ストレンジ体験記
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Epilogue
ふと、意識が浮上した。まぶたはまだ閉じている。
ここはどこだろう。自分は今まで何をしていたのだろう。必死で記憶をたぐってみたが、悲しいほどに何も覚えていない。ただ、ここがベッドの上でないことだけはたしかだ。
おそるおそる目を開けてみると、なんだか妙に薄暗い。腕と額に圧迫感を感じる。頬を髪の毛が撫ぜている感覚がする。そこにきてようやく、あかりは自分が椅子に座って机に伏せっていることに気がついた。
「起きた?」
ぎこちなく身を起こすと、目の前には誰かが立っていた。まるで小動物を愛でるかのように優しく目を細めて、こちらを見おろしている。普通ならまず、この人物についての質問をすべきなのだろう。しかし、今に至るまでの記憶を持っていないあかりは、まず自分の居場所について尋ねた。
「ここは?」
「教室。昼休みはあと五分あるけど、次は化学だからもう起きたほうがいいよ。移動しなきゃ」
あたりを見渡すと、なるほど前方には黒板、後方には掲示板やロッカー、右手には引き戸がある。これは間違いなく教室の風景だ。天井の電気は消されており、ふたりを照らしているのは窓から差しこむ淡い日光だけだった。ほかに人間は見あたらない。彼の言うとおり、皆、次の授業のために移動してしまったのだろう。室内は閑散としていた。
「ありがとう。えっと……」
あかりは目の前の人物に礼を言おうとして、相手の名前を知らないことに気づいた。その声や容姿をからして、彼は男子生徒だ。そして、この顔立ちにはどこか見覚えがある。あかりはしばらく思考をめぐらせ、可能性のある人物の名前を記憶から引っぱりだした。
「神崎くん、だよね」
これは正解で間違いないはずだった。しかし、彼はぎょっとして顔をゆがませ、遠慮がちにこう尋ねた。
「急にどうしたの。僕、そんなにひどい起こしかただった?」
「『ひどい起こしかた』?」
意味がわからず、あかりはその言葉を繰りかえした。記憶にはないが、どうやらこの人物はあかりを起こしてくれたらしい。ということは異性に寝顔を見られたうえ、現在は寝起きの顔を見られているのだ。あかりは急に恥ずかしくなり、慌てて両手で髪の乱れを整えた。それから、制服が皺になっていないか確認すべく、自分の胸元を見て、硬直した。
制服が違う。いつも着ているのは学校指定のセーラー服のはずだ。しかし、今の彼女が着ているのは、ブラウスの上に知らない校章がついたブレザーを羽織り、見たことのない色のプリーツスカートを履いた、まったく別の制服だった。そういえば、目の前にいる男子の制服にも見覚えがない。
「そうだよ。いきなり『神崎くん』なんて。まだ眠いからって、そんなに機嫌悪くしないでよ。ほら、移動の準備、手伝ってあげるからさ」
彼はあかりが困惑していることには気づいていない様子で、持っていた教科書やファイルをあかりの机の上に置いた。教科書は偶然裏表紙が上になっており、そこには名前が書かれていた。
──神崎遠也
「えっ!?」
あかりは思わず顔をあげ、眼前に佇む彼の顔をもう一度よく見ようとした。だが、窓辺にいるせいか、逆光になっていてよく見えない。そのうちに、視界に白いもやがかかりはじめた。あかりは大声で彼を呼びとめようとしたが、どう頑張っても、喉から声がでなかった。
はっと目覚めると、そこは見慣れた自室の天井だった。時刻はちょうど朝の九時を過ぎたところだ。念のために日付を確認してみたが、今日は土曜日だ。少し寝坊をしてしまったらしい。
あれは、「夢」だったのだろうか。睡眠中に夢空間の夢の膜の中で見た、幻だったのだろうか。だとしたらなぜ? なんのために?
