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中編

 20世紀に来て2日目。ネプチューンは今日もはるかを離れたところから見守っていた。いつ、どこではるかが敵と遭遇するか分からない以上こっそりと後をつけるしかないためである。
 サーキットを駆けるはるかに、ネプチューンは目を細めた。30世紀では見ることの出来ない、もう見られないと思っていた姿を見ることが出来て不謹慎ながらもネプチューンの心は踊っていた。
 少しの後、ネプチューンは軽く頭を振る。懐かしくても今はそんなことを考えている場合ではないのだと、同じはるかでも自分にとってのはるかは30世紀で共に生きるウラヌスで、そのウラヌスを救うために今自分はここにいるのだと言い聞かせる。

『ネプ……ーン……ネプチューン……』
「プルート?」

 気を取り直したネプチューンは真剣な眼差しで前を向く。すると、目の前にぼんやりとプルートの姿が浮かび上がった。
 自身を呼ぶプルートにネプチューンが応えるとプルートは少し微笑んだ。

『ああ、良かった。繋がりましたね』
「プルート、どうかしたの?」
『ええ、実はネプチューンがそちらへ行ってからウラヌスの体に起きていた事が少し判明しまして』

 ネプチューンはプルートから自身が20世紀へと飛んだ後、クイーンとキングの力により容態が緩和され、そしてマーキュリーによりウラヌスの心臓に種が植え付けられている事が分かったと報告を受けていた。
 その種がウラヌスを苦しめている可能性が高く、どのような作用を起こしているのかこれからまた詳しく調べるが出来れば種を植え付けられないよう動いて欲しい、との事だった。

「分かったわ。けれど、それだと未来を変えてしまうことになるわよね? 大丈夫なの?」

 ネプチューンは出発時、プルートから告げられた注意点の中に未来を変えるような行動はしないこと、と言われていた。しかし今の話だと未来を変えてしまうことになる。
 もちろん、ウラヌスが苦しまなくて済むならネプチューンは未来を変えてしまうことに何の躊躇いも無いが一応確認をする。

『まあ、言ってしまえばウラヌス1人だけにしか起こらない変化ですからね。それがウラヌスの命を奪ってしまうならば変えてはならない未来ですが、今回はその逆ですからむしろ積極的に変えていきたいのです』

 小さな未来の変化は常に起きているものですよ、というプルートの言葉にネプチューンは安心した。
 しかしプルートの表情は晴れず、ネプチューンは首を傾げる。そんなネプチューンにプルートは再び口を開いた。

『いえ、未来を変えていきたいと言いましたが、それは簡単なことでは無いのです。高確率ではるかの心臓には種が植え付けられる事になると思いますから、無理はしないでください』

 まずは種を取り除く方法を見つけることを優先として可能であれば阻止するように、と言われたネプチューンは頷いた。

『そういえば、そちらに着いてから誰にも見つかってはいませんか?』
「えっと、ね……」
『……見つかってしまったのですね』
「ごめんなさい。着いた時に、はるかに見られてしまって」

 よりによってはるかですか……と頭を抱えるプルートにネプチューンは苦笑いを浮かべてごめんなさい、と再び謝った。

「でも、せつなやみちるじゃなくて良かったわ。絶対に誤魔化せなかったもの。……みちるに至っては、どうやら私のことを感知しているみたいだしね」

 ネプチューンはこのまま過去の自分に見つからないまま帰れる自信がないわ、と呟く。プルートも苦笑いを浮かべるとそうですね、と同意した。
 とにかく上手くやってください、という言葉を最後にプルートとの通信は途切れる。ネプチューンは前を見据えるとウラヌスを救うために何がなんでもはるかを守ると決意した。

    ◇◇◇

「おかえりなさい」
「ただいま」

 みちるは帰ってきたはるかを笑顔で出迎える。はるかも笑顔でみちるを抱きしめるとそのまま頬にキスをした。
 みちるは擽ったそうに身を捩ると手洗いとうがいをしてらっしゃい、とはるかを洗面所へ送り出す。その背中を見送りながらみちるは片眉をあげて考え込んでいた。
 しばらくしてリビングにやってきたはるかにみちるはコーヒーを差し出しながら今日何か変わったことはなかったか、と問う。はるかは意図の分からない質問に特に、ないけど? と答えた。

