「はい」


無口な男の一人暮らし・・・家にいるとほとんど誰とも話すことがない。妙にかすれた声が出てしまったと思ったら、案の定、受話器の向こうにいる父親に突っ込まれた。


「なんだ一郎、寝てたのか？」
「いや」
「これから迎えに行くから準備しておけよ」
「OK」



しばらくして、父親がクラクションを鳴らす音が窓から聞こえた。宮田は財布をズボンの後ろポケットにしまいこんで玄関から出ると、いつもの調子で颯爽と階段を降りてきて、父親の乗る車のドアを開けて乗り込んだ。


「足の具合はどうだ？」


怪我のことなど忘れてしまいそうなほど軽快に階段を降りてきた息子を見て父親が聞くと、


「歩く分には問題ないよ」
「まさかロード行ったりしていないだろうな？捻挫は癖になる。しっかりと休むんだぞ」
「・・・分かってるよ」

もうそろそろ走ってもいいかなと思っていた矢先に釘を刺されてバツの悪そうな宮田は、プイと窓の外に顔を向けた。


引っ越して１年以上経つのに、見慣れない街並みだ。




ーーーー

「経過は順調ですね。念のためあと１週間は、走ったりせずに様子を見てください」
「はい・・・よかったな、一郎」


ズボンの裾を下ろしながら宮田は、「ありがとうございました」と小さく呟く。本当は今すぐにでも練習を再開したいのに、さらに１週間の静養を命じられて焦ったい気持ちが態度にも現れているようだ。


帰りの車の中で、父親が「飯でも食って帰るか？」と聞くと、宮田は少し黙って、窓の外を眺めながら、


「・・・話があるんだ、父さん」
「ん？」
「昨日の飯も残ってるし、オレの家がいいんだけど」
「む。ちなみに何が残ってるんだ」
「カレー」
「よし、それなら行こう」


しばらく車を走らせ宮田のアパートの前に着くと、父親は先に宮田を車から下ろして「温めておけよ」と言い残し、近所のコインパーキングへ車を停めに行った。