木村が奈々のことを放っておけないのは百も承知。

木村が寂しそうなものや可哀想なもの、悲しい物を見て見ぬ振りができない性分だなんて、百も承知。

そんな奈々は木村を好きになり。
そしてその性質だけはよく似ている自分を好きになったのかもしれない、と宮田は思っていた。





腹の底でグツグツと煮えたぎる嫉妬。

アイツが選んだのはオレではなく、オレの中にある“木村に似た部分”だったのか・・・。
そんなふうに考えれば考えるほど竈門の蓋が上下を繰り返し、中身が吹きこぼれそうになる。





結局アイツはただ、木村の代わりが欲しかっただけじゃないか？




口に出すのもいやな言葉が頭の中を流れていく。
そんなはずはない。そんな柔なものではない。
そんな脆くて不確かな絆ではなかったはず。




そう思っているのは自分だけじゃないか？
アイツが影でどれだけ我慢していたか知っているだろ？
ボクシングや生活のことで頭がいっぱいだったとは言え、何も言わぬ相手に甘えていたのは事実だろ？
お前はアイツのことを考えているフリをしていただけだろ？
そのくせ一丁前に嫉妬だけはしやがって、一体・・・



「やめろ！」



思考を遮るように声を荒げた宮田は拳を壁に打ち付けようとしたが、寸前で思いとどまった。


拳は大事な商売道具。
理性が意識する前に、反射的に体がそれを守ろうとしたらしい。
何をするにもやはりボクシングが最優先。
こんな時でさえ、本能が求めているのはボクシングなのだと痛感する。



答えは前から見えていた。
もっと他の道があるはずだと、ずっと直視しないでいた答えが。


“最適な道のり”なんてただの理論上で導き出された答え、そんな血の通ってないものに大切なものを奪われてたまるか。


同情？かわいそう？
そんな感情だけで、ここまで相手を想ったりしない。
相手が好きで、大切だと思うことに偽りはない。


それがなぜ悪い？それの何が足りない？



『好きなだけじゃダメなのか？』




宮田は壁にもたれていた背をずるずると下げて床に座り込み、片手で頭を抱えた。
かすかに滲んだ水滴は、掌だけが知っている。