5 ラピスラズリの木
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三人は二階の寝室にある大きな鏡台の前に魔法陣の布を敷き、その上に立った。
魔法陣は出発点を示す目印の役割を果たす。そして鏡は、「自分の姿」を正確に夢空間に召喚するのを助けてくれる。慣れてくれば鏡は必要なくなるらしいが、少なくとも今のあかりには鏡が必要だった。あかりは鏡で自分の顔、服装、髪型を入念にチェックした。これを間違いなく記憶しておかないと、夢空間に移動したとき、思いもよらぬ姿に変化してしまうことがあるのだという。
しばらく直立したまま鏡に集中していると、ふいに、右手の指先に柔らかい感触があった。鏡越しに手先を見てみたが、特に何も映っていない。けれども、実際に自分の右側を見てみると、そこにはストラがいた。手に触れていたのは、彼の頰だったのだ。それは人肌のようでありながら、何の温度も感じない、彼独特の皮膚の感触だった。
「ストラちゃんって、鏡にはいないんだね」
「そうよ。虹の子だもの」
そう笑いながら答えたのはストラではなく、千草だった。彼女はいつもどおり陽光のようにあたたかい笑みを浮かべている。千草はまず杖をルリに手渡し、それからあかりの手をとった。
「虹の国にたどり着く可能性は低いけれど、念のために」
そして、あかりの手首にあるものを通した。それは、丸い石を繋ぎあわせた小さな腕輪だった。
石は、奥ゆきのある澄んだ青色に、乳白色の液体がふわりと混ざりこんだ状態で固めたかのような、どこか神秘的な雰囲気の色をしている。まるで、晴天の空をストローで攪拌 して、そのまま凍らせたかのようだ。
「これは天青石 」
あかりが尋ねる前に、千草が口を開いた。あかりの質問を予測していたらしく、さらさらと説明をしてくれた。
「セレスタイトとも言うの。ほかの売りものと違って、普段から浄化して力を溜めてあるわ。夢空間では微弱な効果しかないだろうけれど、きっとあなたの助けになるはず」
あかりはその腕輪をそっと手で撫でた。ただのアクセサリーではない、どこか神秘的なものを感じる。その正体まではわからないが、おそらく千草の言う「力」がそこにはあるのだろう。
「ありがとうございます」
あかりはルリに準備が完了したことを告げようとして、ふとズボンのポケットが妙に重いことに気がついた。そういえば、ポケットにスマホを入れっぱなしにしていた。
「こういうのは置いていくべきだよね?」
別に持っていきたいとも思わないが、一応確認することにした。するとルリはおかしそうにケタケタと笑った。
「どのみち持っていけないよ! 持っていけるのは自分のイメージと、夢空間に通用するものだけだもん」
彼女の説明によると、こうした物理的な私物は勝手に置き去りにされるシステムになっており、このまま夢空間へ移動した場合、スマホはこの部屋にとり残されて転げ落ちるだけらしい。
じつによくできている。あかりがひとり関心していると、突然スマホがうるさく鳴りだした。よりによって、こんなときに着信が入ったのである。
母だろうか。はたまた、留守番の話を母から聞いているであろう、単身赴任中の父だろうか。あかりは何気なく画面に表示された名前を一瞥し、一瞬にして口もとを歪ませた。
「どうしたの?」
「電話なら遠慮せずでてちょうだい」
ルリと千草が不思議そうに画面を覗きこんできた。それでもあかりは、着信に対して何のリアクションもとれなかった。いや、どう対応すればいいのかがわからなかった。
そうこうしているうちに、電話は切れてしまった。
「切れちゃったよ?」
「かけ直したほうがいいんじゃないかしら」
