4 ストラと虹の国
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「『アンジュ』?」
あかりがその名前を繰り返すと、ストラはこくんと頷いた。話の内容からして、人名のようだ。
「その人はストラちゃんのお友達なの?」
「『オトモダチ』?」
困ったことに、ストラは「友達」の意味も知らなかった。あかりが懇切丁寧に言葉の意味について教えると、ストラは口を尖らせた。
「わからないよ。だってぼく、気づいたときからずっとアンジュと一緒だったんだ。アンジュはアンジュだよ」
「物心ついたときからってこと? じゃあ、家族なの?」
すると、ストラは口をぽかんと開けたまま、フリーズしてしまった。「家族」の意味すらも理解できないらしい。いったい今まで何をして生きてきたのだろうか。いや、千草の話が正しければ、すでに死んでいるのか。
「どうしましょうか」
思いきって千草に助けを求めてみたが、千草はため息をついただけだった。
「虹の国って、よくわからないのよ。この子の話を聞いてみるしかないわね」
こうなっては、どうしようもない。あかりは腹をくくって、もう一度ストラに向きなおり、ゆっくりはっきりと発話するように心がけつつ、質問を続けた。
「それじゃ、アンジュってどういう人? これまで、何をしてきたの?」
「うーん……」
ストラは少しずつ、つっかえながらも「アンジュ」という謎の存在について語ってくれた。あかりは鞄から手帳を取りだし、ストラのつたない語彙で綴られる不可思議な話をひとつひとつ書きとめていった。それを繋ぎあわせた結果、どうにかストラがここへ来た経緯を理解することができた。
ストラがいた「虹の国」という場所には、老若男女さまざまな人間がいて、ストラの話し相手をしてくれていた。とりわけ、「アンジュ」と呼ばれる人はストラが物心ついたときにはすでに隣にいて、とても仲がよかったらしい。「アンジュ」はストラと同じくらいの背丈の子供で、ストラよりもいろんなことを知っており、よく「虹の国」を案内してくれていたのだという。
ところがある時、アンジュは「女王様」なる人物に呼びだされ、どこかへ行ってしまった。その後、ストラがひとりで散歩していると、突如、血相を変えたアンジュが現れ、ストラの手をとって走りだした。わけもわからずついていくと、そのまま見知らぬ場所へ連れていかれ、紫色の星空の世界へと迷いこんだ。
ところが、その星空の中で、今度はアンジュとはぐれてしまった。アンジュに会うこともできず、虹の国に帰ることもできず、星空をさまよっていると、菓子を頬張っている少女を見かけたので、立ちよってみた。そこに偶然あかりがいたのだという。
「たったこれだけ?」
あかりは持っていたシャープペンシルを放り投げると、頭を抱えて呻いた。ことの経緯は理解したが、どうすればいいのか、さっぱりわからない。
「この話が正しいとすると、どうやら虹の国にはまだ、閉ざされていない出口があるようね。きっとそこから夢空間に迷いこんだのでしょう」
千草の声を聞いて、あかりはハッと身を起こした。そうだ、ここは自宅ではないのだ。慌てて居住まいを正すと、千草が小さく笑った。
「困ったことに巻きこまれてしまったわね。でも、心配しないで。この子はひとまず、私が預かるから。それにしてもルリったら、私に黙って夢空間に行くなんて。あの子にはよく言い聞かせておくわ」
あかりは安堵した。しかし、どこか胸にひっかかるものがあった。
「預かって、それからどうするんですか?」
「この子は虹の子だから、虹の国へ送りかえすわ。ちょっと手間がかかって大変だけれど、できないことはないから。日が暮れたら、やってみましょう」
なぜ、日が暮れるまで待つ必要があるのかはわからない。だが、きっとそれにも、千草なりの理由があるのだろう。
「わかりました」
あかりはロボットのように感情のない声で答えた。もう、何がなんだかわからなかった。今、自分が体験していることは夢なのだろうか、それとも現実なのだろうか。
ふっと、今朝から今までに起きたことを思いかえしてみた。補講にでて、ルリたちと合流して、電車に乗って……しかし、実感を伴っていたはずの過去の記憶すら、今のあかりには信じられなかった。