あかりはしばらくベッドの上で呆然と虚空を見つめていたが、ふいにがばっとはね起き、引きだしから小さな手帳とシャープペンシルを取りだした。
このできごとは手帳に書いておこう。夢でもそうでなくても構わない。そして、次に会ったとき、ルリに報告しよう。彼女ならきっと面白い感想をくれるはずだ。彼女は夢と現実を区別しない。それが愉快なことならば、必ず興味を示してくれるのだ。
FIN
※次のページはあとがきです。
ふと、意識が浮上した。まぶたはまだ閉じている。
ここはどこだろう。自分は今まで何をしていたのだろう。必死で記憶をたぐってみたが、悲しいほどに何も覚えていない。ただ、ここがベッドの上でないことだけはたしかだ。
おそるおそる目を開けてみると、なんだか妙に薄暗い。腕と額に圧迫感を感じる。頬を髪の毛が撫ぜている感覚がする。そこにきてようやく、あかりは自分が椅子に座って机に伏せっていることに気がついた。
「起きた?」
ぎこちなく身を起こすと、目の前には誰かが立っていた。まるで小動物を愛でるかのように優しく目を細めて、こちらを見おろしている。普通ならまず、この人物についての質問をすべきなのだろう。しかし、今に至るまでの記憶を持っていないあかりは、まず自分の居場所について尋ねた。
「ここは?」
「教室。昼休みはあと五分あるけど、次は化学だからもう起きたほうがいいよ。移動しなきゃ」
あたりを見渡すと、なるほど前方には黒板、後方には掲示板やロッカー、右手には引き戸がある。これは間違いなく教室の風景だ。天井の電気は消されており、ふたりを照らしているのは窓から差しこむ淡い日光だけだった。ほかに人間は見あたらない。彼の言うとおり、皆、次の授業のために移動してしまったのだろう。室内は閑散としていた。
「ありがとう。えっと……」
あかりは目の前の人物に礼を言おうとして、相手の名前を知らないことに気づいた。その声や容姿をからして、彼は男子生徒だ。そして、この顔立ちにはどこか見覚えがある。あかりはしばらく思考をめぐらせ、可能性のある人物の名前を記憶から引っぱりだした。
「神崎くん、だよね」
これは正解で間違いないはずだった。しかし、彼はぎょっとして顔をゆがませ、遠慮がちにこう尋ねた。
「急にどうしたの。僕、そんなにひどい起こしかただった?」
「『ひどい起こしかた』?」
意味がわからず、あかりはその言葉を繰りかえした。記憶にはないが、どうやらこの人物はあかりを起こしてくれたらしい。ということは異性に寝顔を見られたうえ、現在は寝起きの顔を見られているのだ。あかりは急に恥ずかしくなり、慌てて両手で髪の乱れを整えた。それから、制服が皺になっていないか確認すべく、自分の胸元を見て、硬直した。
制服が違う。いつも着ているのは学校指定のセーラー服のはずだ。しかし、今の彼女が着ているのは、ブラウスの上に知らない校章がついたブレザーを羽織り、見たことのない色のプリーツスカートを履いた、まったく別の制服だった。そういえば、目の前にいる男子の制服にも見覚えがない。
「そうだよ。いきなり『神崎くん』なんて。まだ眠いからって、そんなに機嫌悪くしないでよ。ほら、移動の準備、手伝ってあげるからさ」
彼はあかりが困惑していることには気づいていない様子で、持っていた教科書やファイルをあかりの机の上に置いた。教科書は偶然裏表紙が上になっており、そこには名前が書かれていた。
──神崎遠也
「えっ!?」
あかりは思わず顔をあげ、眼前に佇む彼の顔をもう一度よく見ようとした。だが、窓辺にいるせいか、逆光になっていてよく見えない。そのうちに、視界に白いもやがかかりはじめた。あかりは大声で彼を呼びとめようとしたが、どう頑張っても、喉から声がでなかった。
はっと目覚めると、そこは見慣れた自室の天井だった。時刻はちょうど朝の九時を過ぎたところだ。念のために日付を確認してみたが、今日は土曜日だ。少し寝坊をしてしまったらしい。
あれは、「夢」だったのだろうか。睡眠中に夢空間の夢の膜の中で見た、幻だったのだろうか。だとしたらなぜ? なんのために?
あかりはしばらくベッドの上で呆然と虚空を見つめていたが、ふいにがばっとはね起き、引きだしから小さな手帳とシャープペンシルを取りだした。
このできごとは手帳に書いておこう。夢でもそうでなくても構わない。そして、次に会ったとき、ルリに報告しよう。彼女ならきっと面白い感想をくれるはずだ。彼女は夢と現実を区別しない。それが愉快なことならば、必ず興味を示してくれるのだ。
FIN
※次のページはあとがきです。