4 ストラと虹の国
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そんなまさか、とあかりは反論しようとしたが、先ほどの「フィクションだと思って」という言葉を思いだして、ぐっと堪えた。
「つまり、幽霊ってことですか?」
そう返すと、千草はなぜか安堵の表情を見せた。
「ええ、近いわ。でも、幽霊というのは死後の世界に旅立てない存在のことでしょう。虹の子は、すでに死後の世界に旅立ったあとの存在なの」
「どうして、そんなことがわかるんですか?」
「独特の気配がするからよ。それに、服が真っ白でしょう」
気配というのはわからないが、たしかにストラの服は白い。彼の服は、幼稚園児が着ているようなスモックをさらにだぼだぼにしたような一風変わった服装だが、これがちょっと異常なくらいに白い。たとえ漂白剤を山盛りぶっかけたって、これほどの白さはだせないだろう。だが、白い服など、着ようと思えば誰だって着られる。
「白い服を着ていれば死んでいるっていうんですか?」
「いいえ、そういうわけではないわ。ただ、虹の子はどの子も真っ白な服を着ていて、背中には翼があるものなのよ。だから、西洋の『天使』や東洋の『飛天』のルーツだという説もあるくらいなの」
そう言われ、あかりは反射的にストラの背中に目をやった。しかし、真っ白いスモックのような服を着たその背中には、服のほかには何も見あたらなかった。
「翼なんて、ないと思いますけど……」
「あら、そうかしら」
千草は席を立ち、電話の受話器を心底不思議そうに眺めているストラのすぐ隣に屈んだ。そして、優しい声でこう問いかけた。
「そういえばお名前聞いてなかったわね。ぼく、お名前は?」
するとストラは両手で有線の受話器を持ったまま振り向き、千草の顔を怯えた表情で見つめ、何かを訴えかけるようにあかりに視線を送ってきた。その様子からすると、どうやら、千草に返事をしてもよいのか迷っているらしかった。駅でやたらと注意されたこともあり、神経質になっているのだろう。そこで、あかりは急いで声をかけた。
「大丈夫、その人とは話してもいいのよ」
その言葉に安心したのか、ストラはもとの無邪気な調子をとり戻し、満面の笑みで答えた。
「ぼく、ストラだよ」
「そう、ストラちゃんっていうの。どこから来たの?」
千草は優しく微笑んでいる。事情を知らなければ、幼児が初対面のおばあさんと仲睦まじく会話をしているだけのように見える。
「虹の国だよ」
「まあ、そう! じゃあ、お空も飛べるの?」
「うん、飛べるよ」
そう言うが早いか、ストラの背中がふわっと膨らんだ。そして、それが弾けた瞬間、そこには彼の身長ほどもある大きな翼がふたつ広げられていた。その翼もまた、着ている服と同じく、気味が悪いくらいに真っ白だった。
「嘘!」
あかりは反射的に叫んだ。はじめて出会ったときから今の今まで、こんな翼はストラのどこにも生えていなかった。こんなすごいものがあるのに、どうして見せてくれなかったのだろうか。それを尋ねると、ストラは困ったように眉をよせ、天井を指さした。
「だって、上に壁があったら飛べないんだもん。だから外で飛ぼうと思ったんだけど、勝手に動いちゃいけないって言うから、飛ぶのもだめなのかなあと思って。それに、周りの子も飛んでいなかったから」
千草は驚いた様子でふたりのやりとりを観察していた。
「この子、ずいぶん流暢に話すのね。てっきり二歳か三歳くらいだと思っていたけれど、もっと大きいみたい」
それについて、あかりには判断がつかなかった。あかりには年下の兄弟はいないし、これまで小さな子供と触れあう機会もほとんどなかった。幼児の言葉がおぼつかないものであることは知っていても、具体的にどの程度の喋りが彼の容姿にふさわしいのかなど、わかるはずもない。
ただ、彼の喋りはたしかに進化していた。昨日はおうむ返しのような短文ばかりだったのに、今の彼は具体的に物事を説明できている。そのことを千草に話すと、千草はますます怪訝な顔になった。
「一晩で成長したということかしら。何か心あたりはある?」
「いいえ、まったく。『虹の子』って短期間で成長するものなんですか?」
「さあ、わからないわ。私も、あの国のことは断片的にしか知らないの。そういえば、この子とはどうやって会ったの?」
そこであかりは、ことの経緯を千草に説明した。詳しく話せば話すほど、千草の表情は曇っていった。
「それじゃ、夢空間で会ったというの? おかしいわ、虹の国から夢空間へ抜ける道は、本来閉ざされているはず」
そこで千草は、ストラにむきなおった。
「あなた、どうやって虹の国を脱けだしたの?」
