52.もう一度
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いよいよ本命の合格発表の日。
落ちたら後がない・・・というわけでは無かったけど、それでも自分の運命を左右する進路決定が目前に迫っていると、夜中に何度も目が覚めるような緊張感があった。
むしろ受験当日よりも緊張しているかも、と思いながら、奈々は受験番号を書いた紙をぎゅっと掌で温めながら、そっとそっと、キャンパス内に掲げられた合格者発表ボードに目を向けた。
「あ・・・・っ、あった・・・・あった!!!あったぁ!」
貼られた数字と手元の数字を何度も見比べて、見間違いじゃないかを何度も確かめる。
それがどうやら一致していることが確実に分かった後は、息を切らして公衆電話へ向かった。
すでに公衆電話には、列ができ始めていた。
「あ、お母さん?私だよ、奈々だよ。あのね、合格してたよ!」
電話の向こうで母は歓喜の雄叫びをあげて、今日はご馳走にしようなどと夢の膨らむ祝辞をくれた。
チラリと電話ボックスの外を見ると長蛇の列だ。喜びも悲しみも今すぐ伝えたい人たちでごった返している。
話もそこそこに奈々は電話を切って、外に出た。
飛び跳ねて歌い回りたい気分だったけれど、歩いている途中で何人か、泣き崩れて支えられている人も見かけた。そしてそのすぐ横で胴上げも見かける。
厳しい勝負の世界の中に自分も居たんだなと実感する。
「宮田はこんなの・・・1年中やってるんだもんな」
ふう、とため息をついて空を見上げると、どこまでも青く澄んだ綺麗な空が広がっていた。
ゆっくり空を眺めるなんていつぶりだろう。
中高の6年間、多感な時期に私たちは空の青さも見ないでずっと校舎の中で過ごしていたなんて勿体無いな。
少し感傷的になりながら、子供時代の終わりをなんとなく感じていた。
「ただいまぁ」
帰宅すると玄関の花瓶には豪華な花が生けられていた。
「おかえりぃ。おめでとう!」
母親がパタパタと走り寄ってきて、ぎゅうと暖かなハグをくれる。
いつも適当でユルいくせに、肝心な時に母親っぽくなるんだから、敵わない。
「この花どうしたの」
「木村園芸から合格祝いですって」
「情報早ッ・・って、もう、おしゃべりなんだから」
「ついさっき達也くんが配達してくれたところだったのよ。思ったより遅かったのね」
「ついでだから、キャンパス少し見学してたんだ」
奈々はそう言ってリビングにある電話の子機を取り出し、慣れた手つきで木村園芸に電話をかけた。
ちょうど配達から戻ったばかりの木村が電話に出て、合格の報告とお礼で、会話に花が咲いたのは言うまでもない。
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ひと段落ついて、自室に戻って改めてふうっと大きく息を吐く。
この1年が報われて、長かった戦が終わったことをしみじみと噛み締める。
卒業式まではあと2週間。それが終わったら春休み。4月からは大学生。
これからいろんなことがあるだろう。
そして・・・・・
“あとは、お前次第だ”
先週からずっと頭の中を回っている宮田の言葉。
宮田はもうすぐ日本を離れて、武者修行の旅に出るという。
いつ帰ってくるかも言わなかった。
ひょっとしたらもう帰ってこないのかもしれない。
今までだったら、耐えられなかっただろう。
行かないでとか、連絡ちょうだいとか、寂しいとか、散々重たい言葉を浴びせていたかもしれない。
けれどこの1年のインターバルは、そういう恋愛の呪縛から自分を解き放ってくれた。
「やっぱり・・・宮田が好き」
わざと声に出して呟いてみた。
言葉は真っ白な天井に吸い込まれて消えたものの、その振動は確かに奈々の心を震わせた。