後編
はるかとみちるが別れるところをネプチューンは少し離れた木陰から覗いていた。そして少しずつ自身の記憶を思い出していたネプチューンは今日がその日だと確信する。
上機嫌にリハーサル会場近くにある森林公園を散策するはるかを見守りながらネプチューンは周囲を警戒していた。
はるか以外にも公園には人がいたが平日の午前中ということもありその数はまばらだった。奥まで進むと人の気配はなくなりはるかは1人森林の空気と風を感じていた。
「……たまには山もいいかもな」
今度みちると山に出かけようか、でもやっぱり彼女は海を愛しているから海辺がいいだろうか、そんなことを考えながらはるかはさらに奥へと足を進める。
風に導かれるまま奥へ奥へと進んでいたはるかは陽が木に遮られ少し薄暗くなっていることに気付く。
奥に来すぎたな、と来た道を戻ろうと振り返ったその時。はるかの目の前に大きな音と衝撃を伴って何かが現れた。
「くっ……! なんだ!?」
反射的に戦闘態勢を取ったはるかは目を凝らして未だにもうもうと立ち込める煙を見つめる。
一瞬、風が止まる。はるかがそう感じた瞬間、煙の中から何かが音速に等しい速さで飛び出してきた。かろうじて目で追うことは出来たが生身の状態で避けることは出来ないとはるかは悟り出来るだけダメージを最小限にしようと無意識に身体を丸める。
「はるか!」
はるかに煙から飛び出してきた物体が当たる直前、その身体は誰かに抱えられ横へと飛んだ。
あまりの勢いにはるかと横から飛び込んできた人影は縺れ合いながら数メートル転がる。しかしすぐに2人は上体を起こして周囲の状況を確認した。そしてはるかは視界に映る見慣れた翠色に驚き目を見開いた。
「み、みちる!?」
「早くここから逃げて!」
みちる、もといネプチューンははるかを一瞥することもなく強く言い放つと既に駆け出していた。背後からおい! と呼ぶ声を無視してネプチューンはただ必死にはるかと敵をどうやって引き離すかということだけを考えていた。
「ディープ・サブマージ!」
「っ!!」
ネプチューンの放った攻撃は敵に直撃し、はるかとは反対方向へと飛んでいく。このまま引き離そうと考えたネプチューンは威力の弱い攻撃を繰り返す。
倒すのではなくまずこの場から引き離す。はるかと戦わせてはいけない。ネプチューンはそれだけを考えていた。
そしてネプチューンの狙い通り攻撃を躱すために敵は反対方向へと逃げていく。
ネプチューンと黒いフードを被った敵は少し開けた場所まで来ると正面から向かい合った。
どうやって倒すか、そもそも倒すよりも先にウラヌスが倒れた原因は何なのか、本当に目の前の相手が関わっているのか、ネプチューンは頭の中で色々なことを考える。
「お前は……セーラーウラヌスと共にいた者か」
敵がネプチューンに問いかけた。その一言でやはり敵の狙いがウラヌスであることを悟ったネプチューンは腰を落として戦闘態勢に入る。
「セーラーウラヌスはどこだ。我はヤツに用がある」
「あの人には手を出させないわ」
「そうか、ならば仕方あるまい。自力で探すまでよ」
敵は最初から期待していなかったのか素っ気なく呟くと踵を返してこの場を去ろうとする。ネプチューンはようやく見つけた手がかりをみすみす逃すわけにはいかないと敵の行く手を阻んだ。
「行かせないわ!」
「……なんだ。お前に興味はない。邪魔をするなら消すぞ」
「それでも、あなたを行かせるわけにはいかないのよ……!」
先程までは無と言っていいほど敵からは何も感じなかったネプチューンだが行く手を阻むことで向けられた敵意と殺意に一瞬たじろぐ。
30世紀でも簡単に背後を取られた相手。油断をしていたわけではないがやはり自分1人では勝てないかもしれないと冷たい汗がネプチューンの背中を流れる。