するとストラは「うーん」と数秒唸り、少し首を傾けたまま、深刻さを欠いた単調な口ぶりであっさりと答えた。
「わかんない。アンジュを追いかけていったら、迷子になっちゃったんだ」
「つまり、幽霊ってことですか?」
そう返すと、千草はなぜか安堵の表情を見せた。
「ええ、近いわ。でも、幽霊というのは死後の世界に旅立てない存在のことでしょう。虹の子は、すでに死後の世界に旅立ったあとの存在なの」
「どうして、そんなことがわかるんですか?」
「独特の気配がするからよ。それに、服が真っ白でしょう」
気配というのはわからないが、たしかにストラの服は白い。彼の服は、幼稚園児が着ているようなスモックをさらにだぼだぼにしたような一風変わった服装だが、これがちょっと異常なくらいに白い。たとえ漂白剤を山盛りぶっかけたって、これほどの白さはだせないだろう。だが、白い服など、着ようと思えば誰だって着られる。
「白い服を着ていれば死んでいるっていうんですか?」
「いいえ、そういうわけではないわ。ただ、虹の子はどの子も真っ白な服を着ていて、背中には翼があるものなのよ。だから、西洋の『天使』や東洋の『飛天』のルーツだという説もあるくらいなの」
そう言われ、あかりは反射的にストラの背中に目をやった。しかし、真っ白いスモックのような服を着たその背中には、服のほかには何も見あたらなかった。
「翼なんて、ないと思いますけど……」
「あら、そうかしら」
千草は席を立ち、電話の受話器を心底不思議そうに眺めているストラのすぐ隣に屈んだ。そして、優しい声でこう問いかけた。
「そういえばお名前聞いてなかったわね。ぼく、お名前は?」
するとストラは両手で有線の受話器を持ったまま振り向き、千草の顔を怯えた表情で見つめ、何かを訴えかけるようにあかりに視線を送ってきた。その様子からすると、どうやら、千草に返事をしてもよいのか迷っているらしかった。駅でやたらと注意されたこともあり、神経質になっているのだろう。そこで、あかりは急いで声をかけた。
「大丈夫、その人とは話してもいいのよ」
その言葉に安心したのか、ストラはもとの無邪気な調子をとり戻し、満面の笑みで答えた。
「ぼく、ストラだよ」
「そう、ストラちゃんっていうの。どこから来たの?」
千草は優しく微笑んでいる。事情を知らなければ、幼児が初対面のおばあさんと仲睦まじく会話をしているだけのように見える。
「虹の国だよ」
「まあ、そう! じゃあ、お空も飛べるの?」
「うん、飛べるよ」
そう言うが早いか、ストラの背中がふわっと膨らんだ。そして、それが弾けた瞬間、そこには彼の身長ほどもある大きな翼がふたつ広げられていた。その翼もまた、着ている服と同じく、気味が悪いくらいに真っ白だった。
「嘘!」
あかりは反射的に叫んだ。はじめて出会ったときから今の今まで、こんな翼はストラのどこにも生えていなかった。こんなすごいものがあるのに、どうして見せてくれなかったのだろうか。それを尋ねると、ストラは困ったように眉をよせ、天井を指さした。
「だって、上に壁があったら飛べないんだもん。だから外で飛ぼうと思ったんだけど、勝手に動いちゃいけないって言うから、飛ぶのもだめなのかなあと思って。それに、周りの子も飛んでいなかったから」
千草は驚いた様子でふたりのやりとりを観察していた。
「この子、ずいぶん流暢に話すのね。てっきり二歳か三歳くらいだと思っていたけれど、もっと大きいみたい」
それについて、あかりには判断がつかなかった。あかりには年下の兄弟はいないし、これまで小さな子供と触れあう機会もほとんどなかった。幼児の言葉がおぼつかないものであることは知っていても、具体的にどの程度の喋りが彼の容姿にふさわしいのかなど、わかるはずもない。
ただ、彼の喋りはたしかに進化していた。昨日はおうむ返しのような短文ばかりだったのに、今の彼は具体的に物事を説明できている。そのことを千草に話すと、千草はますます怪訝な顔になった。
「一晩で成長したということかしら。何か心あたりはある?」
「いいえ、まったく。『虹の子』って短期間で成長するものなんですか?」
「さあ、わからないわ。私も、あの国のことは断片的にしか知らないの。そういえば、この子とはどうやって会ったの?」
そこであかりは、ことの経緯を千草に説明した。詳しく話せば話すほど、千草の表情は曇っていった。
「それじゃ、夢空間で会ったというの? おかしいわ、虹の国から夢空間へ抜ける道は、本来閉ざされているはず」
そこで千草は、ストラにむきなおった。
「あなた、どうやって虹の国を脱けだしたの?」
するとストラは「うーん」と数秒唸り、少し首を傾けたまま、深刻さを欠いた単調な口ぶりであっさりと答えた。
「わかんない。アンジュを追いかけていったら、迷子になっちゃったんだ」