5 ラピスラズリの木
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二の句が継げないあかりをよそに、神崎は呑気にあたりを見回していた。彼は十番の背番号がプリントされた半袖のユニフォームを着用している。きっと、学校で部活動でもしていたのだろう。
そこは見たことのない空間だった。先刻目にした木と同じような硬くて白い床がどこまでも広がり、そのほかはすべて濃い青の空とも天井ともつかぬ何かに覆いつくされている。えも言われぬ深みを帯びたその空は青というよりも群青色──いや、瑠璃色に近かった。
「ここどこだよ? 俺、練習試合の最中だったんだけど」
やや不機嫌そうな声で尋ねられたが、そんなことはこちらが訊きたい。あかりはとりあえず身を起こして床に座り、うっかり下敷きにしてしまったストラの身体を引っぱって助け起こした。
「その子たちは?」
「えっと、その、知り合い」
ようやく落ちついて言葉を発することができるようになった。しかし、相手はよりによってあのリーダー気取りで口やかましい神崎である。どうしてもう少し話の通じそうな同級生に会えなかったのかと、あかりはこの空間を恨んだ。同じクラスメイトでも、もっと話しやすい人間か、あるいは女子ならここまで緊張する必要もなかったはずだ。
「学校に部外者を入れたわけ? 許可はとったのかよ」
「ここは学校じゃないもの」
「じゃあ、どこなんだよ」
「わからない……」
「なんだよそれ。わかんないのに学校じゃないって言いきれるのかよ」
予想どおり、面倒なことになった。あかりはサッと顔を背け、ルリにこの場から脱出する方法を訊こうとした。ところが、さっきまでの場所にルリはいなかった。
「ここは夢の中。たぶん、ラピスラズリの木が強制的に夢をつくったの」
いつの間にかルリは神崎の真ん前に立ちはだかって、偉そうに彼を見あげていた。神崎は面食らった様子でルリに問いかけた。
「いったいなんなんだよ。俺が夢を見てるってことか?」
「そうだよ。おそらくラピスラズリの木に連れてこられたの。あなた があたしたちのヒントだから」
「はあ? 何の話だ?」
神崎は明らかに苛立った口調で年下の少女に詰めよった。しかし、ルリは毅然として話を続けた。
「この子を知らない? あたしたち、この子の帰り道を探してるの」
彼女の手に導かれるように、神崎はこちら──正確にはストラのほうに顔をむけた。ストラはふらつきながらも、あかりの肩につかまってなんとか立ちあがったところだった。
「知るわけねえだろ」
とうとう怒りを隠しきれなくなったのか、神崎は荒々しく吐き捨てた。
「いいから俺をもといた場所に戻せ。俺は主将 なんだ。俺がいないと試合の意味がねえんだよ」
「本当に知らないの?」
「そうだよ」
「嘘だ。木のヒントが間違ってるはずないもん。ちゃんと思いだしてよ」
「知らねえよ。第一、おまえは誰なんだよ」
「あたしは望月瑠璃奈 。あの子はストラ。それから……」
「いや、片町は知ってるからいい。とにかく、そんなやつ知らねえよ」
あかりは内心むっとした。普段は気をつかってうやうやしく「さん」をつけているくせに、そんな余裕もなくなったらしい。
そんなピリついた空気を理解しているのかいないのか、ストラはぺたぺたと床を踏んで、神崎のいるほうへと歩いていった。そして彼から一メートルほど距離を空けて足を止めると、興味深そうにルリに尋ねた。
「この人、誰?」
「神崎遥 だ」
神崎が素っ気なく答えたが、ストラはとくに気にしていないようだった。
「ぼくが見えるの?」
「怖いこと言うなよ。見えてるに決まってるだろ」
「この子ね、あたしたちとはちょっと違うの」
果敢にもルリが会話に割って入った。他方、あかりは床にへたりこんだまま、ことのなりゆきを見守っていた。小さなふたりに任せるのは申し訳ないと思ってはいたが、どうしても神崎とは口をききたくなかったのである。
「この子は虹の国から来たの。それで、帰り道がわからなくなっちゃったの。それと、自分のこともあんまり知らないみたいなの」
「虹? どっかのテーマパークか?」
「違うよ。雲の上にある国だよ。おばあちゃんが教えてくれたの」