敵が剣を構える。ネプチューンも重心を低くしていつでも動ける体勢を取った。相手が間合いを詰めようと動いた瞬間を見逃さないようネプチューンの視線は敵の足に向いていた。
しかし敵はその場から動くことなく、剣を振るった。その行動は不可思議なものだったがネプチューンは理解した。いつもそばで見ている攻撃と似通っていたからだ。
『しまった……!』
飛んでくるのは斬撃。どうして剣を持っている相手の攻撃パターンの中に飛ぶ斬撃がなかったのか。否、ネプチューンの頭の中にはあったがそれはその人物だけのものだと思ってしまったからだった。
予想外の動き、攻撃にネプチューンの身体は固まってしまい避けることは叶わない。その時、ネプチューンの背後から力強い声が響いた。
「スペースソード・ブラスター!」
敵の斬撃はネプチューンに届く前に別の斬撃によって相殺される。ネプチューンが振り返るよりも早く風のように現れたその人はネプチューンと敵の間に降り立った。
「はるか!」
「セーラーウラヌスか!!」
ネプチューンと敵は同時に声を上げる。ネプチューンは悲痛の、敵は歓喜の声ではるかの、ウラヌスの名を叫ぶ。
「どうして、早く逃げてって言ったじゃない!」
「おいおい、僕が素直にそんな言葉聞き入れると思ってるのかい?」
「思ってないわよ! ないけど……!」
思ってなかったのか……と苦笑いを浮かべるはるかにネプチューンは複雑な気持ちを抱く。はるかと敵を戦わせたくない、けれど今この場で敵を倒せるとしたらはるかしかいない。
とにかく敵の力を削がなければウラヌスを助ける手がかりも掴めないのだ。迷っているネプチューンを尻目にはるかは敵を正面に見据える。
「太陽系セーラー戦士最強と言われるセーラーウラヌス。会えて光栄だ。我はお前を探していた」
「……誰だ、お前は」
「我はコミティス。強き者を求める未来の銀河の支配者よ」
「未来の銀河の支配者だと? ふざけたことを言う奴だな」
「ふざけてなどいない。今日お前に会いに来たのも、そのための一歩よ!」
コミティスは被っていたフードをマントごと放り投げると狂気的な笑みを浮かべながらはるかに突進してきた。はるかは咄嗟にネプチューンを横へ突き飛ばし自分はスペースソードでコミティスの攻撃を受け止める。
「ははは! これを受け止めたのはお前が初めてだよ!!」
「くっ! 戦闘狂か!?」
連続で攻撃をしてくるコミティスの剣をはるかは躱したりいなすことで防ぐ。そして一瞬の隙を見つけるとそこから反撃をしていく。
とんでもない速さで繰り広げられる2人の攻防。お互いに少しでも油断をすれば即死だと理解していた。はるかは攻撃をしたことで体勢を少し崩したコミティスの脇腹に蹴りをいれる。まともに蹴りを食らったコミティスはそのまま吹き飛ばされた。
「ウラヌス……!」
「ネプチューン、下がってろ」
ウラヌスを救うために来たのに過去のウラヌスに守られている。ネプチューンは少しでもはるかの力になれないかと悔しい気持ちを抑えながら必死に周囲の状況を分析しながら脳をフル回転させた。
「いいぞ……いいぞ! セーラーウラヌス! 想像以上の強さだ!」
「あいつ、本当に支配者になるつもりなのか……?」
吐血しながら楽しそうに叫ぶコミティスの姿はまさに戦うことを楽しむ獣そのものだった。はるかはそんな奴が支配者になると言っていることに顔を顰める。これまで銀水晶を求めた敵も銀河を支配しようとした敵ももう少し理性的だったと。
お互い全身に切り傷や打撲を負っているがほとんど軽傷だった。ただ体力やエナジーが底をつきかけている。全てのエナジーを集めて最後の一撃をぶつけるしかない。
2人は同時にその結論にいたりお互い構える。
「スペースソード・ブラスター!!」
一瞬早く攻撃を繰り出したのははるかだった。勝てる、そう思ったはるかだったが表情を変えないコミティスに罠だと悟る。
