48.クラクション
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そんな言葉が胸をよぎり、ハッと夢から覚めたように顔を上げる。
気がついたら外はもう暮れかかっていた。
「あ・・・そ、そろそろ帰らなきゃ」
「そうか。持って行くか?コレ」
「う、ううん。私も買うから・・・」
そういって鞄を手に取り、椅子から立ち上がった刹那だった。
「一郎くーん!元気ぃ?」
シャッとカーテンが開いて、二本のすらっとした両腕が飛び出した。冬の初めにもかかわらず、服の袖はまだ不要らしい。
その腕が宮田の体に絡みつき、顔が宮田のほおに密着した段階で、声の主と、体の持ち主の情報が一致した。
宮田の頬にキスをして、それからギュッと強く抱きしめて離さない、目の前の人物は・・・蓼丸だ。
突然のことで宮田も奈々も固まっていると、蓼丸はわざとらしく驚いたようなふりをして二人を見てから体を離し、
「あら、先客。どうも、お久しぶりね高杉さん」
「・・・ど、どうも」
「一郎くん、はいこれ。授業のコピー」
「・・・」
蓼丸はカバンから数枚のプリントを出してベッドの上に無造作に置くと、また宮田の体にしなだれかかって、
「今日も会えてよかったぁ、ダーリン」
と言ってチラリと奈々を見た。
奈々は言葉の端々とその態度から、蓼丸と宮田の仲は自分の知らないところまで進展していたのだと悟った。
そう思うと同時に奈々は顔から火が出るような恥ずかしさを覚え、
「おっ・・・お邪魔しましたっ」
と言い残すと、パタパタと病室から駆け出していった。
「走らないでください!」と強めに注意する看護師の声が廊下に響いた。
ーーーーーーーーーーー
病院の玄関を抜けて、最寄りのバス停まで走る。
街灯が点き始め、暗くなりきっていない空にぼんわりとした光が浮かぶ。
息が白く見える寒さ。
もうすぐ冬。
2年前を思い出す、この匂い。
さっさとバスに乗ってしまいたいのに、こう言う時に限って、ちょっと前に行ったばかりだったりする。
時刻表を見ると後15分は来ない。さっさとここから離れてしまいたいのに。
段々と日が沈み、街灯の存在感が増してきた。
俯けば表情は隠れて見えなくなる。
泣いていても、病院の前なら理由の特定は難しいに決まっている。
じわじわと溢れ出てくる涙に、そんな冷静な言い訳を与えながら、奈々はぎゅっと目を瞑った。
『まぁ、縁がなかったんだな』
木村の言葉がぐるぐると頭を回って離れない。
帰りにクレープ屋さんに寄ったり、土日にデートしたり、家でダラダラと一緒に過ごしたり・・なんて、わかりやすい恋愛に飢えていたのは事実。
それを邪魔するボクシングを素直に応援できなかった、それも事実。
自分と相手は合わないんだって、私の欲しいものはこれじゃない、なんて、正当化できる理由ばかり探して、相手がどれだけ自分を支えてくれたのか、相手と過ごす時間がどれだけ楽しかったのかも忘れて。
なんて馬鹿なことをしたんだろう。
なんて愚かだったんだろう。
なんて・・・傲慢だったんだろう。
私が本当に欲しかったのは、『宮田との支え合い』だったんだ。
付き合っている時は支えてもらっていることに気づかず、支えてあげることもできなかった。
だけどこれからは側にいて、心の支えになりたいって、ようやく全てを受け入れて向き合えるようになった、と思ったら・・・・・
その場所にはもうすでに別の人間が座っていたなんて。
“一郎くん”だなんて、名前で呼んで。キスまでして。
宮田はそれを拒みもしなかった。
きっと・・・彼女のことを受け入れたんだろう。
「蓼丸さんなら・・・仕方ない・・・よね・・・」
指の震えが止まらない。
初頭の風にさらされて冷たくなった頬に落ちる涙は、皮膚を焦がすような熱さ。
心まで焼き尽くすような絶望が胸中で渦を巻く。
大好きな人の心の中から、自分がいなくなってしまう・・・
私はこんな気持ちを、あの時、宮田に味わわせたんだ。
ビーッとクラクションを鳴らされ、奈々はそこで初めてバスが到着していることに気がついた。
運転手が「乗らないんですかァ!?」と大声で呼びかけてくれている。
「は・・・はいっ。すみません!」
