6 隔絶
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次に目をあけたとき、あかりは自分の身体がどうなっているのかわからなかった。手はだらんと下にのび、足先にやたらと体重がかかっている。眼前には眩しい光が照りつけ、ほの暗い夢空間との落差に、あかりは思わず顔を下へと向けた。そこでようやく、自分が今、どこかの地面に突っ立っていることに気づいた。地面には芝生を思わせる青々とした草が生えている。しかし、何かがおかしい。その草は均質で、太さも同じなら、高さも厚みも色も、何もかもが同じなのである。まるで、草を模倣してつくられた人工物のようだ。たとえ競技場に設けられた人工芝であっても、色味や草の流れに少しはばらつきがあるはずである。しかし、今足もとに生えているそれは、何もかもが同じであるだけでなく、どれほど踏んでならしても、きれいにぴんと上をむくのである。それに──これだけ陽光を浴びているにもかかわらず、どこを見ても自分の影が見あたらない。
これは自然のものではない。この場所はおかしい。意識がはっきりしないあかりでも、それだけははっきりと理解できた。では、ここはどこなのだろう?
「やっと会えましたね、ストラ。まったく、手間をかけさせてくれたものです」
女性らしきトーンの声が前方から聞こえ、あかりは眩しさをこらえながら声のする方角に目をむけた。
そこには彫像があった。真っ白な彫像だった。古代ギリシアを思わせる、リアルな人間を模したあかりより背の高い作品だった。といっても、人間にそっくりなのは外側の形だけで、色は人間の肌とはかけはなれた白色である。もちろん、瞳もない。ただ、妙なことにこの像は滑らかに口を動かし、おそらくは声をだして話をしている。その不気味さにあかりはぞっとして一歩あとずさった。
「本当はストラだけでよかったのですが、余計なものまで連れてきてしまったようですね」
首をひねって背後に視線をやると、そこには杖を手にしたまま困惑したように立ちすくむルリと、無表情で彫像を見あげるストラがいた。そして、その後ろには三人をとりかこむように大量の白い彫像が並んでいた。
そこは、これまで連れてこられたどの空間よりもわけのわからない場所だった。雲ひとつない青空の下、あるのは人工芝らしき緑の土地だけ。辺りにはシャボン玉が飛びかい、ときどきガラスのように透明な花や低木が生えている。一見すると緑が広がる普通の光景だったが、周辺にあるあらゆるものに、言葉にしがたい違和感があった。どうにも不気味で、不自然で、生きている感覚がない。温度も感じず、風もなく、太陽も見あたらない。それなのに陽光は降りそそぎ、シャボン玉は風にのるかのように流れてゆき、風景はのどかであたたかい。そのコントラストは、なまじの暗闇や非現実よりも気味が悪く、たとえようのない恐怖をあかりに植えつけた。
「ここはどこなんですか?」
あかりは弱々しい声で、前方にいる彫像に尋ねた。わざわざ口を動かして喋るくらいなのだから、きっとこの像は人と口をきける特別な存在なのだろう。
しかし、彫像は答えなかった。まるで、あかりになど興味はないと言わんばかりにルリのほうをむくと、こんなことを言った。
「あなたは魔女のようですね。何の用です?」
「ストラを帰すためについてきたの」
ルリは彫像を訝るそぶりは見せつつも、冷静に返答した。
「それより、あかりの質問に答えてよ。ここはどこで、あなたは誰なわけ?」
「ここは虹の国。私は国を統べる者。女王という表現が最も近いでしょう」
虹の国。その単語を耳にした瞬間、あかりの脳に、これまで蓄積してきた情報が一気に蘇った。ストラがいた国。彼の帰るべき場所。天の彼方にある国。死後の世界──
「それよりも、あなたたちは何の用でしょう。無断で虹の国に立ち入った場合、それなりの手続きが必要になるのですが……」
「女王」は話の途中でルリの杖に目をやり、納得したように頷いた。
「あなたは新しいラピスラズリの魔女ですね。あなたの先代が正門まで来たことを聞いています。しかし、こういう侵入のしかたはあまり褒められたものではありませんね」
それからようやく、おそらくははじめて、あかりの顔を見た。
「そういえば、この者は? こちらは、ただの人間のようですが」
女王がそう言った瞬間、右の手首が締めつけられ、焼けるような熱さと痛みが走った。見ると、千草にもらった腕輪が青白く発光している。女王はそれを見て目を細めた。
「なるほど。『魔女の従者』のようですね」
従者、とはどういうことだろう。あかりが尋ねようとした矢先、ルリが痺れを切らしたように怒鳴った。
「ちょっと、勝手に連れてきておいて変なこと言わないでよ! 侵入なんてしてない。あたしたち、おばあちゃん家に帰る途中だったんだよ。なんで虹の国なんかに来なきゃいけないわけ?」
「それは失礼しました。ストラだけを迎えにきたはずが、あなたがたを巻きこんでしまったようですね」
「迎えにきたって何? そもそも、おばあちゃんが来たことを知っているのなら、どうしてそのときにストラを入れてあげなかったの?」
「正門からでていない者を正門から入れるわけにはいきません。規則に反します。だからこうして迎えにきたのです」
「だったら、もっと早く迎えにくればいいじゃん!」
「我々が迎えにいくのは、魂の期限が迫った者のみです。期限に余裕がある者を迎えにいくことはできません。規則に反します」
「規則規則ってなんなの? あたしたち、せっかくストラのために色々頑張ったのに、全部無駄だってことじゃん」
「我々は、規則に反することは一切できないのです。しかし、迷惑をかけた点については謝りましょう」
怒り狂うルリに女王はあっさりと謝罪し、そしてストラに手を差しだした。
「ストラ、あなたの魂に期限がきたようなので迎えにきました。このままでは永久に下界をさまようことになり、すべてが消えてしまいますから、早急に『旅立ちの手続き』をしましょう」
これは自然のものではない。この場所はおかしい。意識がはっきりしないあかりでも、それだけははっきりと理解できた。では、ここはどこなのだろう?