はるかが攻撃を放ち隙だらけになった所へコミティスが攻撃を繰り出す。
「アエーマ・エクリクシス!」
「サブマリン・リフレクション!」
しかしはるかにコミティスの放った攻撃が当たる直前、そこに割り込んだネプチューンがミラーの力を使って跳ね返す。はるかの攻撃を避けたコミティスは体勢を崩しているため跳ね返ってきた自身の技を避けることは出来なかった。
「ぐああっ!」
「ワールド・シェイキング!」
すかさずはるかは追撃をする。威力が弱まっているとはいえまともにはるかの攻撃を食らったコミティスはボロボロの身体を地面に横たえた。
ピクリとも動かないコミティスを確認するとネプチューンは振り返ってはるかに駆け寄る。
「はる、」
「ネプチューン!!」
はるかの名前を言い終えないうちにネプチューンは抱きかかえられて倒れ込む。視界は一瞬ではるかに覆われ、耳には唸り声が響く。
背中から倒れ込んだネプチューンだがはるかに庇われていたため特にダメージを受けることはなかった。すぐに上体を起こしてはるかの肩を揺する。
「はるか! はるか!」
「ぐっ、う……!」
胸を押えて苦しむはるかにネプチューンは嫌な予感を抱きながら仰向けにする。はるかの胸、心臓の上あたりに黒い種のようなものがあった。さらにそれは中へと入ろうとしていた。
「こ、れ」
「それはヴリコラカスリゾーマ。お前たちの言葉に直せば吸血根、と言ったところか」
ネプチューンが声の聞こえた方を振り返るとコミティスと同じマントを羽織った男が立っていた。ネプチューンははるかをゆっくりと地面に横たえると立ち上がって戦闘態勢に入る。
「無理に取り出すのはオススメしない。下手をすればすぐに死に至るぞ」
「ご丁寧にどうもありがとう。わざわざ敵に情報を与えてよかったのかしら」
「与えたところでどうにもならん。それは宿主の力を少しずつ奪い、最終的に死に至らしめるまで取り除けないのだからな」
ネプチューンは男の説明にやはりこれがウラヌスを苦しめる原因だと知った。男は倒れ伏すコミティスに手を添えると何かを胸に抱えて立ち上がる。
「これの取り除き方を教えてもらうまで逃がさないわ」
「君に私を止めることは出来ないよ。それにそれは未知の物体だ。取り除く方法があったとしても私は知らない」
「っ!」
ネプチューンは険しい顔を浮かべるとミラーを掲げて技を放つ。男は大きく後ろに飛び退いてそれを避けた。
「セーラーネプチューン、と言ったか。私はスクーパ。次に会う時は私も遠慮なく戦わせてもらう」
さらばだ、と言うとスクーパは姿を消した。ネプチューンは敵を逃がしてしまったこと、そしてはるかを守れなかったことに呆然と立ち尽くす。
「ね、ぷちゅ、……ん」
「はる、か」
苦しみながらもはるかはネプチューンに視線を向ける。指を動かすだけでも辛いだろうに身体を起こそうとするはるかにネプチューンは慌てて駆け寄った。
「どうして、あなたは、無茶ばっかり……私、あなたの知ってるみちるじゃないのよ……?」
ネプチューンは涙を浮かべながらはるかに伝える。はるかの知るみちるはこの時代のみちるで、自分は未来のみちるなのだと。今はるかが大切に思い守りたいと思っているみちるではないのだと。
それなのにどうして、身体を張って守ろうとするのだと。
こぼれ落ちそうになる涙を耐えながらネプチューンははるかの手を握る。
「みちるも、言ってたけどさ」
「?」
「今のみちるだって、未来のみちるだって、みちるはみちる、だろう? 君は、浮気性だって言うのかもしれない、けど。でも僕にとって今も未来も過去も、どのみちるだって大切なんだ」
「はるか……」
「君だって、きっと心の奥底ではそう思ってるんじゃ、ないか?」
