計は、レイが誰なのかをわかっていない様子でした。どうしたものかと悩んでいると、後ろからアールが出てきて言いました。
「ティム、王女は帰ってきたのだよ。止まり続けるわしらとは違って、成長なさっただけだ」
「へえ!」
 ティムと呼ばれた時計は、もう一度レイを見てから、申し訳なさそうに話しかけてきました。
「これは、とんだ失礼を……ご容赦ください。何せ、あまりにもお顔が変わってらしたから。よくぞおかえりくださいました。して、隣にいらっしゃるのは王子様なので?」
「これは別人だ。それより、わしはこれから、姫様と地下へ行く。最上階の見張りを頼むぞ」
 ティムは、びしっと敬礼をしてから、またよろよろとどこかへ去っていきました。ノアは、レイに囁きました。
「お前は魔女じゃなくて、プリンセスだったんだな」
 レイは反射的に頷きそうになりましたが、すぐに首を振って言いました。
「違うわ。昔の話よ。私はただの女の子」

 アールは二人を、地下にある自分の部屋に通しました。ここに入るのは、レイも初めてでした。デスクとベッドが一つずつ、残りの壁は本棚になっていて、その上にはそこにはびっしりと肖像画がかけてありました。本棚の上には、さまざまな時計が置かれていました。砂時計もありました。ノアとレイは、ベッドに腰掛けました。それを見て、アールはデスクの椅子に座りました。
「一つ、姫様に昔話をしましょう。せっかくだから坊主、お前も聞いていくといい。ただし、絶対に他人に漏らすな」
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