「やっと会えましたね、ストラ。まったく、手間をかけさせてくれたものです」
女性らしきトーンの声が前方から聞こえ、あかりは眩しさをこらえながら声のする方角に目をむけた。
そこには彫像があった。真っ白な彫像だった。古代ギリシアを思わせる、リアルな人間を模したあかりより背の高い作品だった。といっても、人間にそっくりなのは外側の形だけで、色は人間の肌とはかけはなれた白色である。もちろん、瞳もない。ただ、妙なことにこの像は滑らかに口を動かし、おそらくは声をだして話をしている。その不気味さにあかりはぞっとして一歩あとずさった。
「本当はストラだけでよかったのですが、余計なものまで連れてきてしまったようですね」
首をひねって背後に視線をやると、そこには杖を手にしたまま困惑したように立ちすくむルリと、無表情で彫像を見あげるストラがいた。そして、その後ろには三人をとりかこむように大量の白い彫像が並んでいた。
そこは、これまで連れてこられたどの空間よりもわけのわからない場所だった。雲ひとつない青空の下、あるのは人工芝らしき緑の土地だけ。辺りにはシャボン玉が飛びかい、ときどきガラスのように透明な花や低木が生えている。一見すると緑が広がる普通の光景だったが、周辺にあるあらゆるものに、言葉にしがたい違和感があった。どうにも不気味で、不自然で、生きている感覚がない。温度も感じず、風もなく、太陽も見あたらない。それなのに陽光は降りそそぎ、シャボン玉は風にのるかのように流れてゆき、風景はのどかであたたかい。そのコントラストは、なまじの暗闇や非現実よりも気味が悪く、たとえようのない恐怖をあかりに植えつけた。
「ここはどこなんですか?」
あかりは弱々しい声で、前方にいる彫像に尋ねた。わざわざ口を動かして喋るくらいなのだから、きっとこの像は人と口をきける特別な存在なのだろう。
しかし、彫像は答えなかった。まるで、あかりになど興味はないと言わんばかりにルリのほうをむくと、こんなことを言った。
「あなたは魔女のようですね。何の用です?」
「ストラを帰すためについてきたの」
ルリは彫像を訝るそぶりは見せつつも、冷静に返答した。
「それより、あかりの質問に答えてよ。ここはどこで、あなたは誰なわけ?」
「ここは虹の国。私は国を統べる者。女王という表現が最も近いでしょう」
虹の国。その単語を耳にした瞬間、あかりの脳に、これまで蓄積してきた情報が一気に蘇った。ストラがいた国。彼の帰るべき場所。天の彼方にある国。死後の世界──
「それよりも、あなたたちは何の用でしょう。無断で虹の国に立ち入った場合、それなりの手続きが必要になるのですが……」
「女王」は話の途中でルリの杖に目をやり、納得したように頷いた。
「あなたは新しいラピスラズリの魔女ですね。あなたの先代が正門まで来たことを聞いています。しかし、こういう侵入のしかたはあまり褒められたものではありませんね」
それからようやく、おそらくははじめて、あかりの顔を見た。
「そういえば、この者は? こちらは、ただの人間のようですが」
女王がそう言った瞬間、右の手首が締めつけられ、焼けるような熱さと痛みが走った。見ると、千草にもらった腕輪が青白く発光している。女王はそれを見て目を細めた。
「なるほど。『魔女の従者』のようですね」
従者、とはどういうことだろう。あかりが尋ねようとした矢先、ルリが痺れを切らしたように怒鳴った。
「ちょっと、勝手に連れてきておいて変なこと言わないでよ! 侵入なんてしてない。あたしたち、おばあちゃん家に帰る途中だったんだよ。なんで虹の国なんかに来なきゃいけないわけ?」
「それは失礼しました。ストラだけを迎えにきたはずが、あなたがたを巻きこんでしまったようですね」
「迎えにきたって何? そもそも、おばあちゃんが来たことを知っているのなら、どうしてそのときにストラを入れてあげなかったの?」
「正門からでていない者を正門から入れるわけにはいきません。規則に反します。だからこうして迎えにきたのです」
「だったら、もっと早く迎えにくればいいじゃん!」
「我々が迎えにいくのは、魂の期限が迫った者のみです。期限に余裕がある者を迎えにいくことはできません。規則に反します」
「規則規則ってなんなの? あたしたち、せっかくストラのために色々頑張ったのに、全部無駄だってことじゃん」
「我々は、規則に反することは一切できないのです。しかし、迷惑をかけた点については謝りましょう」
怒り狂うルリに女王はあっさりと謝罪し、そしてストラに手を差しだした。
「ストラ、あなたの魂に期限がきたようなので迎えにきました。このままでは永久に下界をさまようことになり、すべてが消えてしまいますから、早急に『旅立ちの手続き』をしましょう」