だってそうじゃなきゃ、今の僕を見て悲しんだりしないんじゃない? なんて笑うはるかにネプチューンは涙を耐えきれなくなった。静かに涙を流すネプチューンに微笑みながらはるかはそっとその流れ落ちる雫を指で拭った。
はるかの指で拭いきれなかった涙がはるかの胸に落ちる。その瞬間、きぃぃぃ、と小さな鋭い断末魔が聞こえた。
「えっ」
見ればはるかの中に入っていこうとする種が萎んでいた。侵入しようとする動きも止まり、逆に外側に出るような動きをしている。
驚きに固まった2人はただただそれを見つめる。その間も止まらないネプチューンの涙が種に降りかかり萎んでいく。そして最終的にはるかの胸から種は完全に取り除かれた。
「う、そ」
「ははっ、たすけられ、たな」
笑うはるかに正気を取り戻したネプチューンは笑い事じゃない! と怒る。しかしそれよりもどうして種が取り除かれたのかと言うことの方がネプチューンは気になった。
「ネプチューンの、熱い気持ちがそう、させたんじゃない?」
「あのね……」
今の今まで苦しんでいた本人があっけらかんとそんな事を言うものだからネプチューンは呆れて言葉を続けようとするがあまりに優しい目で見つめるはるかにネプチューンは言葉を詰まらせた。
「いつだって僕は君の想いに助けられるんだ。大丈夫、未来の僕も君が必ず救えるよ」
「……わかっ、てたの?」
「いつの僕だって無茶して君に心配かけるだろうって確信があるだけさ。悪いと思ってるけど、なかなか治せないんだ……さ、早く未来の僕のもとに戻ってあげてよ。知ってるだろ? 僕は寂しがりなんだ」
あとは僕の知ってるみちるが何とかしてくれるからさ、なんて無責任なことを宣うはるかの額を軽く小突いてネプチューンは微笑む。
軽く触れるだけのキスをするとネプチューンは立ち上がってプルートから預かった時空の扉の鍵を掲げる。
「愛してるわ、ウラヌス」
「僕もさ、みちる」
お互いに微笑み合うと同時にネプチューンは姿を消し、そしてネプチューンに変身したこの時代のみちるが横たわるはるかの元へ駆け付けた。
上機嫌にリハーサル会場近くにある森林公園を散策するはるかを見守りながらネプチューンは周囲を警戒していた。
はるか以外にも公園には人がいたが平日の午前中ということもありその数はまばらだった。奥まで進むと人の気配はなくなりはるかは1人森林の空気と風を感じていた。
「……たまには山もいいかもな」
今度みちると山に出かけようか、でもやっぱり彼女は海を愛しているから海辺がいいだろうか、そんなことを考えながらはるかはさらに奥へと足を進める。
風に導かれるまま奥へ奥へと進んでいたはるかは陽が木に遮られ少し薄暗くなっていることに気付く。
奥に来すぎたな、と来た道を戻ろうと振り返ったその時。はるかの目の前に大きな音と衝撃を伴って何かが現れた。
「くっ……! なんだ!?」
反射的に戦闘態勢を取ったはるかは目を凝らして未だにもうもうと立ち込める煙を見つめる。
一瞬、風が止まる。はるかがそう感じた瞬間、煙の中から何かが音速に等しい速さで飛び出してきた。かろうじて目で追うことは出来たが生身の状態で避けることは出来ないとはるかは悟り出来るだけダメージを最小限にしようと無意識に身体を丸める。
「はるか!」
はるかに煙から飛び出してきた物体が当たる直前、その身体は誰かに抱えられ横へと飛んだ。
あまりの勢いにはるかと横から飛び込んできた人影は縺れ合いながら数メートル転がる。しかしすぐに2人は上体を起こして周囲の状況を確認した。そしてはるかは視界に映る見慣れた翠色に驚き目を見開いた。
「み、みちる!?」
「早くここから逃げて!」
みちる、もといネプチューンははるかを一瞥することもなく強く言い放つと既に駆け出していた。背後からおい! と呼ぶ声を無視してネプチューンはただ必死にはるかと敵をどうやって引き離すかということだけを考えていた。
