53.The Answer
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宮田が海外に旅立った後、何回か国際電話がかかってきた。
手紙は1通、タイの絵葉書に一言「暑い」。
・・・その程度。
知らせがないのはいい便り。
相手の活躍は雑誌で知る。
相手の心の中に自分がいるかどうかを疑う必要がないってこと。
揺るぎない思いと、繋がりへの信頼が、心の平穏をもたらすってこと。
宮田はそんなの昔からとっくにわかってて・・・だからこそ私も同じなんだと思い込んでいた。
今になって、私がそれに追いついて、あの時迷子になっていた気持ちをうまく導いて家に連れて帰ることができた。
宮田は根本は変わらないものの、相互作用や共感の必要性については理解を深めたらしい。
忙しい試合の合間に、決して安くはない国際電話を何度もかけてきてくれたことに、努力の痕跡を感じる。
「もうすぐ日本に帰るよ」
「えっ・・・いついつ!?」
「4月くらい」
「本当?6月にスティーブン監督の新作があるんだよ!見に行こうよ!」
「やっと完成したか。予定合わせるよ」
海外での最後の試合を終え、減量の重圧から少し解放されたのか、宮田の声色はいつもより明るく感じられた。
国際電話はえらい値段がするので、いつも1分程度の短い挨拶しかしない。
奈々が“じゃあ”と電話を切ろうとしたその時だった。
「奈々」
宮田が初めて、下の名前を呼んだ。
思いがけない言葉を耳にして一瞬あっけに取られて言葉を失う。
宮田は電話越しでもその様子が想像できるのか、フッと笑って続けた。
「待ってろよ」
プツッと切れた国際電話。
ツーツーという電子音。
子機の電源ボタンをピッと押して、ドッとベッドに沈み込む。
「・・・待ってるよ、一郎」
空に呟いて見たものの、言いなれない言葉は空中で澱んでそのまま顔面に向かって落ちてくるようだった。
この3年間ずっと"宮田”と呼び続けていた相手の呼び名をいきなり、しかも下の名前に変えるなんて、何だか気恥ずかしくて、似合わなくて、堪え切れないおかしみが体を巡って弾んでしまう。
「なんか変なの!気分転換に本屋でも行ってこようっと」
机の上に放置していた財布を手に取り部屋を出る。
がまぐちに繋がれた“しあわせまもり”の小さな鈴が、チリリンと健気な音を立てた。
終わり。