「そう」
「……なんか、あった?」

 もしかして自分が気付かないうちにみちるの機嫌を損ねるようなことをしたのでは、と不安に思ったはるかは探ろうとするがみちるは何でもないの、と柔らかく微笑んだ。
 その様子に本当に怒っていたり機嫌が悪いわけではないことを察したはるかはホッとしてそっか、と呟いた。
 夜、昨夜と同じように眠るはるかを確認するとみちるは体を起こしてミラーを手に取った。
 敵を察知したり、未来を予知できるミラーを覗くがそこには何も映らない。みちるはその事に眉を顰める。
 みちるははるかが帰ってきた時、微かにネプチューンのエナジーがはるかを守るように包み込んでいるのを感じていた。それは確かにみちると同じエナジーであったがみちるにははるかを包み込むようにエナジーを放出した覚えがなかった。
 それはつまり未来のネプチューンが施したということで、すぐに帰ると言ったネプチューンがまだこの時代にいるということを示していた。
 そもそも、未来の自分が休暇として過去にやってくるなんて有り得ないとみちるは思っていた。過去や未来よりも自分は今、この瞬間にはるかと共に生きることを大切にしているのだから、と。
 その思い、考えはどれだけ時が経とうと変わらないと確信していた。
 だから過去にやってきたということは未来で何かがあったというとこで、そして自身の行動の根底にはいつもはるかがいることからこの時代のはるかに、目の前にいる自身の大切なはるかに何かが起こることを示唆しているのだとみちるは理解していた。

「でも、何も映らないのね……」

 何か不穏な動きがあればミラーが察知して映し出す。しかし何も映らないことにみちるは肩を落とした。
 明日、みちるはコンサートのリハーサルではるかのそばを離れることになる。その間にはるかに何かが起こるのではないかと心配で仕方がなかった。
 ミラーが何も示さない以上、みちるが事前に出来ることは何も無い。どうか何事も起こらないで、と祈りながらみちるははるかを抱きしめた。

    ***

「用意は出来たか」
「はい」

 コミティスは背後に控えるスクーパの返事を聞くと椅子から立ち上がる。太陽系に上手く潜り込んだ2人は今まさに地球に降り立とうとしていた。

「いいか、我がどれだけ苦戦を強いられようと邪魔はするなよ」
「……コミティス様がそのような状況に置かれるとは考えられませんが、承知致しました」
「お前は我を買い被りすぎだ」
「そんな事はありません」

 スクーパの返答にふん、と鼻で笑うとコミティスは見えてきた青い惑星に視線を向ける。その顔には好戦的な笑みが浮かんでいた。
 スクーパはそんな風に楽しみで仕方がないと体全体で感情を顕にしている主を見るのは初めてだった。主にそれほどまで興味を持たせるセーラーウラヌスにスクーパもまた多少の興味を持ち始めていた。

「スクーパ」
「はい」
「己の実力と敵の実力を正確に把握しておかねば足をすくわれるぞ」

 お前が我を信頼してくれているのは有難いがな、とコミティスは続ける。スクーパは納得いかないといった複雑な表情を浮かべ俯いたもののコミティスの言葉に頷く。そして思い出したように顔を上げると口を開いた。

「ああ、それと。言われていたものもご用意出来ております」
「うむ」
「アレを仕込んで、時を見て撤退するのですか?」
「そうだ。さっきも言っただろう。我がどれだけ苦戦を強いられようと、とな」
「そこまで、なのですか。確かにこの間の映像を見る限り彼女はまだ本気を出してはいないと思いますが、」

 スクーパの言葉はそこで途切れる。コミティスがくくく、と堪えるように笑ったからだった。少しムッとしたスクーパは反論しようと口を開くがそれよりも先にコミティスが口を開いた。

「本当にお前は我が好きだな」
「……からかわないでください」
「セーラーウラヌスの力は正直未知数だ。だが恐らく我と同等かそれ以上の力を有している、あるいは秘めているだろう。だから試すのだ。本番の前の練習みたいなものよ。ついでに厄介であればその力を奪う細工もしておくのが真の強者というものだ」

