3 佑雲の祖母
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老夫の下車後、乗客はひとりも乗ってこないまま、電車は佑雲 駅についた。あかりは先にルリを降ろすと、右手でバッグを持ち、左手でストラの手をとってホームへと降りたった。
電車からでると、容赦ない直射日光がさっそく顔にぶつかった。出迎えてくれた幅の狭いホームには、ベンチはおろか屋根すらなかった。あるものといえば、ぼろぼろに塗装がはげた看板くらいである。残っている塗装もかなり色あせていて、かろうじて書いてある文字が読みとれるくらいのものだった。改札もない。ホームの出口には切符を入れる箱と白いポストのような形のICカード改札機があるのみだ。
駅の西側には、ぽつぽつと住宅が建ち並んでいる。一方、東側には見渡すかぎり田んぼが広がっていた。きっとルリの祖母は西側の住宅のどれかに住んでいるのだろう、とあかりは思った。
しかし、地図アプリに聞いていた住所を入力してみると、アプリは見事に田んぼの向こう側を指した。昨日調べたときは気づかなかったが、田んぼの向こうに目をやると、そちらにも建物がある。というより、むしろあちらのほうが店や道路などもあって、栄えている。
調べてみると、どうやら田んぼの向こうには別会社の路線が走っており、その路線の途中駅を中心に町がつくられているらしかった。なるほど、目をこらしてみると、肉眼でもはるか遠くに電車が走っているのが見える。
「向こうの電車に乗ったほうがよかったんじゃないかしら」
「いいけど、めちゃくちゃ遠回りだよ。それに、駅から歩く時間は一緒だもん」
ルリの言うとおりだった。あちらの路線はあかりたちの住む楠早原 とは反対方向に延びているため、乗るためにはかなり面倒なルートを選択しなければならない。料金も時間も一・五倍はかかってしまう。
「なるほどね」
あかりがため息をついていると、左隣にいたストラがそわそわと動きはじめた。同時に、そばにあった踏切がけたたましく警報音を鳴らしはじめた。見ると、遠くのほうから猛スピードで急行列車が近づいてきていた。たくさんの客を詰めた急行は、そのままスピードを緩めることなく駅と踏切を一瞬で駆けぬけていった。そう、この路線は急行の本数は多いのだ。
田んぼの向こうにも急行列車にも大勢の人がいるのに、この駅には誰もいない。この駅だけが無視されている。まるで、ぽっかりと穴があいているかのようだ。
「おねーちゃん、先に行くよ!」
ルリはさっさと駅の出口まで行き、切符を箱につっこむと、先陣をきって田んぼのあぜ道のほうへと駆けていった。すっかり機嫌は直ったらしい。
「ごめん、すぐに行く」
あかりはずっと踏切の方角を見ているストラを引っぱった。
「ほら、行くよ」
しかし、ストラは踏切と線路のほうを向いたままだった。それでも何度か呼びかけると、ストラはようやくこちらを向いて、おずおずと口を開いた。
「あれ、なあに? さっきまで大きな音で叫んでいたのに、急に静かになったよ。どうして? それにぼくたち、今どこにいるの?」
あかりは答えに窮した。普通の 子供に教えるのならともかく、食事の概念すら知らないストラに、どうやって鉄道設備の説明をすればよいのだろう。こんなときにかぎってルリはそばにおらず、ストラはおとなしくあかりが話すのを待っている。数秒間の沈黙ののち、あかりはすべてを先延ばしにすることを決意した。今は、こんなところで油を売っている場合ではない。
「歩きながら教えてあげる。だから早くついてきて」
青々と茂った田んぼの間には、砂地の道が続いていた。道にはくっきりとタイヤの跡があり、その部分を避けて短い草が生えている。
ルリは道をよく知っているらしく、ひとりで勝手に走っていっては、立ちどまってこちらを振りかえった。
「もう、ふたりとも遅いよ!」
とは言いつつも、彼女は満面の笑みだった。きっと、ひとりだけ道がわかっているのが嬉しいのだろう。
「ごめんね、私はそんなに走れないのよ」
あかりはストラの手をひいて、のんびりとルリを追った。きつい日差しのおかげで、脇や首筋は汗でびっしょりと濡れている。ストラは見るものすべてが気になるようで、口を半開きにしたまま、田んぼのほうをじっと眺めていた。ありがたいことに周囲に人影は見あたらなかった。