「ディープ・サブマージ!」
「っ!!」
ネプチューンの放った攻撃は敵に直撃し、はるかとは反対方向へと飛んでいく。このまま引き離そうと考えたネプチューンは威力の弱い攻撃を繰り返す。
倒すのではなくまずこの場から引き離す。はるかと戦わせてはいけない。ネプチューンはそれだけを考えていた。
そしてネプチューンの狙い通り攻撃を躱すために敵は反対方向へと逃げていく。
ネプチューンと黒いフードを被った敵は少し開けた場所まで来ると正面から向かい合った。
どうやって倒すか、そもそも倒すよりも先にウラヌスが倒れた原因は何なのか、本当に目の前の相手が関わっているのか、ネプチューンは頭の中で色々なことを考える。
「お前は……セーラーウラヌスと共にいた者か」
敵がネプチューンに問いかけた。その一言でやはり敵の狙いがウラヌスであることを悟ったネプチューンは腰を落として戦闘態勢に入る。
「セーラーウラヌスはどこだ。我はヤツに用がある」
「あの人には手を出させないわ」
「そうか、ならば仕方あるまい。自力で探すまでよ」
敵は最初から期待していなかったのか素っ気なく呟くと踵を返してこの場を去ろうとする。ネプチューンはようやく見つけた手がかりをみすみす逃すわけにはいかないと敵の行く手を阻んだ。
「行かせないわ!」
「……なんだ。お前に興味はない。邪魔をするなら消すぞ」
「それでも、あなたを行かせるわけにはいかないのよ……!」
先程までは無と言っていいほど敵からは何も感じなかったネプチューンだが行く手を阻むことで向けられた敵意と殺意に一瞬たじろぐ。
30世紀でも簡単に背後を取られた相手。油断をしていたわけではないがやはり自分1人では勝てないかもしれないと冷たい汗がネプチューンの背中を流れる。
敵が剣を構える。ネプチューンも重心を低くしていつでも動ける体勢を取った。相手が間合いを詰めようと動いた瞬間を見逃さないようネプチューンの視線は敵の足に向いていた。
しかし敵はその場から動くことなく、剣を振るった。その行動は不可思議なものだったがネプチューンは理解した。いつもそばで見ている攻撃と似通っていたからだ。
『しまった……!』
飛んでくるのは斬撃。どうして剣を持っている相手の攻撃パターンの中に飛ぶ斬撃がなかったのか。否、ネプチューンの頭の中にはあったがそれはその人物だけのものだと思ってしまったからだった。
予想外の動き、攻撃にネプチューンの身体は固まってしまい避けることは叶わない。その時、ネプチューンの背後から力強い声が響いた。
「スペースソード・ブラスター!」
敵の斬撃はネプチューンに届く前に別の斬撃によって相殺される。ネプチューンが振り返るよりも早く風のように現れたその人はネプチューンと敵の間に降り立った。
「はるか!」
「セーラーウラヌスか!!」
ネプチューンと敵は同時に声を上げる。ネプチューンは悲痛の、敵は歓喜の声ではるかの、ウラヌスの名を叫ぶ。
「どうして、早く逃げてって言ったじゃない!」
「おいおい、僕が素直にそんな言葉聞き入れると思ってるのかい?」
「思ってないわよ! ないけど……!」
思ってなかったのか……と苦笑いを浮かべるはるかにネプチューンは複雑な気持ちを抱く。はるかと敵を戦わせたくない、けれど今この場で敵を倒せるとしたらはるかしかいない。
とにかく敵の力を削がなければウラヌスを助ける手がかりも掴めないのだ。迷っているネプチューンを尻目にはるかは敵を正面に見据える。
「太陽系セーラー戦士最強と言われるセーラーウラヌス。会えて光栄だ。我はお前を探していた」
「……誰だ、お前は」
「我はコミティス。強き者を求める未来の銀河の支配者よ」
「未来の銀河の支配者だと? ふざけたことを言う奴だな」
「ふざけてなどいない。今日お前に会いに来たのも、そのための一歩よ!」