ふたりは口々にそう言ったが、あかりは正直、この人物とは話をしたくなかった。だが、その理由をふたりにどう説明すればよいのかもわからなかった。なぜなら、ふたりはさっき着信画面を見ていたからである。普通の人間なら、電話の主があかりの家族であることに気づいてしまうだろう。そして、あかりが彼を拒否することに疑問を抱くはずだ。あかりの予想どおり、ルリが無邪気に問いかけた。
「今の人、おねーちゃんのパパでしょ?『片町』って書いてたよ」
「あら。やっぱりそうなの? 私もそう思ったのよ」
あかりは歪んでいた表情をもとに戻し、つとめて明るい口調で答えた。
「いえ、『片町榮一 』は私の兄です」
しばらくの間、沈黙があった。そして、ルリが素っ頓狂な声で叫んだ。
「お兄ちゃん!?」
片町榮一、二十五歳。九つも歳が離れているので誤解されがちだが、あかりと同じ父母を持つ血の繋がった兄である。大学在学中に留学プログラムに参加し、色々あって現在はアメリカに住んでいる。詳しいことは聞いていないが、とある大学院で機械系の研究をしているらしい。
兄は昔から優秀だった。たいていの物事は見ただけで覚えてしまい、計算やパズルの組み立ても恐ろしく早かった。両親は兄を自由な校風の学校に進学させ、やりたいことを好きにやらせた。兄はいわゆる天才で、複数の部活をかけもちしながらも学校の成績はトップクラスだった。おまけに趣味ではじめた研究を完成させ、賞まで貰うという有様である。
さらに憎いことに、彼は性格もよかった。穏やかで優しく、リーダーシップもあった。意見は常に中立的で、誰の言葉にも耳を貸した。自分の不利益を意に介さない器の大きさもあった。もちろん小さな妹のこともかわいがってくれた。
あかりはそんな兄を誇らしく思っていた。兄はあかりのことが大好きで、いつも優しくしてくれたし、いろんなことを教えてくれた。だから、あかりも兄が好きだった。
しかし、小学校の卒業が近づくにつれ、あかりは自分の至らなさを痛感するようになった。簡単にいえば、成績が伸びなかったのだ。学校の成績は悪くなかったし、模試の成績も平均よりはるかに上で、むしろ優秀なほうであったが、かつての兄には遠く及ばなかった。自分が怠けているからかもしれないと、できる限りの努力はしてみたが、やはり兄のようにはいかなかった。
それでもあかりは、憧れの兄と同じ中学に行きたかった。だから、とにかく必死に努力し、受験日を迎えた。だが、結果は不合格。あっさりとしたものだった。
「そういうこともある。あかりはよく頑張ったよ」
合格発表のあと、一人暮らしをしていた兄はわざわざ電話をかけてきて、あかりを慰めてくれた。しかし、その言葉はあかりにとっては侮辱以外の何物でもなかった。
それ以来、あかりは兄を目指すのをやめた。それでも、周囲の人間はことあるごとに兄の話題をだし、やたらと兄を褒めたたえた。そして、その言葉には必ずと言っていいほど、寸足らずの妹への哀れみが含まれていた。それは被害妄想だったのかもしれない。だが、少なくとも当時のあかりにはそう感じられた。
ところが、当の本人は、なぜか妹のことを何か特別な能力のある人間と勘違いしているらしかった。そして、あかりが少しでも讃えられると──それは生徒会長に推薦されたとか、皆勤賞を貰ったとか、至極くだらないことばかりだったが──わざわざ電話をかけてきて、いちいち高いテンションで褒めてくれるのであった。それは皮肉でもなんでもなく、意気消沈している妹に自信を持ってもらいたいという、純粋な兄妹愛からの行動だった。それはあかり自身にもよくわかっていたが、正直言ってかなり迷惑だった。電話口から飛んでくるわざとらしい褒め言葉は自信をつけてくれるどころか、過去の恥辱を蒸しかえすだけで、むしろ逆効果だった。
そういうわけで、あかりは兄からの電話が嫌いだった。とにかく、電話で兄の声を聞くことだけは我慢がならなかったのである。しかし、さすがにそんな話をこんなところでするわけにもいかない。