 スクーパは何度コミティスからそう諭されようとも信じられない気持ちでいっぱいだった。自身が敬愛する主以上の力を持つ者などいるわけがないと、ましてや女でそんな存在がいるわけがないと思っているのだ。
 これは普段、柔軟に物事を考え行動出来るスクーパの唯一の欠点だった。あまりにも主であるコミティスの力を信頼しすぎているのだ。
 コミティスは困ったように溜息を吐くとまぁ、あとは自分の目で確かめることだな、と呟いた。

「兵士たちは太陽系の外に待機させているな?」
「はい。すぐに撤退出来るように準備しております」
「よし、では行こうか」

 コミティスはスクーパとの会話の中で一度消えた好戦的な笑みを再び浮かべると今度こそその視線の先には青い惑星とその惑星を守る最強の戦士の姿しか映していなかった。

    ***

「じゃあ、がんばってね」
「えぇ……」

 リハーサル会場の前ではるかは微笑むとみちるに激励の言葉を送る。それはリハーサルの時も本番の時も必ず行っているものだった。
 はるかからのその言葉にみちるはいつも勇気と安心感を貰っていた。だからいつもはみちるも笑顔でありがとう、と返して舞台の上に立つのだが今日のみちるは不安そうな顔を浮かべる。
 不思議に思ったはるかが首を傾げるがみちるは何でもないわ、と曖昧に微笑みはるかに背を向ける。

「みちる……」
「はる、か」

 会場へ向かおうとしたみちるだったが背後からはるかに抱きしめられて身動きが取れなくなる。
 お互い顔が見えないまましばらく沈黙が場を制した。

「……最近、君は何か悩んでるみたいだ」
「そんな、こと……」
「無いなら、いいんだ。僕のカン違い。……だけどもし、何か思い悩んでいるなら遠慮しないで言って欲しいな」

 みちるははるかの言葉に瞳を潤ませる。
 みちるがはるかを想うように、はるかもみちるを想っている。
 はるかの想いがストレートな言葉に乗ってみちるの胸を叩いた。

「……ありがとう、はるか。大好きよ」
「僕も、みちるが大好きだよ」

 はるかの腕の中、みちるは体を反転させると少し涙を浮かべながらも綺麗な笑みを見せた。そんなみちるにはるかも安心したように笑うとその体をぎゅっと抱きしめる。
 みちるはその温もりに、はるかが存在していることに安心して額をはるかの肩に当てると小さく呟く。

「何も確かなことはないの。私がただ考えすぎているだけかも」
「それでも、君が不安に思うことを僕にも教えて欲しいな」
 君が1人で不安や恐怖を抱え込むのは見ているだけでツラいんだ、と言葉に悲しさを滲ませたはるかにみちるの胸は締め付けられる。
 みちるも同じことをはるかにされたら、同じように感じるだろうと思ったからだ。

「ごめんなさい、はるか。でも、言いたくないわけじゃないのよ。漠然としすぎていて、言葉に表せられない。あなたも、そういうことあるでしょう?」
「そう、だな……。あるかも」
「はるかを信頼していないわけではないわ。……でも、これだけは言える」

 はるかはみちるの顔を覗き込むと真っ直ぐにその瞳を見つめる。みちるもまた、真っ直ぐにはるかの瞳を見つめて想いを言葉に乗せた。

「私は、あなたを1人にしないから、あなたも私を1人にしないで。……はるか」

 みちるの力強い、決意に満ちた瞳と言葉にはるかはふっと柔らかく微笑むと軽く触れ合うだけのキスをした。

「もちろん。僕は君を置いて行ったりしないよ。もし、遠くに行ってしまっても必ずみちるの元に帰ってくるって約束する」

 みちるは微笑み頷くと名残惜しむように体を離して今度こそ会場へ足を向ける。
 はるかはいつものようにその背中が見えなくなるまで見送るとくるりと踵を返してみちるの迎えの時間までたまにはその辺を散策でもしようと歩き出した。
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