※本来の物語はこちら→ストレンジ体験記

「はあ……」
　とある住宅の門前で、あかりは左手に下げていたボストンバッグを下ろし、汗をぬぐいながらため息をついた。今日からここが、新しい住処になるのだ。
つい先ほど引っ越し業者から渡された鍵を取り出して玄関に差し込むと、ガチャリという音がした。
どうやら、開錠に成功したらしい。
あかりは再び荷物を持ち上げる。
そして扉を開き、中に入ろうとしたその時だった。
中から、なにか物音が聞こえた気がする。
なんだろう？ 気になったあかりは、とりあえず中に入ってみることにした。
靴を脱いで揃えると、そっと廊下を進む。
すると――そこには一人の男性が倒れ伏していた。
年齢は20代後半くらいだろうか。うつ伏せの状態でピクリとも動かないその男は、なぜか上半身裸である。
一体この人は誰なのか。なぜここにいるのか。そんな疑問が次々と湧いてくる中で、あかりはふと思い出す。
そういえば、引っ越し業者さんが言っていたような……。
確か、部屋にはもうひとり誰かがいるはずだって……まさか――
嫌な予感を覚えたあかりは、慌てて男性の肩を掴むと、身体を回転させて仰向けにさせた。
そこでようやく男性の顔を見た瞬間、彼女は思わず悲鳴を上げそうになった。
なぜなら彼の顔には、大きな火傷の跡があったからだ。
それだけではない。よく見ると身体の方にもいくつもの傷跡がある。それも、かなり古いものばかりだ。
これはもしかしなくても、昔火事にあったということなのかもしれない。
だが、問題はそれだけではなかった。
男性の首筋に、黒い刺青のようなものがあるのだ。それはまるで、悪魔の翼を広げた髑髏のような形をしていた。これではまるで、タトゥーシールのように見えてしまう。
つまり、彼は何かしらの事情でタトゥーシールを貼っているのではなく、本物の刺青をしているということになるのだが……。
一体どうしてこんなところに刺青を入れているのか。
その理由が全くわからないあかりは、しばし呆然としていたが、やがてハッと我に返る。
いけない！ 今はそれどころじゃないんだった！ あかりは急いで救急車を呼ぶことにした。
※ それから30分後。救急隊員によって病院へと搬送された男性は、集中治療室へと運ばれた。
幸いなことに命に別状はなく、数日安静にしていれば回復するとのことだったが、意識不明の状態が続いていた。
そのためあかりは、彼が目を覚ますまで付き添うことにした。
さらにその後、警察もやってきたが、彼らは特に何も聞かずに帰っていった。恐らく、事件性がないと判断したのだろう。
結局、男性は一度も目を覚まさないまま3日が経過したが、それでもあかりは彼の傍を離れようとしなかった。
そして4日目の朝、ついに待ち望んだ時が訪れる。
男性が目覚めたのだ。
あかりはすぐにナースコールを押した。するとすぐに看護師たちが駆けつけてくれた。
そして彼らに促されるまま、あかりは男性の元へと歩み寄る。
ベッドの上に横になっている彼は、まだぼんやりとした表情を浮かべていたが、あかりの姿を見ると口を開いた。
最初に出てきた言葉は謝罪の言葉だった。
自分は悪いことをした覚えはないのに謝るのは変だと最初は思ったが、どうやら彼はずっと自分のことを覚えていて、申し訳ないと思っていたらしい。
だからこうして、目覚めることができたのだという。
それを聞いたあかりは、改めて彼にお礼を言うと、自分の名を名乗った。
そして、これからよろしくお願いしますと言って手を差し出した。
すると彼は少し驚いた様子を見せたが、すぐに笑顔になるとこちらこそと言いながら握手に応えた。
こうして二人は出会った。
これが、後に恋人同士となる二人の出会いであった。……さて、ここから先は、私こと久遠寺あかりが実際に体験したことである。
私はこれまで、様々な人たちの物語を聞いてきたけど、その中にはもちろん、私自身が経験してきた物語もある。
だけど、私が話している物語は、これまでのものとは全く違う。
それはなぜか？ 理由は簡単だ。
だってこれは、私の人生の物語なのだから―――。
※本来の物語はこちら→ストレンジ体験記