コミティスは被っていたフードをマントごと放り投げると狂気的な笑みを浮かべながらはるかに突進してきた。はるかは咄嗟にネプチューンを横へ突き飛ばし自分はスペースソードでコミティスの攻撃を受け止める。
「ははは! これを受け止めたのはお前が初めてだよ!!」
「くっ! 戦闘狂か!?」
連続で攻撃をしてくるコミティスの剣をはるかは躱したりいなすことで防ぐ。そして一瞬の隙を見つけるとそこから反撃をしていく。
とんでもない速さで繰り広げられる2人の攻防。お互いに少しでも油断をすれば即死だと理解していた。はるかは攻撃をしたことで体勢を少し崩したコミティスの脇腹に蹴りをいれる。まともに蹴りを食らったコミティスはそのまま吹き飛ばされた。
「ウラヌス……!」
「ネプチューン、下がってろ」
ウラヌスを救うために来たのに過去のウラヌスに守られている。ネプチューンは少しでもはるかの力になれないかと悔しい気持ちを抑えながら必死に周囲の状況を分析しながら脳をフル回転させた。
「いいぞ……いいぞ! セーラーウラヌス! 想像以上の強さだ!」
「あいつ、本当に支配者になるつもりなのか……?」
吐血しながら楽しそうに叫ぶコミティスの姿はまさに戦うことを楽しむ獣そのものだった。はるかはそんな奴が支配者になると言っていることに顔を顰める。これまで銀水晶を求めた敵も銀河を支配しようとした敵ももう少し理性的だったと。
お互い全身に切り傷や打撲を負っているがほとんど軽傷だった。ただ体力やエナジーが底をつきかけている。全てのエナジーを集めて最後の一撃をぶつけるしかない。
2人は同時にその結論にいたりお互い構える。
「スペースソード・ブラスター!!」
一瞬早く攻撃を繰り出したのははるかだった。勝てる、そう思ったはるかだったが表情を変えないコミティスに罠だと悟る。
はるかが攻撃を放ち隙だらけになった所へコミティスが攻撃を繰り出す。
「アエーマ・エクリクシス!」
「サブマリン・リフレクション!」
しかしはるかにコミティスの放った攻撃が当たる直前、そこに割り込んだネプチューンがミラーの力を使って跳ね返す。はるかの攻撃を避けたコミティスは体勢を崩しているため跳ね返ってきた自身の技を避けることは出来なかった。
「ぐああっ!」
「ワールド・シェイキング!」
すかさずはるかは追撃をする。威力が弱まっているとはいえまともにはるかの攻撃を食らったコミティスはボロボロの身体を地面に横たえた。
ピクリとも動かないコミティスを確認するとネプチューンは振り返ってはるかに駆け寄る。
「はる、」
「ネプチューン!!」
はるかの名前を言い終えないうちにネプチューンは抱きかかえられて倒れ込む。視界は一瞬ではるかに覆われ、耳には唸り声が響く。
背中から倒れ込んだネプチューンだがはるかに庇われていたため特にダメージを受けることはなかった。すぐに上体を起こしてはるかの肩を揺する。
「はるか! はるか!」
「ぐっ、う……!」
胸を押えて苦しむはるかにネプチューンは嫌な予感を抱きながら仰向けにする。はるかの胸、心臓の上あたりに黒い種のようなものがあった。さらにそれは中へと入ろうとしていた。
「こ、れ」
「それはヴリコラカスリゾーマ。お前たちの言葉に直せば吸血根、と言ったところか」
ネプチューンが声の聞こえた方を振り返るとコミティスと同じマントを羽織った男が立っていた。ネプチューンははるかをゆっくりと地面に横たえると立ち上がって戦闘態勢に入る。
「無理に取り出すのはオススメしない。下手をすればすぐに死に至るぞ」
「ご丁寧にどうもありがとう。わざわざ敵に情報を与えてよかったのかしら」
「与えたところでどうにもならん。それは宿主の力を少しずつ奪い、最終的に死に至らしめるまで取り除けないのだからな」
