前編
「ウラヌスの様子がおかしい……ですか?」
「はい」
ネプチューンは訓練場を後にすると真っ直ぐ謁見の間に向かい、クイーンと対峙していた。そばにはキングも立っており、2人はネプチューンからここ数年のウラヌスについて報告を受けていた。
「ヴィーナスが力を付けているのは事実です。しかしだとしても、ウラヌスがこれほどまでに負けるとは考えられません」
「んー、ウラヌスが手を抜いている、ということは考えられませんか?」
「考えられません」
クイーンの言葉をネプチューンは強く否定する。周りがなんと言おうと、ウラヌス本人が否定しようと、ネプチューンはウラヌスが手を抜いていないと確信していた。
クイーンが困ったように首を傾げる横でキングが口を開いた。
「とりあえずウラヌス本人に聞いてもはぐらかされてしまうんだろう? なら、こっそり調べるしかないな」
キングの言葉にネプチューンは静かに頷いた。最初からネプチューンはそのつもりだったのだ。なんならもう既にプルートやサターン共に探りを入れていた。
しかし3人では調べられる範囲に限りがあるのでこうしてクイーンやキングに了解を得てさらに調べられる範囲を広げたかったのだ。
「マーキュリーにも手伝ってもらうといい。彼女なら口を滑らすこともないだろう」
「ありがとうございます、キング」
話が終わり、ネプチューンは謁見の間から去ろうと踵を返す。その背中にクイーン、いや、月野うさぎが声をかけた。
「ねぇみちるさん。はるかさんは、すぐ無茶をする人で、そしてそれを隠す優しい人。私たちも力になりたいけど、はるかさんは私たちには弱い所なんて見せてくれないから……だから……」
「……分かっているわ、うさぎ」
眉を下げて辛そうな顔をするうさぎにみちるが振り返りふわりと微笑む。そんな優しい、包み込むような笑顔にうさぎは安心して微笑んだ。
そしてネプチューンが今度こそ去ろうとした時、クリスタル・パレス全体が揺れた。
「なんだっ!?」
「侵入者です!!」
キングが声を上げると同時に謁見の間にマーキュリーが飛び込んでくる。侵入者、の単語にネプチューンは駆け出した。
走りながらネプチューンは自身のタリスマンであるディープアクアミラーを取り出す。ネプチューンはミラーを覗き込みながら、侵入者を察知出来なかったことを悔やむ。
「……セーラーネプチューンか」
「誰!?」
侵入者の元へ辿り着く前にネプチューンは声をかけられる。視線を声のする方へ向けるとそこには黒いフードに包まれた男が立っていた。
ネプチューンはミラーを構えながら戦闘態勢を取る。しかしフードの男は棒立ちのままネプチューンを見据えていた。
その男にネプチューンは違和感を抱く。自信が敵を取り逃したことは今の今まで一度もない。それなのに、ネプチューンはこの男に以前会っているような気がした。
「……今日は、宣戦布告に参った」
「……ふざけているの? 宣戦布告だなんて」
奇襲を掛けてきたくせによく言う、とネプチューンは思った。しかも宣戦布告だと。このまま押し切ればいいものをわざわざ一度退いてこちらにも準備の期間を与えるなんて余程の阿呆か自信家か、と憤る。
そしてこのまま逃げられると思っていることにもネプチューンは舐められたものだと眉を上げた。
「私たちは太陽暦でいう3日後、再びこの地に降りる。その時には、銀水晶並びに地球を頂く」
「そんなことはさせないわっ!」
ネプチューンがミラーを構え、技を出そうとした瞬間背後から腕を掴まれて阻まれる。驚き視線を向けるとそこには目の前の男と同じフードを被った、しかし明らかに重症を負っている敵の姿があった。
「開戦は1週間後だ」
怪我を負った男の姿にネプチューンと対峙していた男は驚く。そんな様子を尻目に怪我を負った男はネプチューンに開戦の日付を伝え直した。
