41.心から
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宮田の3月の試合が終わって、春休み。
何となく暇を持て余した奈々はフラりと木村の家へ遊びに来た。
もちろん目的は漫画を読むことである。
部屋の主である木村は仕事中であるが、部屋主のいない空間に上がり込んでもお構いなしな仲。
一応前もって断りを入れておいたせいか、見られてはマズい雑誌等は隠してくれているようだ。
奈々は本棚に入っているいくつかの漫画を取り出して拾い読みした後、読破するには思ったより時間がかかりそうだということで、持参してきた紙袋に入れてまとめて持ち帰ることにした。
そこでふと目にしたのが、ボクシング雑誌の数々。
「そう言えば今まで・・・読んだことなかったな」
木村が昔、自分の名前が出たとハシャぎながら雑誌を見せてくれたことがある。
鷹村の紹介の傍で、青木と共に、見切れた写真と名前だけが載っているものであったが、親戚に有名人が出たかのような興奮で目を通したのを覚えている。あれ以来、木村の記事はこれっぽっちも掲載されていないわけだが・・・・
「宮田とかって、出てるのかな・・・」
何となく魔がさしてページをめくる。
適当に取り出したのに、探し当てたかのように、宮田のデビュー戦について書かれた記事が載った月のものだった。
鮮烈デビューなんて書いてあって、相手をKOした瞬間の勇姿が掲載されていた。
“ジュニア大会では敵無しと言われていた天才少年・宮田一郎(川原)がついにプロデビューを果たした。OPBF元ライト級チャンピオンの父を持つ彼は持ち前の動体視力とバネを生かし、鋭いカウンターを・・・”
「なんかすごい色々書かれてるなぁ」
付き合っていた頃は、宮田のボクシングについては複雑な思いを抱えていたせいもあり、雑誌を読む気には到底なれなかった。
また宮田自身も、自分が雑誌に載っていることを嬉々として公言するタイプでなかったのもあり、こんなふうに大々的に取り上げられていたことは全く知らなかったので、自分の記憶の中の宮田とのギャップに若干の戸惑いもある。
木村がいないことをいいことに次々と雑誌を開いて宮田の記事を探してみると、毎月とは言わないまでもちょくちょく、宮田の名前や写真が載っていたことを知った。
宮田の口から自分には語られることのなかった、ボクシングにかける思いやトレーニングのこと、試合についての意気込みなど、宮田らしいクールで客観的な口調ながらも、確かな取材力に支えられた読み応えのある記事もあった。思わず夢中になって読み込む。
宮田は・・・こんな思いでボクシングと向き合っていたんだ・・・・
物理的、心理的にも距離をおいて離れた今になって、やっと冷静に宮田とボクシングのことを見ることができた。雑誌を見ても、不思議と前みたいな嫉妬心が湧いてくることはない。
“別れた”という事実はこんなにも目線を変えてくれるんだな・・・
なんて自分のことなのにまるで他人のことのように冷静に分析することも、どうやらできるようになったらしい。
パタンと雑誌を閉じて、それから他に取り出しっぱなしだった雑誌を丁寧に本棚に戻していく。
知らない外国の英雄が表紙を飾ってばかり。
いつかは鷹村さんや宮田が表紙を飾る時が来るのかな、なんて思ったら心の中に小さな炎がついたような気がした。
「・・・・・がんばれ、宮田」
別れた時に、宮田に言った言葉。
“これでやっと素直に、ボクシングの応援ができそう”
嘘じゃなかった。
本当に心からそう思えた。
心につっかえていた後ろめたさみたいなものが、少しだけ溶けた気がした。