ネプチューンは男の説明にやはりこれがウラヌスを苦しめる原因だと知った。男は倒れ伏すコミティスに手を添えると何かを胸に抱えて立ち上がる。
「これの取り除き方を教えてもらうまで逃がさないわ」
「君に私を止めることは出来ないよ。それにそれは未知の物体だ。取り除く方法があったとしても私は知らない」
「っ!」
ネプチューンは険しい顔を浮かべるとミラーを掲げて技を放つ。男は大きく後ろに飛び退いてそれを避けた。
「セーラーネプチューン、と言ったか。私はスクーパ。次に会う時は私も遠慮なく戦わせてもらう」
さらばだ、と言うとスクーパは姿を消した。ネプチューンは敵を逃がしてしまったこと、そしてはるかを守れなかったことに呆然と立ち尽くす。
「ね、ぷちゅ、……ん」
「はる、か」
苦しみながらもはるかはネプチューンに視線を向ける。指を動かすだけでも辛いだろうに身体を起こそうとするはるかにネプチューンは慌てて駆け寄った。
「どうして、あなたは、無茶ばっかり……私、あなたの知ってるみちるじゃないのよ……?」
ネプチューンは涙を浮かべながらはるかに伝える。はるかの知るみちるはこの時代のみちるで、自分は未来のみちるなのだと。今はるかが大切に思い守りたいと思っているみちるではないのだと。
それなのにどうして、身体を張って守ろうとするのだと。
こぼれ落ちそうになる涙を耐えながらネプチューンははるかの手を握る。
「みちるも、言ってたけどさ」
「?」
「今のみちるだって、未来のみちるだって、みちるはみちる、だろう? 君は、浮気性だって言うのかもしれない、けど。でも僕にとって今も未来も過去も、どのみちるだって大切なんだ」
「はるか……」
「君だって、きっと心の奥底ではそう思ってるんじゃ、ないか?」
だってそうじゃなきゃ、今の僕を見て悲しんだりしないんじゃない? なんて笑うはるかにネプチューンは涙を耐えきれなくなった。静かに涙を流すネプチューンに微笑みながらはるかはそっとその流れ落ちる雫を指で拭った。
はるかの指で拭いきれなかった涙がはるかの胸に落ちる。その瞬間、きぃぃぃ、と小さな鋭い断末魔が聞こえた。
「えっ」
見ればはるかの中に入っていこうとする種が萎んでいた。侵入しようとする動きも止まり、逆に外側に出るような動きをしている。
驚きに固まった2人はただただそれを見つめる。その間も止まらないネプチューンの涙が種に降りかかり萎んでいく。そして最終的にはるかの胸から種は完全に取り除かれた。
「う、そ」
「ははっ、たすけられ、たな」
笑うはるかに正気を取り戻したネプチューンは笑い事じゃない! と怒る。しかしそれよりもどうして種が取り除かれたのかと言うことの方がネプチューンは気になった。
「ネプチューンの、熱い気持ちがそう、させたんじゃない?」
「あのね……」
今の今まで苦しんでいた本人があっけらかんとそんな事を言うものだからネプチューンは呆れて言葉を続けようとするがあまりに優しい目で見つめるはるかにネプチューンは言葉を詰まらせた。
「いつだって僕は君の想いに助けられるんだ。大丈夫、未来の僕も君が必ず救えるよ」
「……わかっ、てたの?」
「いつの僕だって無茶して君に心配かけるだろうって確信があるだけさ。悪いと思ってるけど、なかなか治せないんだ……さ、早く未来の僕のもとに戻ってあげてよ。知ってるだろ? 僕は寂しがりなんだ」
あとは僕の知ってるみちるが何とかしてくれるからさ、なんて無責任なことを宣うはるかの額を軽く小突いてネプチューンは微笑む。
軽く触れるだけのキスをするとネプチューンは立ち上がってプルートから預かった時空の扉の鍵を掲げる。
「愛してるわ、ウラヌス」
「僕もさ、みちる」
お互いに微笑み合うと同時にネプチューンは姿を消し、そしてネプチューンに変身したこの時代のみちるが横たわるはるかの元へ駆け付けた。