「お兄ちゃんなのに、電話してあげなくていいの?」
とりあえず兄の年齢と現在の住所だけを簡潔に教えると、案の定ルリが不思議そうに尋ねてきた。
「大丈夫。どうせ、くだらない用事だろうから。いつも時差のことを考えずに電話してくるの」
今は朝の十時で、決して電話をかけるのに非常識な時間ではない。だが、そんなことはどうでもいい。あかりは手早くチャット画面を開くと、「今忙しい、要件は文字で送ってほしい」と打ちこみ、送信した。とにかく、こんな大事なときに兄と通話などしたくなかった。
ルリは腑に落ちない様子だったが、千草は何かを察してくれたらしく、ルリを諌めて出発の準備をするように促した。
「ねえ、お兄ちゃんって何?」
ストラがスマホを物珍しそうに眺めながら訊いてきた。そういえば、彼の前ではスマホをだしていることがほとんどなかった。もしかすると、あかりが気づかなかっただけで、彼はスマホにずっと関心を持っていたのかもしれない。
「私の家族。ざっくり言うと、同じお母さんから生まれた男の子のことかな。でも、先に生まれているから私より大きいの」
我ながら随分と雑な説明だった。が、彼はきちんと理解してくれたらしく、「そうなんだ」と呟き、寂しそうに下をむいた。
「いいな。ぼくには家族はいない」
そう、彼には家族がいない。彼の言う虹の国の住人は、おそらく「家族」の定義にはあてはまらない。だが、一度生まれてから死んでいる以上、この世界のどこかに、彼の家族は存在していたはずだ。
「家族はいるはずだよ。ストラちゃんが知らないだけ」
すると、ストラは驚いて顔をあげた。
「本当? じゃあ、『お兄ちゃん』もいる?」
その質問には正直答えかねた。だが、あかりはあえて笑顔を見せて言った。ストラを元気づけるために 。
「いるかもしれないね。きっといるよ」
その言葉に、ストラは顔をほころばせた。
「じゃあ、一緒だね。ぼく見えないし、『食べる』もできないけど、あかりと同じだね」
「うん、そうだね」
あかりは深く考慮せずに相づちを打った。なぜストラがそんな発言をしたのか、立ちどまって考えることもしなかった。
魔法陣は出発点を示す目印の役割を果たす。そして鏡は、「自分の姿」を正確に夢空間に召喚するのを助けてくれる。慣れてくれば鏡は必要なくなるらしいが、少なくとも今のあかりには鏡が必要だった。あかりは鏡で自分の顔、服装、髪型を入念にチェックした。これを間違いなく記憶しておかないと、夢空間に移動したとき、思いもよらぬ姿に変化してしまうことがあるのだという。
しばらく直立したまま鏡に集中していると、ふいに、右手の指先に柔らかい感触があった。鏡越しに手先を見てみたが、特に何も映っていない。けれども、実際に自分の右側を見てみると、そこにはストラがいた。手に触れていたのは、彼の頰だったのだ。それは人肌のようでありながら、何の温度も感じない、彼独特の皮膚の感触だった。
「ストラちゃんって、鏡にはいないんだね」
「そうよ。虹の子だもの」
そう笑いながら答えたのはストラではなく、千草だった。彼女はいつもどおり陽光のようにあたたかい笑みを浮かべている。千草はまず杖をルリに手渡し、それからあかりの手をとった。
「虹の国にたどり着く可能性は低いけれど、念のために」
そして、あかりの手首にあるものを通した。それは、丸い石を繋ぎあわせた小さな腕輪だった。
石は、奥ゆきのある澄んだ青色に、乳白色の液体がふわりと混ざりこんだ状態で固めたかのような、どこか神秘的な雰囲気の色をしている。まるで、晴天の空をストローで
「これは
あかりが尋ねる前に、千草が口を開いた。あかりの質問を予測していたらしく、さらさらと説明をしてくれた。
「セレスタイトとも言うの。ほかの売りものと違って、普段から浄化して力を溜めてあるわ。夢空間では微弱な効果しかないだろうけれど、きっとあなたの助けになるはず」