ルリがどんなに根気強く説明しても、神崎はなかなかストラのことを理解できないようだった。しかたがない、とあかりはひとりため息をついた。実際にストラに会ったあかりでさえ、最初は半信半疑だったのだ。
「つまり、こいつは死んでいて、幽霊みたいに徘徊してるってことか? それで、おまえや片町以外の人間には見えないとでも?」
「そうだよ。さっきからそう言ってるじゃん」
ルリが呆れたように口をとがらせた。神崎はフンと鼻を鳴らして、わざとらしく苦笑いをしてみせた。
「馬鹿にすんなよ。妄想ごっこをするのは自由だけど、俺を巻きこむのはやめてくれ。そうやって妙な話をするやつもよくいるけどな、そういうの、俺は一切信じないんだ。ここにいるのだって、明らかに普通の子供じゃないか」
「でも、ストラには羽があるんだよ」
その言葉に応えるように、ストラは翼を広げ、ひゅっと飛びあがり、神崎のすぐそばまで飛行すると、見事に着地してみせた。神崎はしばらくストラの背中を観察し、翼を引っぱり、それが本物であることを確認すると、顔色を変えて彼から距離をとった。
「本当だ、完全に生えてる。なんだよこいつ、気持ち悪っ!」
その瞬間、神崎の姿は歪み、色のついた霧のような姿になり、あっという間に飛散して消えてしまった。あかりは仰天して、それまで神崎がいた場所に駆けよったが、彼の姿は影も形もなかった。
「残念、はずれだった。あの人、全然だめだね」
やれやれ、と言わんばかりにルリが小さく首を振った。神崎が消滅したことについては、それほど気にとめていないようだった。
「あたしたちもここからでないと。でも、出口はないみたい」
ルリは持っていた杖で、地面にぐるりと円を描いた。杖の先にはインクも何もついていなかったが、なぜか白い床にはキラキラ輝く青い線が綺麗に引かれていた。
「とりあえず、ここから外に行こう。あかりもついてきて」
ルリは床に這いつくばると、その円の中に頭を差し入れた。そしてそのまま、足先まで円の中に入ると、そのままでてこなくなった。あかりは何度かルリに呼びかけてみたが、返事はなかった。
ルリがいなくなると、突然この静かで殺風景な空間が恐ろしく感じてきた。円の先がどんな恐ろしい場所でも、ルリに置いていかれるよりはましだろう。あかりは覚悟を決め、ストラの手首を握ると、ルリの仕草を真似て円の中に頭を突っこんでみた。
そこは見たことのない空間だった。先刻目にした木と同じような硬くて白い床がどこまでも広がり、そのほかはすべて濃い青の空とも天井ともつかぬ何かに覆いつくされている。えも言われぬ深みを帯びたその空は青というよりも群青色──いや、瑠璃色に近かった。
「ここどこだよ? 俺、練習試合の最中だったんだけど」
やや不機嫌そうな声で尋ねられたが、そんなことはこちらが訊きたい。あかりはとりあえず身を起こして床に座り、うっかり下敷きにしてしまったストラの身体を引っぱって助け起こした。
「その子たちは?」
「えっと、その、知り合い」
ようやく落ちついて言葉を発することができるようになった。しかし、相手はよりによってあのリーダー気取りで口やかましい神崎である。どうしてもう少し話の通じそうな同級生に会えなかったのかと、あかりはこの空間を恨んだ。同じクラスメイトでも、もっと話しやすい人間か、あるいは女子ならここまで緊張する必要もなかったはずだ。
「学校に部外者を入れたわけ? 許可はとったのかよ」
「ここは学校じゃないもの」
「じゃあ、どこなんだよ」
「わからない……」
「なんだよそれ。わかんないのに学校じゃないって言いきれるのかよ」
予想どおり、面倒なことになった。あかりはサッと顔を背け、ルリにこの場から脱出する方法を訊こうとした。ところが、さっきまでの場所にルリはいなかった。
「ここは夢の中。たぶん、ラピスラズリの木が強制的に夢をつくったの」
いつの間にかルリは神崎の真ん前に立ちはだかって、偉そうに彼を見あげていた。神崎は面食らった様子でルリに問いかけた。
「いったいなんなんだよ。俺が夢を見てるってことか?」
「そうだよ。おそらくラピスラズリの木に連れてこられたの。
「はあ? 何の話だ?」
神崎は明らかに苛立った口調で年下の少女に詰めよった。しかし、ルリは毅然として話を続けた。
