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中編

 時空の扉を通る前、ネプチューンはプルートからいくつか注意点を告げられた。

『いいですか、ネプチューン。今回はスモールレディの時とは違います。20世紀にもあなたはみちるとして存在しています。同じ人間が同じ時代に存在することは本来は有り得ないことでイレギュラーですから、混乱等を避けるためにも人目を、特にあなたをよく知る人を避けて原因と解決法を見つけてきてください』

 いくつかの忠告の最後にそう告げられたネプチューンは頷くと時空の扉を通って30世紀から20世紀へと時を渡った。……のだが。

「み、ちる……? いや、君は、誰だ?」
「……参ったわね」

 ネプチューンは目を白黒させて驚くはるかを一瞥すると額に手を当てて溜息を1つ吐いた。

    ◇◇◇

「……つまり、君は未来の、30世紀のみちる、ということでいいのかな?」
「ええ」

 今、ネプチューンは変身を解いて街の中のカフェで紅茶を口にしていた。目の前には20世紀の天王はるかが座っている。
 ネプチューンはプルートから告げられた忠告を守っていなかった。いや、正確には守れる状況ではなかったのだ。

「しかし、急に目の前に落ちてきた時は本当に驚いたよ」
「見られたのがあなたで、ある意味良かったわ」

 はるかが笑いながら言うとネプチューンも苦笑いをしながら答える。
 扉を通って20世紀に着いた時、ネプチューンは空にその身を放り出されたのだった。戦士であるネプチューンからしてみればなんてことは無い高さだったため無傷で降り立つことが出来たがちょうど降り立った先にはこの時代のはるかがいたのだった。
 プルートの忠告を守れなかったことは痛いが、空から降り立った場面を一般人に見られるよりはマシだった。

「で? 君はどうしてここに来たんだい?」
「そうね。家出みたいなものかしら」
「い、家出?」
「どこかの誰かさんが、かわいい子猫ちゃんにちょっかいばかり出すものだから我慢出来なくて」

 ネプチューンはテーブルに肘をついて手を組み、その上に顎を乗せると温度の低い微笑みを浮かべてはるかの質問に答えた。あまりにも心当たりがありすぎるのか、はるかは視線をあっちこっちへ動かして口篭もる。
 そんな慌てふためくはるかにネプチューンは打って変わってふふ、と温かな笑みを浮かべると立ち上がった。

「それじゃあ私は行くわね」
「え、どこに?」
「いつまでもあなたと一緒にいる訳にもいかないもの。あなた、これからみちるを迎えに行くんでしょう?」
「そうだけど……君はみちるに会わなくていいのかい? ていうか、帰る家、あるの?」
「別に過去の自分に会っても何も面白くないもの。私がここに来たのは休暇みたいなものだし誰かに会いに来たわけじゃないの。ちょっと羽を伸ばしたらすぐに帰るわ」

 あなたに会ったのも、本当にたまたまだしね、と肩を竦めながら告げるとネプチューンはカフェを後にした。そして近くの建物の影に身を潜めると自身の気配やエナジーを抑え込み今自身が出てきたカフェの入口に視線を向ける。
 ネプチューンがカフェを出てから少しするとはるかも出てきた。そのまま近くの駐車場に向かうと停めていた車に乗り込んで発進させてしまった。
 ネプチューンはその後を追いかけるため、再び変身すると人目につかないよう車を追いかける。
 はるかはみちるを拾うと海岸をしばらく走り、そして外部で暮らしている家へと帰ってきた。

『今日ではなさそうね。プルートが少し時間がズレるとは言ってたけれど、どれだけズレてるのかしら』

 ネプチューンは外部家の庭の木の上に座りながら考えていた。できるだけ早く解決法を見つけて帰りたいのだが今日の日付が分からなければ例の敵と交戦した日付も覚えていないのでどうしようもなかった。
 困ったわね、と思いながら家の中を見ていたネプチューンはふと、あることを思い出した。

「……そういえば、私がいることは他言しないでって伝えるの、忘れてたわ」

    ◇◇◇

「え? 未来の私に?」
「うん。なんか、休暇みたいなものだって言ってたよ。うちに呼ぼうと思ったんだけど、すぐ帰るっていなくなっちゃった」

 みちるははるかから昼間のことを聞いていた。なかなかイレギュラーな事態に遭遇したはずのはるかはしかし何でもないようにソファに腰掛けたまま雑誌をめくっている。
 みちるもまたそう、とあまり興味無さそうに返すとマグカップを持ってソファに座るはるかの横に腰掛けた。

「変わらず、綺麗だったよ。未来の君も」
「あら、浮気?」
「浮気って……君は君だろう?」
「でも未来の私は未来の私であって、今の私ではないわ」

 雑誌から顔を上げたはるかは苦笑いをしながらそう答えるが一枚上手なみちるに敵うはずもなく両手をあげて降参だ、と口にした。
 みちるは手に持っていたマグカップをテーブルの上に置くとはるかの首に腕を回して自身の鼻先とはるかの鼻先が触れ合いそうになるほどの距離まで近付けた。

「……どうしたら、許してくれる?」
「そうね、どうしたら許してもらえると思う?」

 はるかはみちるの言葉に微笑むとほとんどゼロと言っていい距離を自らゼロにした。そしてそのままソファに押し倒そうとするはるかだったがみちるはその胸を軽く押すとはるかの腕の中からするりと抜け出した。
 不満気な顔をするはるかに微笑むとみちるはマグカップを再び手に持ってキッチンへ足を向ける。キッチンへ入る直前に振り返るとみちるは妖艶な笑みを浮かべ、熱の篭った視線をはるかに向けた。

「せつなに怒られちゃうわ。……先に部屋へ戻っていてちょうだい」

 はるかはその言葉に真意を理解すると不満気な顔から一転して満足そうな笑顔を浮かべた。分かった、と答えたはるかは雑誌を閉じると一足先に2人の寝室へと向かったのだった。
 夜半過ぎ、目が覚めたみちるは深い眠りに落ちたはるかを起こさないように起き上がると近くに落ちていたサイズの大きなシャツを羽織って窓辺に立つ。
 その瞳は庭のある1本の木に向けられていた。

「……すぐに帰る、ね」

 みちるはしばらくその木を見つめた後、再びベッドに戻るとはるかの腕の中におさまり瞼を閉じた。
 穏やかに眠る2人の部屋の真上。その屋根の上にはネプチューンが腰を下ろし頬杖をついていた。

「やっぱり、会ってしまったのがはるかで良かったわ」

 はぁ、とここ最近癖になっている溜息を吐きながらネプチューンは呟き、そしてこのまま過去の自分自身に出会わないまま原因を突き止めることは出来るのだろうかと疑問に思った。
 翌日、仕事や学校に出掛けるはるかたちを見送ったみちるは1人庭で佇んでいた。その視線の先には昨夜見つめていた木がある。

「微かだけれど、ネプチューンのエナジーが残ってるわね」

 続けて、自身とはるかの寝室の真上の屋根へと視線を移す。そこにもネプチューンのエナジーが微かに漂っているのをみちるは感じていた。
 気配が全く感じられないことからネプチューンはもうこの場にいないことをみちるは悟る。そして今ネプチューンがどこにいるのかも、ある程度検討はついていた。

「……はるかに、何か起こるの?」

 海が落ち着かないようにざわめくのを感じたみちるは不安げに呟く。そんなみちるの思いや海のざわめきとは裏腹に風はただただ穏やかに吹くのだった。
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