「全く、末恐ろしい戦士だ。油断はしていなかったのだがな」
ポツリと呟くと男はネプチューンの腕を離し、もう1人の男に歩み寄るとそのまま姿を消してしまった。
呆然としていたネプチューンは我に返ると再び駆け出す。
敵の傷、そして言葉にネプチューンは対峙していた戦士がウラヌスであったに違いないと思った。そしてウラヌスが敵を見逃す、それはイコールウラヌスが敗れたことを示唆していた。
「ウラヌス!」
「ぐっ、……ぅ……!」
広間に駆け付けたネプチューンが目にしたのは怪我をしたヴィーナスとジュピターが胸を押さえて蹲るウラヌスに声をかけている光景だった。
「ウラヌス!」
ネプチューンが3人に駆け寄る。ウラヌスにはあまり外傷が無く、けれどこの中で1番苦しんでいた。
一体、どうして、とネプチューンは汗を滲ませたウラヌスの額を撫でる。遅れてやってきたマーキュリーやマーズ、プルートたちは困惑しながらもまずは怪我の手当や状況を把握するべきだと移動を提案した。
◇◇◇
「はっ、……は、ふっ……!」
「ウラヌス……」
ベッドに横たえたウラヌスは変わらず胸を押さえて苦しんでいた。ベッドに腰掛けたネプチューンはウラヌスの顔を覗きながら張り付いた前髪を避ける。
そんなネプチューンやウラヌスを他の戦士たちは心配そうに見つめていた。
「……まずは、何があったのか教えて頂けますか」
プルートが部屋に広がる重苦しい沈黙を切り裂いた。ネプチューンはウラヌスの手を握りながらも視線をプルートに移して頷く。
まず、ヴィーナスが広間での出来事を報告する。
「ウラヌスと訓練を終えたあと、私は広間で休んでいたの。そうしたら突然、頭上から影が降ってきて、そのまま戦闘に入ったわ」
「かなり手強い敵で、あたしが駆け付けた時にはヴィーナスはだいぶ押されてた」
ジュピターがヴィーナスの言葉を次いで説明するとヴィーナスは悔しそうに顔を歪めて頷いた。プルートは頷いて続きを促す。
「敵に吹き飛ばされて、技を喰らいそうになった時にウラヌスが駆け付けて私たちを助けてくれたの。敵も不意をつかれたみたいで思いっきり攻撃を受けて大ダメージを受けてたわ」
「ウラヌスが追撃しようとしたんだけど、そうしたら突然苦しみだして、そのまま逃げられちまったんだ」
ぐっ、と拳を握るジュピターはそこで口を閉じる。プルートはありがとうございます、と呟くと視線をネプチューンに移した。
「私はクイーンとの謁見を終えて帰ろうとした時に侵入者の報告をマーキュリーから受けたわ。すぐに広間の方へ向かったのだけれど途中でヴィーナスたちが対峙した敵とは別の敵に会ったわ。そして宣戦布告を口にした」
「宣戦布告、ですか」
「えぇ。最初は3日後にまた来る、と言っていたのだけれどウラヌスに攻撃を受けたせいでしょうね。ヴィーナスたちの元から逃げてきた敵が1週間後に変更すると言ってそのまま姿を消されてしまったわ」
プルートはネプチューンの報告にそうですか、と呟くと顎に手を当てて思考しだす。マーキュリーも同じように考え込んでいた。
セーラー戦士たちが共有出来た情報は敵の目的が銀水晶と地球であること、向こうの戦力が恐らく膨大であることのたった2点だった。
「これからクイーンとキングに報告をして判断を仰ぎますが、まず目下の目標は対抗出来る戦力を確保することでしょう」
プルートの言葉に戦士たちは頷く。ウラヌスが作り出した1週間に少しでも自分たちの力を上げるのだと強い眼差しをしていた。
そしてプルートは視線をウラヌスに移すと苦しそうな顔を浮かべる。
「しかし、ウラヌスがいないのは大幅な戦力ダウンになります。何とかして原因を探してウラヌスを復帰させなければ……勝ち目は無いかもしれません」
「そんな……」
「ウラヌスのことは私たち外部が請け負います。皆さんはまず自身の力を底上げすることに集中してください」