あかりはその腕輪をそっと手で撫でた。ただのアクセサリーではない、どこか神秘的なものを感じる。その正体まではわからないが、おそらく千草の言う「力」がそこにはあるのだろう。
「ありがとうございます」
あかりはルリに準備が完了したことを告げようとして、ふとズボンのポケットが妙に重いことに気がついた。そういえば、ポケットにスマホを入れっぱなしにしていた。
「こういうのは置いていくべきだよね?」
別に持っていきたいとも思わないが、一応確認することにした。するとルリはおかしそうにケタケタと笑った。
「どのみち持っていけないよ! 持っていけるのは自分のイメージと、夢空間に通用するものだけだもん」
彼女の説明によると、こうした物理的な私物は勝手に置き去りにされるシステムになっており、このまま夢空間へ移動した場合、スマホはこの部屋にとり残されて転げ落ちるだけらしい。
じつによくできている。あかりがひとり関心していると、突然スマホがうるさく鳴りだした。よりによって、こんなときに着信が入ったのである。
母だろうか。はたまた、留守番の話を母から聞いているであろう、単身赴任中の父だろうか。あかりは何気なく画面に表示された名前を一瞥し、一瞬にして口もとを歪ませた。
「どうしたの?」
「電話なら遠慮せずでてちょうだい」
ルリと千草が不思議そうに画面を覗きこんできた。それでもあかりは、着信に対して何のリアクションもとれなかった。いや、どう対応すればいいのかがわからなかった。
そうこうしているうちに、電話は切れてしまった。
「切れちゃったよ?」
「かけ直したほうがいいんじゃないかしら」
ふたりは口々にそう言ったが、あかりは正直、この人物とは話をしたくなかった。だが、その理由をふたりにどう説明すればよいのかもわからなかった。なぜなら、ふたりはさっき着信画面を見ていたからである。普通の人間なら、電話の主があかりの家族であることに気づいてしまうだろう。そして、あかりが彼を拒否することに疑問を抱くはずだ。あかりの予想どおり、ルリが無邪気に問いかけた。
「今の人、おねーちゃんのパパでしょ?『片町』って書いてたよ」
「あら。やっぱりそうなの? 私もそう思ったのよ」
あかりは歪んでいた表情をもとに戻し、つとめて明るい口調で答えた。
「いえ、『
しばらくの間、沈黙があった。そして、ルリが素っ頓狂な声で叫んだ。
「お兄ちゃん!?」
片町榮一、二十五歳。九つも歳が離れているので誤解されがちだが、あかりと同じ父母を持つ血の繋がった兄である。大学在学中に留学プログラムに参加し、色々あって現在はアメリカに住んでいる。詳しいことは聞いていないが、とある大学院で機械系の研究をしているらしい。
兄は昔から優秀だった。たいていの物事は見ただけで覚えてしまい、計算やパズルの組み立ても恐ろしく早かった。両親は兄を自由な校風の学校に進学させ、やりたいことを好きにやらせた。兄はいわゆる天才で、複数の部活をかけもちしながらも学校の成績はトップクラスだった。おまけに趣味ではじめた研究を完成させ、賞まで貰うという有様である。
さらに憎いことに、彼は性格もよかった。穏やかで優しく、リーダーシップもあった。意見は常に中立的で、誰の言葉にも耳を貸した。自分の不利益を意に介さない器の大きさもあった。もちろん小さな妹のこともかわいがってくれた。
あかりはそんな兄を誇らしく思っていた。兄はあかりのことが大好きで、いつも優しくしてくれたし、いろんなことを教えてくれた。だから、あかりも兄が好きだった。
しかし、小学校の卒業が近づくにつれ、あかりは自分の至らなさを痛感するようになった。簡単にいえば、成績が伸びなかったのだ。学校の成績は悪くなかったし、模試の成績も平均よりはるかに上で、むしろ優秀なほうであったが、かつての兄には遠く及ばなかった。自分が怠けているからかもしれないと、できる限りの努力はしてみたが、やはり兄のようにはいかなかった。