「この子を知らない? あたしたち、この子の帰り道を探してるの」
彼女の手に導かれるように、神崎はこちら──正確にはストラのほうに顔をむけた。ストラはふらつきながらも、あかりの肩につかまってなんとか立ちあがったところだった。
「知るわけねえだろ」
とうとう怒りを隠しきれなくなったのか、神崎は荒々しく吐き捨てた。
「いいから俺をもといた場所に戻せ。俺は
「本当に知らないの?」
「そうだよ」
「嘘だ。木のヒントが間違ってるはずないもん。ちゃんと思いだしてよ」
「知らねえよ。第一、おまえは誰なんだよ」
「あたしは
「いや、片町は知ってるからいい。とにかく、そんなやつ知らねえよ」
あかりは内心むっとした。普段は気をつかってうやうやしく「さん」をつけているくせに、そんな余裕もなくなったらしい。
そんなピリついた空気を理解しているのかいないのか、ストラはぺたぺたと床を踏んで、神崎のいるほうへと歩いていった。そして彼から一メートルほど距離を空けて足を止めると、興味深そうにルリに尋ねた。
「この人、誰?」
「
神崎が素っ気なく答えたが、ストラはとくに気にしていないようだった。
「ぼくが見えるの?」
「怖いこと言うなよ。見えてるに決まってるだろ」
「この子ね、あたしたちとはちょっと違うの」
果敢にもルリが会話に割って入った。他方、あかりは床にへたりこんだまま、ことのなりゆきを見守っていた。小さなふたりに任せるのは申し訳ないと思ってはいたが、どうしても神崎とは口をききたくなかったのである。
「この子は虹の国から来たの。それで、帰り道がわからなくなっちゃったの。それと、自分のこともあんまり知らないみたいなの」
「虹? どっかのテーマパークか?」
「違うよ。雲の上にある国だよ。おばあちゃんが教えてくれたの」
ルリがどんなに根気強く説明しても、神崎はなかなかストラのことを理解できないようだった。しかたがない、とあかりはひとりため息をついた。実際にストラに会ったあかりでさえ、最初は半信半疑だったのだ。
「つまり、こいつは死んでいて、幽霊みたいに徘徊してるってことか? それで、おまえや片町以外の人間には見えないとでも?」
「そうだよ。さっきからそう言ってるじゃん」
ルリが呆れたように口をとがらせた。神崎はフンと鼻を鳴らして、わざとらしく苦笑いをしてみせた。
「馬鹿にすんなよ。妄想ごっこをするのは自由だけど、俺を巻きこむのはやめてくれ。そうやって妙な話をするやつもよくいるけどな、そういうの、俺は一切信じないんだ。ここにいるのだって、明らかに普通の子供じゃないか」
「でも、ストラには羽があるんだよ」
その言葉に応えるように、ストラは翼を広げ、ひゅっと飛びあがり、神崎のすぐそばまで飛行すると、見事に着地してみせた。神崎はしばらくストラの背中を観察し、翼を引っぱり、それが本物であることを確認すると、顔色を変えて彼から距離をとった。
「本当だ、完全に生えてる。なんだよこいつ、気持ち悪っ!」
その瞬間、神崎の姿は歪み、色のついた霧のような姿になり、あっという間に飛散して消えてしまった。あかりは仰天して、それまで神崎がいた場所に駆けよったが、彼の姿は影も形もなかった。
「残念、はずれだった。あの人、全然だめだね」
やれやれ、と言わんばかりにルリが小さく首を振った。神崎が消滅したことについては、それほど気にとめていないようだった。
「あたしたちもここからでないと。でも、出口はないみたい」
ルリは持っていた杖で、地面にぐるりと円を描いた。杖の先にはインクも何もついていなかったが、なぜか白い床にはキラキラ輝く青い線が綺麗に引かれていた。
「とりあえず、ここから外に行こう。あかりもついてきて」
ルリは床に這いつくばると、その円の中に頭を差し入れた。そしてそのまま、足先まで円の中に入ると、そのままでてこなくなった。あかりは何度かルリに呼びかけてみたが、返事はなかった。
ルリがいなくなると、突然この静かで殺風景な空間が恐ろしく感じてきた。円の先がどんな恐ろしい場所でも、ルリに置いていかれるよりはましだろう。あかりは覚悟を決め、ストラの手首を握ると、ルリの仕草を真似て円の中に頭を突っこんでみた。