「ねえ、もうお話していい?」
ストラはあかりの言葉を律儀に覚えていたらしく、ずっとあかりの目ばかり見ていた。あかりはなんとかして彼を拒む理由を探そうとしたが、周りには田んぼばかりで、人はおろか住宅すらない。この場所は、彼と話をするにはこの上なく好都合だった。
「いいよ」
あかりは諦め、そう言った。勢いで言ったとはいえ、約束は約束だ。反故にするわけにもいかない。
ストラはぱあっと顔を輝かせ、矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた。どういうわけか、質問の内容は鉄道車両や、駅構内の機械に関するものばかりだった。妙に鋭い内容のものも多く、あかりは何度も言葉に詰まったが、とりあえず答えられる範囲で応対したところ、一応納得はしてくれたようだった。
そんなことをしているうちに、一同は田んぼを抜け、アスファルトの道にさしかかった。はじめは古くてひび割れた細い道だったが、やがてそれも真新しいものに変わってゆき、気づいたときには、たくさんの車が行き交う大通りにまで来ていた。
「ここだよ」
大通りを曲がって小さな路地に入ったところで、ルリはぴたりと足を止めた。
そこは、一見すると普通の住宅のようだった。洋風の造りで、クリーム色の壁にオレンジの屋根をのせ、黒い柵で囲われている。戸口の部分がガラス張りになっていることから、かろうじて店舗だということがうかがい知れる。よく見ると入口には「ストーンショップ明鏡止水 」と書かれた小さい看板がかかっていた。
「へえ、パワーストーンのお店なのね」
あかりは占いやオカルトを信じないたちだ。普段なら、こういう店は胡散臭いので近寄らないことが多い。しかし、ストラのような説明のつかない子供について相談するなら、ある意味では心強いかもしれない。
ルリは遠慮なく店のドアを開けると、「おばあちゃん」と叫びながら、我先にと中に飛びこんでいった。
「まあ、ルリ。もう来たのね」
カウンターの奥にいたのは、初老の女性だった。少し白髪が混じっているものの、顔立ちも言葉もはっきりとしている。服装も若々しく、花柄の刺繍を施した薄手のブラウスに紺のロングスカートを履いていた。祖母といっても、それほど歳をとっているわけではなさそうだ。
「あなたが片町あかりさんね」
「はい。はじめまして」
「瑠璃奈の祖母の、望月千草 といいます。よろしくね。それと……」
千草という女性はそのまま、すっと目線を下げてあかりの右隣に目をやった。
「その子ね? 電話でルリが『連れてきた』と言っていたのは」
電車からでると、容赦ない直射日光がさっそく顔にぶつかった。出迎えてくれた幅の狭いホームには、ベンチはおろか屋根すらなかった。あるものといえば、ぼろぼろに塗装がはげた看板くらいである。残っている塗装もかなり色あせていて、かろうじて書いてある文字が読みとれるくらいのものだった。改札もない。ホームの出口には切符を入れる箱と白いポストのような形のICカード改札機があるのみだ。
駅の西側には、ぽつぽつと住宅が建ち並んでいる。一方、東側には見渡すかぎり田んぼが広がっていた。きっとルリの祖母は西側の住宅のどれかに住んでいるのだろう、とあかりは思った。
しかし、地図アプリに聞いていた住所を入力してみると、アプリは見事に田んぼの向こう側を指した。昨日調べたときは気づかなかったが、田んぼの向こうに目をやると、そちらにも建物がある。というより、むしろあちらのほうが店や道路などもあって、栄えている。
調べてみると、どうやら田んぼの向こうには別会社の路線が走っており、その路線の途中駅を中心に町がつくられているらしかった。なるほど、目をこらしてみると、肉眼でもはるか遠くに電車が走っているのが見える。
「向こうの電車に乗ったほうがよかったんじゃないかしら」
「いいけど、めちゃくちゃ遠回りだよ。それに、駅から歩く時間は一緒だもん」
ルリの言うとおりだった。あちらの路線はあかりたちの住む
「なるほどね」
あかりがため息をついていると、左隣にいたストラがそわそわと動きはじめた。同時に、そばにあった踏切がけたたましく警報音を鳴らしはじめた。見ると、遠くのほうから猛スピードで急行列車が近づいてきていた。たくさんの客を詰めた急行は、そのままスピードを緩めることなく駅と踏切を一瞬で駆けぬけていった。そう、この路線は急行の本数は多いのだ。
