8 あの子の名前
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その日以来、ルリはよく神崎家に呼ばれるようになった。久美子はやたらとルリを気に入っており、食事に招待してくれることもあれば、洋服や小物をプレゼントしてくれることもあるらしい。その行為はあかりの目からは迷惑に映ったが、意外なことに当の本人は喜んでいた。聞けば、彼女はよその家に呼ばれる経験がほとんどなかったらしい。
あかりが神崎遥 のクラスメイトであることは、遥があっさりと母親にばらしてしまい、おかげであかりにも招待の声がかかるようになった。はじめのうちは、よく知らないクラスメイトの生活空間に侵入する気まずさに耐えられずに断っていたが、今では遥のいない時間帯を狙って、たまに訪問するようになった。そのきっかけは久美子のある言葉だった。
──きっとこの縁は、遠也が引きあわせてくれたものだと思うの。
彼女には直接「ストラ」の話はしていない。ただ、遥からそれとなく情報はいっているようだった。そのため、彼女はあかりを見ると、いつもたくさんの「遠也」の写真を見せ、思い出話を聞かせてくれた。あかりは毎回それを注意深く聞き、帰宅後すぐに手帳にメモするようにしている。もしも、本当にあの子が自分と久美子を引きあわせたというのなら、それはきっと「もっと自分を知ってほしい」というメッセージでもあるのだろう。この機会を無下にすることはできない。
普段、「遠也」が「ストラ」と同一であるかどうかについては、あまり深く考えないことにしている。それでも、あかりはこの「遠也」という存在は大切にしたいと思っていた。なぜなら彼は、「ストラ」という宙に浮いた存在をはっきりと現実世界にとどめてくれる、唯一の存在なのだから。仮にストラが遠也ではなかったとしても、完全に繋がりが断ち切られるわけではない。
ストラにもらったヨットは、常にルリの腕輪とセットにして持ち歩いている。就寝時にはいつも枕もとにこれを置き、ストラがいた頃の景色を思いだしてから眠るようにしている。毎日思いださないと、忘れてしまいそうな気がするからだ。
こんな妙な事態になってしまって、遥はさぞ怒っているだろう。そう不安に思っていたのだが、彼はなぜか嬉しそうで、とくに近頃はやたらと馴れ馴れしく話しかけてくるようになった。
「おかげで最近は母さんの機嫌がいいんだ。俺、これまで母さんは変な詐欺師に騙されてるんだと思ってた。だからいつも、そんなところ行くなよって言って喧嘩していたんだけど、俺が間違ってた。世の中、不思議なことってあるもんなんだな。ありがとう」
あかりはどう答えればいいかわからなかった。遥の母に変化があったのは、ほとんど偶然にすぎない。また、すべてのきっかけをつくったのはルリの魔女の力だ。自分という人間は何もしていない。そうした話を千草の前でこぼすと、千草は「そんなことないわ」とあかりをなぐさめてくれた。
「あなたがいなければ、ルリは夢空間に行くことはなかったでしょう。ストラちゃんにも会わなかったし、ラピスラズリの木にヒントをもらうこともなかったはず。すべてはあなたの行動からはじまっていたのよ。ルリの味方になってくれたのも、ストラちゃんを助けてくれたのも、あかりちゃん自身なのだから。もっと自分を誇りに思いなさい」
ここ最近、あかりはルリとともに頻繁に千草の家を訪れていた。千草はいつも魔女としての基礎知識や夢空間での体験談、世の中の目に見えないできごとなどについて、おもしろおかしく語ってくれた。そのほか、料理やガーデニング、パワーストーンの浄化作業などを一緒にすることもあった。千草と過ごす時間は、まるで異空間を旅しているかのような新鮮さがあり、あかりはいつしか自分から千草に連絡をとるようになった。千草はよくあかりの相談にのってくれた。彼女の指摘やアドバイスはいつも的確で、そして、いつも優しかった。
また、ルリとは約束どおり様々な場所にでかけた。はじめは遊園地、動物園、水族館。そして来週の日曜にはルリの父に牧場に連れていってもらう約束をしている。母はあかりの変化に驚きつつも、「家でぼーっとしてるより健康的でよろしい」と評価してくれた。
ルリとでかけるのは楽しかった。彼女はあかりを年上として扱うことがほとんどない。まるで同じ歳の友達を連れているかのように接し、はしゃぎ、あらゆる物事に対して好奇心をかきたてる想像を膨らませてくれる。ルリと同じ時間を過ごすとき、あかりはいつも、ただのあかりでいられる。そこには偽りの笑顔も忖度もお世辞も、何も必要ない。日常のあらゆる皮をはいで、むきだしの自分でいることができる。それはとても懐かしい、心地よい感覚だった。
「あかり、最近はお兄ちゃんからの電話にちゃんとでるのね。お兄ちゃん喜んでたわよ。前は何を言っても素通りだったけど、今はこちらから訊かなくてもいろんなことを話してくれるって」
ある日の夕食時、母がこんなことを言ってきた。あかりはぽかんとして母を見、それからここ数日の兄との会話を思いかえした。そういえば、最近は兄の電話に怯えることがなくなった。会話に困ることもなくなったし、兄の話題がでても気が重くなることもない。
「瑠璃奈ちゃんと遊びに行くようになってから、随分と楽しそうよね。やっぱり、お泊まりした日に何かあったんでしょ?」
母はいたずらっぽい笑みをこちらにむけた。あかりはちょっと考えて、目の前の皿に視線を落として小さく笑った。
「まあね。私、魔女と友達になったの」
「魔女? ああわかった、瑠璃奈ちゃんのことね。魔法を使えるの?」
「使えるよ。あの子は本物の魔女で、いろんな世界に行く方法を知ってるの。私も一緒に夢の世界を通って、虹の女王様に会ってきたんだから」
その返答に、母は「あかりらしくない。まるで本当に魔法にかかっているみたい」と言い、声をたてて笑った。あかりもそれにつられるようにケラケラと笑った。母はきっと本気にしていないだろう。だが、それでいい。
見えている世界は、皆それぞれ違うのだから。
END
To Be Continued...
