7 夢と、現実と
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無人の家に帰宅したあかりはまっすぐ自室へ行くと荷物を投げ捨て、どさりとベッドに倒れこんだ。今はとにかく身体と心を休めたかった。瞳を閉じ、ぐったりと身体をシーツに預けてみたが、不思議と睡魔には襲われなかった。窓辺からカーテンを抜けて差してくる日光の感覚も、外を通る車の音も、いつまでもけたたましい蝉の声も、何もかもが現実としてあかりの五感に働きかけてくる。その一方で、あかりのまぶたの裏には夢空間、ストラと出会った夢の中、がら空きの電車、無人の佑雲駅、千草の家、虹の国、千草の仕事場などが次々に映しだされ、それぞれの場所での思い出が同時に再生されていた。それはまるで、現実の世界を認知していながら夢を見ているような、不思議な感覚だった。
このまま目を開けたら、すべてが夢だったことにならないだろうか。夢と現実の狭間の世界で、あかりは突然不安に襲われた。この思い出が「夢」であれば、ルリはただの変わった少女であり、夢空間など存在せず、ストラという子供ははじめからいなかったことになる。もしも、そんな「現実」が存在したら。あかりは考えるのも恐ろしくなり、思いきって身を起こした。
ポケットに手を入れると、そこにはたしかに紙の感覚があった。そう、それはストラがあかりに渡そうとした折り紙のヨットだった。あかりはほっと息をついてふたたび目を閉じ、自分自身に言い聞かせた。大丈夫、この思い出は本物だ。あのきらめく美しい無重力空間も、雲海の上にそびえる無機質な空の国も、けして幻想などではない。ほかでもない、私がこの目で見てきたのだから。
あかりは目を開け、寝返りをうって天井を見つめた。ルリの家に行く前までと何も変わらない景色で、いつもどおりの見慣れた日常の光景だった。
だしぬけに 、放りだしていた鞄から通知音が鳴りひびいた。そういえば、夢空間から戻って以降、一切スマホを確認していなかった。あかりは重い足どりで鞄に近づき、手探りでスマホを抜きだした。通知音の正体は母からのメッセージで、「望月さんからあかりがもう帰ったと連絡があった、予定は明日のはずなのにどうしたのか」という内容だった。本当のことを話してもしかたがないので、「急に自宅が恋しくなった」とだけ伝えておいた。楽観主義の母にはこれで充分だろう。案の定、「できるだけ早く帰るからね」という返信が来たのみで、詳しいことについては一切尋ねられなかった。
メッセージはほかにも二件来ていて、そのうち一件は兄からだった。あかりが電話を拒否したためか、律儀にすべての内容を文字で送ってくれたらしく、やたらと長いメッセージだった。内容はホームシックにかかったときの対処法についてで、自信の経験を交えながら長々と語ってくれていた。どうやら、あかりがルリの家に行くことを母から聞いていたらしい。また、いったい何を思ったのか「あかりは子供をあやすのがうまいから将来は教師になれ」などという寝言のような馬鹿げた文言まで入っていた。兄は毎回あかりを褒めてはくれるのだが、どういうわけか常に見当違いのことばかり言ってくる。うっとうしいので、返事は「ありがとう」の五文字で済ますことにした。
最後の一件は、承認していないアカウントからだった。どうせ広告のたぐいだろう。そう思い、何気なく承認画面を開いたあかりは、相手の名前を見た瞬間凍りつき、その場から動けなくなってしまった。
「神崎、遥……?」
なんということだろう。メッセージの送信者は、よりによってあの神崎だったのである。震える指で画面を開くと、そこには簡素な文言が三行だけ綴られていた。
「夢のこと覚えてるか?」
「変なこと聞いてごめん」
「もし覚えてたら返信してほしい」
あかりは思わず、スマホを手から放してしまった。スマホは勢いよく床に叩きつけられ、ひっくり返って床に転がった。
「嘘だ。あれは『夢』なのに。どうして……」
あの神崎が、「夢」で会っただけの人間に連絡をよこしてくる。それも、顔見知り程度のクラスメイトに。そんなことがあるだろうか?