それでもあかりは、憧れの兄と同じ中学に行きたかった。だから、とにかく必死に努力し、受験日を迎えた。だが、結果は不合格。あっさりとしたものだった。
「そういうこともある。あかりはよく頑張ったよ」
合格発表のあと、一人暮らしをしていた兄はわざわざ電話をかけてきて、あかりを慰めてくれた。しかし、その言葉はあかりにとっては侮辱以外の何物でもなかった。
それ以来、あかりは兄を目指すのをやめた。それでも、周囲の人間はことあるごとに兄の話題をだし、やたらと兄を褒めたたえた。そして、その言葉には必ずと言っていいほど、寸足らずの妹への哀れみが含まれていた。それは被害妄想だったのかもしれない。だが、少なくとも当時のあかりにはそう感じられた。
ところが、当の本人は、なぜか妹のことを何か特別な能力のある人間と勘違いしているらしかった。そして、あかりが少しでも讃えられると──それは生徒会長に推薦されたとか、皆勤賞を貰ったとか、至極くだらないことばかりだったが──わざわざ電話をかけてきて、いちいち高いテンションで褒めてくれるのであった。それは皮肉でもなんでもなく、意気消沈している妹に自信を持ってもらいたいという、純粋な兄妹愛からの行動だった。それはあかり自身にもよくわかっていたが、正直言ってかなり迷惑だった。電話口から飛んでくるわざとらしい褒め言葉は自信をつけてくれるどころか、過去の恥辱を蒸しかえすだけで、むしろ逆効果だった。
そういうわけで、あかりは兄からの電話が嫌いだった。とにかく、電話で兄の声を聞くことだけは我慢がならなかったのである。しかし、さすがにそんな話をこんなところでするわけにもいかない。
「お兄ちゃんなのに、電話してあげなくていいの?」
とりあえず兄の年齢と現在の住所だけを簡潔に教えると、案の定ルリが不思議そうに尋ねてきた。
「大丈夫。どうせ、くだらない用事だろうから。いつも時差のことを考えずに電話してくるの」
今は朝の十時で、決して電話をかけるのに非常識な時間ではない。だが、そんなことはどうでもいい。あかりは手早くチャット画面を開くと、「今忙しい、要件は文字で送ってほしい」と打ちこみ、送信した。とにかく、こんな大事なときに兄と通話などしたくなかった。
ルリは腑に落ちない様子だったが、千草は何かを察してくれたらしく、ルリを諌めて出発の準備をするように促した。
「ねえ、お兄ちゃんって何?」
ストラがスマホを物珍しそうに眺めながら訊いてきた。そういえば、彼の前ではスマホをだしていることがほとんどなかった。もしかすると、あかりが気づかなかっただけで、彼はスマホにずっと関心を持っていたのかもしれない。
「私の家族。ざっくり言うと、同じお母さんから生まれた男の子のことかな。でも、先に生まれているから私より大きいの」
我ながら随分と雑な説明だった。が、彼はきちんと理解してくれたらしく、「そうなんだ」と呟き、寂しそうに下をむいた。
「いいな。ぼくには家族はいない」
そう、彼には家族がいない。彼の言う虹の国の住人は、おそらく「家族」の定義にはあてはまらない。だが、一度生まれてから死んでいる以上、この世界のどこかに、彼の家族は存在していたはずだ。
「家族はいるはずだよ。ストラちゃんが知らないだけ」
すると、ストラは驚いて顔をあげた。
「本当? じゃあ、『お兄ちゃん』もいる?」
その質問には正直答えかねた。だが、あかりはあえて笑顔を見せて言った。
「いるかもしれないね。きっといるよ」
その言葉に、ストラは顔をほころばせた。
「じゃあ、一緒だね。ぼく見えないし、『食べる』もできないけど、あかりと同じだね」
「うん、そうだね」
あかりは深く考慮せずに相づちを打った。なぜストラがそんな発言をしたのか、立ちどまって考えることもしなかった。