あかりがその名前を繰り返すと、ストラはこくんと頷いた。話の内容からして、人名のようだ。
「その人はストラちゃんのお友達なの?」
「『オトモダチ』?」
困ったことに、ストラは「友達」の意味も知らなかった。あかりが懇切丁寧に言葉の意味について教えると、ストラは口を尖らせた。
「わからないよ。だってぼく、気づいたときからずっとアンジュと一緒だったんだ。アンジュはアンジュだよ」
「物心ついたときからってこと? じゃあ、家族なの?」
すると、ストラは口をぽかんと開けたまま、フリーズしてしまった。「家族」の意味すらも理解できないらしい。いったい今まで何をして生きてきたのだろうか。いや、千草の話が正しければ、すでに死んでいるのか。
「どうしましょうか」
思いきって千草に助けを求めてみたが、千草はため息をついただけだった。
「虹の国って、よくわからないのよ。この子の話を聞いてみるしかないわね」
こうなっては、どうしようもない。あかりは腹をくくって、もう一度ストラに向きなおり、ゆっくりはっきりと発話するように心がけつつ、質問を続けた。
「それじゃ、アンジュってどういう人? これまで、何をしてきたの?」
「うーん……」
ストラは少しずつ、つっかえながらも「アンジュ」という謎の存在について語ってくれた。あかりは鞄から手帳を取りだし、ストラのつたない語彙で綴られる不可思議な話をひとつひとつ書きとめていった。それを繋ぎあわせた結果、どうにかストラがここへ来た経緯を理解することができた。
ストラがいた「虹の国」という場所には、老若男女さまざまな人間がいて、ストラの話し相手をしてくれていた。とりわけ、「アンジュ」と呼ばれる人はストラが物心ついたときにはすでに隣にいて、とても仲がよかったらしい。「アンジュ」はストラと同じくらいの背丈の子供で、ストラよりもいろんなことを知っており、よく「虹の国」を案内してくれていたのだという。
ところがある時、アンジュは「女王様」なる人物に呼びだされ、どこかへ行ってしまった。その後、ストラがひとりで散歩していると、突如、血相を変えたアンジュが現れ、ストラの手をとって走りだした。わけもわからずついていくと、そのまま見知らぬ場所へ連れていかれ、紫色の星空の世界へと迷いこんだ。
ところが、その星空の中で、今度はアンジュとはぐれてしまった。アンジュに会うこともできず、虹の国に帰ることもできず、星空をさまよっていると、菓子を頬張っている少女を見かけたので、立ちよってみた。そこに偶然あかりがいたのだという。
「たったこれだけ?」
あかりは持っていたシャープペンシルを放り投げると、頭を抱えて呻いた。ことの経緯は理解したが、どうすればいいのか、さっぱりわからない。
「この話が正しいとすると、どうやら虹の国にはまだ、閉ざされていない出口があるようね。きっとそこから夢空間に迷いこんだのでしょう」
千草の声を聞いて、あかりはハッと身を起こした。そうだ、ここは自宅ではないのだ。慌てて居住まいを正すと、千草が小さく笑った。
「困ったことに巻きこまれてしまったわね。でも、心配しないで。この子はひとまず、私が預かるから。それにしてもルリったら、私に黙って夢空間に行くなんて。あの子にはよく言い聞かせておくわ」
あかりは安堵した。しかし、どこか胸にひっかかるものがあった。
「預かって、それからどうするんですか?」
「この子は虹の子だから、虹の国へ送りかえすわ。ちょっと手間がかかって大変だけれど、できないことはないから。日が暮れたら、やってみましょう」
なぜ、日が暮れるまで待つ必要があるのかはわからない。だが、きっとそれにも、千草なりの理由があるのだろう。
「わかりました」
あかりはロボットのように感情のない声で答えた。もう、何がなんだかわからなかった。今、自分が体験していることは夢なのだろうか、それとも現実なのだろうか。
ふっと、今朝から今までに起きたことを思いかえしてみた。補講にでて、ルリたちと合流して、電車に乗って……しかし、実感を伴っていたはずの過去の記憶すら、今のあかりには信じられなかった。