田んぼの向こうにも急行列車にも大勢の人がいるのに、この駅には誰もいない。この駅だけが無視されている。まるで、ぽっかりと穴があいているかのようだ。
「おねーちゃん、先に行くよ!」
ルリはさっさと駅の出口まで行き、切符を箱につっこむと、先陣をきって田んぼのあぜ道のほうへと駆けていった。すっかり機嫌は直ったらしい。
「ごめん、すぐに行く」
あかりはずっと踏切の方角を見ているストラを引っぱった。
「ほら、行くよ」
しかし、ストラは踏切と線路のほうを向いたままだった。それでも何度か呼びかけると、ストラはようやくこちらを向いて、おずおずと口を開いた。
「あれ、なあに? さっきまで大きな音で叫んでいたのに、急に静かになったよ。どうして? それにぼくたち、今どこにいるの?」
あかりは答えに窮した。
「歩きながら教えてあげる。だから早くついてきて」
青々と茂った田んぼの間には、砂地の道が続いていた。道にはくっきりとタイヤの跡があり、その部分を避けて短い草が生えている。
ルリは道をよく知っているらしく、ひとりで勝手に走っていっては、立ちどまってこちらを振りかえった。
「もう、ふたりとも遅いよ!」
とは言いつつも、彼女は満面の笑みだった。きっと、ひとりだけ道がわかっているのが嬉しいのだろう。
「ごめんね、私はそんなに走れないのよ」
あかりはストラの手をひいて、のんびりとルリを追った。きつい日差しのおかげで、脇や首筋は汗でびっしょりと濡れている。ストラは見るものすべてが気になるようで、口を半開きにしたまま、田んぼのほうをじっと眺めていた。ありがたいことに周囲に人影は見あたらなかった。
「ねえ、もうお話していい?」
ストラはあかりの言葉を律儀に覚えていたらしく、ずっとあかりの目ばかり見ていた。あかりはなんとかして彼を拒む理由を探そうとしたが、周りには田んぼばかりで、人はおろか住宅すらない。この場所は、彼と話をするにはこの上なく好都合だった。
「いいよ」
あかりは諦め、そう言った。勢いで言ったとはいえ、約束は約束だ。反故にするわけにもいかない。
ストラはぱあっと顔を輝かせ、矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた。どういうわけか、質問の内容は鉄道車両や、駅構内の機械に関するものばかりだった。妙に鋭い内容のものも多く、あかりは何度も言葉に詰まったが、とりあえず答えられる範囲で応対したところ、一応納得はしてくれたようだった。
そんなことをしているうちに、一同は田んぼを抜け、アスファルトの道にさしかかった。はじめは古くてひび割れた細い道だったが、やがてそれも真新しいものに変わってゆき、気づいたときには、たくさんの車が行き交う大通りにまで来ていた。
「ここだよ」
大通りを曲がって小さな路地に入ったところで、ルリはぴたりと足を止めた。
そこは、一見すると普通の住宅のようだった。洋風の造りで、クリーム色の壁にオレンジの屋根をのせ、黒い柵で囲われている。戸口の部分がガラス張りになっていることから、かろうじて店舗だということがうかがい知れる。よく見ると入口には「ストーンショップ
「へえ、パワーストーンのお店なのね」
あかりは占いやオカルトを信じないたちだ。普段なら、こういう店は胡散臭いので近寄らないことが多い。しかし、ストラのような説明のつかない子供について相談するなら、ある意味では心強いかもしれない。
ルリは遠慮なく店のドアを開けると、「おばあちゃん」と叫びながら、我先にと中に飛びこんでいった。
「まあ、ルリ。もう来たのね」
カウンターの奥にいたのは、初老の女性だった。少し白髪が混じっているものの、顔立ちも言葉もはっきりとしている。服装も若々しく、花柄の刺繍を施した薄手のブラウスに紺のロングスカートを履いていた。祖母といっても、それほど歳をとっているわけではなさそうだ。
「あなたが片町あかりさんね」
「はい。はじめまして」
「瑠璃奈の祖母の、望月
千草という女性はそのまま、すっと目線を下げてあかりの右隣に目をやった。
「その子ね? 電話でルリが『連れてきた』と言っていたのは」