奈々はバスに飛び乗り、四方八方から小さく向けられる視線に会釈をしながら後部座席についた。
気がついたら外はもう暮れかかっていた。
「あ・・・そ、そろそろ帰らなきゃ」
「そうか。持って行くか?コレ」
「う、ううん。私も買うから・・・」
そういって鞄を手に取り、椅子から立ち上がった刹那だった。
「一郎くーん!元気ぃ?」
シャッとカーテンが開いて、二本のすらっとした両腕が飛び出した。冬の初めにもかかわらず、服の袖はまだ不要らしい。
その腕が宮田の体に絡みつき、顔が宮田のほおに密着した段階で、声の主と、体の持ち主の情報が一致した。
宮田の頬にキスをして、それからギュッと強く抱きしめて離さない、目の前の人物は・・・蓼丸だ。
突然のことで宮田も奈々も固まっていると、蓼丸はわざとらしく驚いたようなふりをして二人を見てから体を離し、
「あら、先客。どうも、お久しぶりね高杉さん」
「・・・ど、どうも」
「一郎くん、はいこれ。授業のコピー」
「・・・」
蓼丸はカバンから数枚のプリントを出してベッドの上に無造作に置くと、また宮田の体にしなだれかかって、
「今日も会えてよかったぁ、ダーリン」
と言ってチラリと奈々を見た。
奈々は言葉の端々とその態度から、蓼丸と宮田の仲は自分の知らないところまで進展していたのだと悟った。
そう思うと同時に奈々は顔から火が出るような恥ずかしさを覚え、
「おっ・・・お邪魔しましたっ」
と言い残すと、パタパタと病室から駆け出していった。
「走らないでください!」と強めに注意する看護師の声が廊下に響いた。
ーーーーーーーーーーー
病院の玄関を抜けて、最寄りのバス停まで走る。
街灯が点き始め、暗くなりきっていない空にぼんわりとした光が浮かぶ。
息が白く見える寒さ。
もうすぐ冬。
2年前を思い出す、この匂い。
さっさとバスに乗ってしまいたいのに、こう言う時に限って、ちょっと前に行ったばかりだったりする。
時刻表を見ると後15分は来ない。さっさとここから離れてしまいたいのに。
段々と日が沈み、街灯の存在感が増してきた。
俯けば表情は隠れて見えなくなる。
泣いていても、病院の前なら理由の特定は難しいに決まっている。
じわじわと溢れ出てくる涙に、そんな冷静な言い訳を与えながら、奈々はぎゅっと目を瞑った。
『まぁ、縁がなかったんだな』
木村の言葉がぐるぐると頭を回って離れない。
帰りにクレープ屋さんに寄ったり、土日にデートしたり、家でダラダラと一緒に過ごしたり・・なんて、わかりやすい恋愛に飢えていたのは事実。
それを邪魔するボクシングを素直に応援できなかった、それも事実。
自分と相手は合わないんだって、私の欲しいものはこれじゃない、なんて、正当化できる理由ばかり探して、相手がどれだけ自分を支えてくれたのか、相手と過ごす時間がどれだけ楽しかったのかも忘れて。
なんて馬鹿なことをしたんだろう。
なんて愚かだったんだろう。
なんて・・・傲慢だったんだろう。
私が本当に欲しかったのは、『宮田との支え合い』だったんだ。
付き合っている時は支えてもらっていることに気づかず、支えてあげることもできなかった。
だけどこれからは側にいて、心の支えになりたいって、ようやく全てを受け入れて向き合えるようになった、と思ったら・・・・・
その場所にはもうすでに別の人間が座っていたなんて。
“一郎くん”だなんて、名前で呼んで。キスまでして。
宮田はそれを拒みもしなかった。
きっと・・・彼女のことを受け入れたんだろう。
「蓼丸さんなら・・・仕方ない・・・よね・・・」
指の震えが止まらない。
初頭の風にさらされて冷たくなった頬に落ちる涙は、皮膚を焦がすような熱さ。
心まで焼き尽くすような絶望が胸中で渦を巻く。
大好きな人の心の中から、自分がいなくなってしまう・・・
私はこんな気持ちを、あの時、宮田に味わわせたんだ。
ビーッとクラクションを鳴らされ、奈々はそこで初めてバスが到着していることに気がついた。
運転手が「乗らないんですかァ!?」と大声で呼びかけてくれている。
「は・・・はいっ。すみません!」
奈々はバスに飛び乗り、四方八方から小さく向けられる視線に会釈をしながら後部座席についた。