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あかりが神崎
──きっとこの縁は、遠也が引きあわせてくれたものだと思うの。
彼女には直接「ストラ」の話はしていない。ただ、遥からそれとなく情報はいっているようだった。そのため、彼女はあかりを見ると、いつもたくさんの「遠也」の写真を見せ、思い出話を聞かせてくれた。あかりは毎回それを注意深く聞き、帰宅後すぐに手帳にメモするようにしている。もしも、本当にあの子が自分と久美子を引きあわせたというのなら、それはきっと「もっと自分を知ってほしい」というメッセージでもあるのだろう。この機会を無下にすることはできない。
普段、「遠也」が「ストラ」と同一であるかどうかについては、あまり深く考えないことにしている。それでも、あかりはこの「遠也」という存在は大切にしたいと思っていた。なぜなら彼は、「ストラ」という宙に浮いた存在をはっきりと現実世界にとどめてくれる、唯一の存在なのだから。仮にストラが遠也ではなかったとしても、完全に繋がりが断ち切られるわけではない。
ストラにもらったヨットは、常にルリの腕輪とセットにして持ち歩いている。就寝時にはいつも枕もとにこれを置き、ストラがいた頃の景色を思いだしてから眠るようにしている。毎日思いださないと、忘れてしまいそうな気がするからだ。
こんな妙な事態になってしまって、遥はさぞ怒っているだろう。そう不安に思っていたのだが、彼はなぜか嬉しそうで、とくに近頃はやたらと馴れ馴れしく話しかけてくるようになった。
「おかげで最近は母さんの機嫌がいいんだ。俺、これまで母さんは変な詐欺師に騙されてるんだと思ってた。だからいつも、そんなところ行くなよって言って喧嘩していたんだけど、俺が間違ってた。世の中、不思議なことってあるもんなんだな。ありがとう」
あかりはどう答えればいいかわからなかった。遥の母に変化があったのは、ほとんど偶然にすぎない。また、すべてのきっかけをつくったのはルリの魔女の力だ。自分という人間は何もしていない。そうした話を千草の前でこぼすと、千草は「そんなことないわ」とあかりをなぐさめてくれた。
「あなたがいなければ、ルリは夢空間に行くことはなかったでしょう。ストラちゃんにも会わなかったし、ラピスラズリの木にヒントをもらうこともなかったはず。すべてはあなたの行動からはじまっていたのよ。ルリの味方になってくれたのも、ストラちゃんを助けてくれたのも、あかりちゃん自身なのだから。もっと自分を誇りに思いなさい」
ここ最近、あかりはルリとともに頻繁に千草の家を訪れていた。千草はいつも魔女としての基礎知識や夢空間での体験談、世の中の目に見えないできごとなどについて、おもしろおかしく語ってくれた。そのほか、料理やガーデニング、パワーストーンの浄化作業などを一緒にすることもあった。千草と過ごす時間は、まるで異空間を旅しているかのような新鮮さがあり、あかりはいつしか自分から千草に連絡をとるようになった。千草はよくあかりの相談にのってくれた。彼女の指摘やアドバイスはいつも的確で、そして、いつも優しかった。
また、ルリとは約束どおり様々な場所にでかけた。はじめは遊園地、動物園、水族館。そして来週の日曜にはルリの父に牧場に連れていってもらう約束をしている。母はあかりの変化に驚きつつも、「家でぼーっとしてるより健康的でよろしい」と評価してくれた。
ルリとでかけるのは楽しかった。彼女はあかりを年上として扱うことがほとんどない。まるで同じ歳の友達を連れているかのように接し、はしゃぎ、あらゆる物事に対して好奇心をかきたてる想像を膨らませてくれる。ルリと同じ時間を過ごすとき、あかりはいつも、ただのあかりでいられる。そこには偽りの笑顔も忖度もお世辞も、何も必要ない。日常のあらゆる皮をはいで、むきだしの自分でいることができる。それはとても懐かしい、心地よい感覚だった。
「あかり、最近はお兄ちゃんからの電話にちゃんとでるのね。お兄ちゃん喜んでたわよ。前は何を言っても素通りだったけど、今はこちらから訊かなくてもいろんなことを話してくれるって」
ある日の夕食時、母がこんなことを言ってきた。あかりはぽかんとして母を見、それからここ数日の兄との会話を思いかえした。そういえば、最近は兄の電話に怯えることがなくなった。会話に困ることもなくなったし、兄の話題がでても気が重くなることもない。
「瑠璃奈ちゃんと遊びに行くようになってから、随分と楽しそうよね。やっぱり、お泊まりした日に何かあったんでしょ?」
母はいたずらっぽい笑みをこちらにむけた。あかりはちょっと考えて、目の前の皿に視線を落として小さく笑った。
「まあね。私、魔女と友達になったの」
「魔女? ああわかった、瑠璃奈ちゃんのことね。魔法を使えるの?」
「使えるよ。あの子は本物の魔女で、いろんな世界に行く方法を知ってるの。私も一緒に夢の世界を通って、虹の女王様に会ってきたんだから」
その返答に、母は「あかりらしくない。まるで本当に魔法にかかっているみたい」と言い、声をたてて笑った。あかりもそれにつられるようにケラケラと笑った。母はきっと本気にしていないだろう。だが、それでいい。
見えている世界は、皆それぞれ違うのだから。
END
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