それは、漠然と意識の中で切り離されていた「夢」と「現実」が、はっきりと交差した瞬間でもあった。
見えない手に頭の中をかき乱されながらも、あかりはスマホを拾いあげた。そして時間をかけて返信の文章を考え、これが彼の気まぐれによる嫌がらせでないことを祈りつつ、そっと送信した。
このまま目を開けたら、すべてが夢だったことにならないだろうか。夢と現実の狭間の世界で、あかりは突然不安に襲われた。この思い出が「夢」であれば、ルリはただの変わった少女であり、夢空間など存在せず、ストラという子供ははじめからいなかったことになる。もしも、そんな「現実」が存在したら。あかりは考えるのも恐ろしくなり、思いきって身を起こした。
ポケットに手を入れると、そこにはたしかに紙の感覚があった。そう、それはストラがあかりに渡そうとした折り紙のヨットだった。あかりはほっと息をついてふたたび目を閉じ、自分自身に言い聞かせた。大丈夫、この思い出は本物だ。あのきらめく美しい無重力空間も、雲海の上にそびえる無機質な空の国も、けして幻想などではない。ほかでもない、私がこの目で見てきたのだから。
あかりは目を開け、寝返りをうって天井を見つめた。ルリの家に行く前までと何も変わらない景色で、いつもどおりの見慣れた日常の光景だった。
だしぬけに 、放りだしていた鞄から通知音が鳴りひびいた。そういえば、夢空間から戻って以降、一切スマホを確認していなかった。あかりは重い足どりで鞄に近づき、手探りでスマホを抜きだした。通知音の正体は母からのメッセージで、「望月さんからあかりがもう帰ったと連絡があった、予定は明日のはずなのにどうしたのか」という内容だった。本当のことを話してもしかたがないので、「急に自宅が恋しくなった」とだけ伝えておいた。楽観主義の母にはこれで充分だろう。案の定、「できるだけ早く帰るからね」という返信が来たのみで、詳しいことについては一切尋ねられなかった。
メッセージはほかにも二件来ていて、そのうち一件は兄からだった。あかりが電話を拒否したためか、律儀にすべての内容を文字で送ってくれたらしく、やたらと長いメッセージだった。内容はホームシックにかかったときの対処法についてで、自信の経験を交えながら長々と語ってくれていた。どうやら、あかりがルリの家に行くことを母から聞いていたらしい。また、いったい何を思ったのか「あかりは子供をあやすのがうまいから将来は教師になれ」などという寝言のような馬鹿げた文言まで入っていた。兄は毎回あかりを褒めてはくれるのだが、どういうわけか常に見当違いのことばかり言ってくる。うっとうしいので、返事は「ありがとう」の五文字で済ますことにした。
最後の一件は、承認していないアカウントからだった。どうせ広告のたぐいだろう。そう思い、何気なく承認画面を開いたあかりは、相手の名前を見た瞬間凍りつき、その場から動けなくなってしまった。
「神崎、遥……?」
なんということだろう。メッセージの送信者は、よりによってあの神崎だったのである。震える指で画面を開くと、そこには簡素な文言が三行だけ綴られていた。
「夢のこと覚えてるか?」
「変なこと聞いてごめん」
「もし覚えてたら返信してほしい」
あかりは思わず、スマホを手から放してしまった。スマホは勢いよく床に叩きつけられ、ひっくり返って床に転がった。
「嘘だ。あれは『夢』なのに。どうして……」
あの神崎が、「夢」で会っただけの人間に連絡をよこしてくる。それも、顔見知り程度のクラスメイトに。そんなことがあるだろうか?
それは、漠然と意識の中で切り離されていた「夢」と「現実」が、はっきりと交差した瞬間でもあった。
見えない手に頭の中をかき乱されながらも、あかりはスマホを拾いあげた。そして時間をかけて返信の文章を考え、これが彼の気まぐれによる嫌がらせでないことを祈りつつ、そっと送信した。