ヴィーナスたちは渋々という顔をしながらもプルートの言葉に頷いた。そして各々早速訓練をするために部屋を出ていくがプルートはマーキュリーだけを残すと再び口を開いた。
「あの、プルート? どうして私だけ……」
「あなたには知恵を貸して頂きたいのです。……実は、数年前からウラヌスの力が衰退していると私たちは感じていました」
「そんな……うそ、ですよね?」
「嘘であって欲しいのですが、ここ最近のヴィーナスとの模擬戦。ウラヌスは負け越しています。あなた方はウラヌスが手を抜いていると思っていたのかもしれませんがそういう事をしない人なんです、ウラヌスは」
プルートの言葉にマーキュリーは信じられないといった表情を浮かべる。しかし同時に納得もしていた。
使命に忠実で真っ直ぐなウラヌスが訓練だとしても手を抜くような人には思えないからだった。
「恐らくウラヌスの中で何かが起きていた。それはウラヌス本人にも気付かれない大きさで、スピードでウラヌスを蝕んでいたんだわ」
「私とネプチューン、そしてサターンは少しずつ調べていたのですが限界がありまして。さらに調査範囲を広げるために今日ネプチューンがクイーンに謁見をしていたのです」
「そうなんですね……。でも、じゃあネプチューンたちが調べても分からなかったのに私に分かることはあるのかしら……」
マーキュリーが不安そうに呟くとネプチューンが優しく微笑んで首を横に振った。
「私たちはウラヌスに近過ぎる。そのせいで見えていない事もあるかもしれないの。だから少し離れた所から見られるあなたの力が必要なの」
「ネプチューン……そう、ですね。私も、ウラヌスにはたくさん助けられましたから。一緒にウラヌスを助けましょう!」
マーキュリーの力強い言葉にプルートとネプチューンが微笑む。そしてプルートがまずはクイーンに報告をしてくると扉に足を向けた。
「……そういえば」
「え?」
その時、ネプチューンが何かを思い出したようにぼんやりと呟く。プルートが振り返ると、曖昧に微笑んで確かではないのだけれど、とネプチューンが言った。
「あの敵、私以前に会ったことがある気がするの……。取り逃したことなんて、ないはずなんだけれど。それに、ミラーが察知しなかったのも気になるわ」
「それは、本当ですか?」
「えぇ。どこか引っ掛かるのよ」
ふむ、と考え込むプルートにネプチューンは私の勘だからあまり期待は出来ないけれど、と付け加える。
しかしマーキュリーはそれを否定した。ネプチューンとマーズの勘は蔑ろにしてはいけない、と。
プルートも同じように頷き、一緒にクイーンに報告をしておくと今度こそ部屋を出て行った。マーキュリーも一度自分で色々調べてみると言って自室に戻ってしまった。
残されたネプチューンは未だに苦しむウラヌスに自身の額を合わせると小さく呟いた。
「……必ず、助ける、守ってみせるわ。あなたを1人にしないから、あなたも私を1人にしないで。……はるか」
◇◇◇
侵入者が宣戦布告をして2日。ネプチューンたちは自身の力を鍛えながらウラヌスを助ける手段を探していた。
しかし特に進展は見られず、刻一刻と敵が攻め込んでくる日が近付いてくるし、ウラヌスの体調も悪くなる一方だった。
今日も何も進展が見られないまま3日目を終えようとしていた。
「困りましたね……」
「えぇ……サターンはスモールレディの護衛に付いているから動けなくなってしまったし……」
「その分マーキュリーが動いてくれてはいるのですが……」
資料室でプルートとネプチューンは頭を抱えていた。
昼間は訓練、夕方からは調べ物。寝る間も惜しんで動く2人に他の戦士は休むよう声を掛けるが聞き入れられなかった。
流石に疲労が溜まってきていた2人は椅子に凭れてふぅと一息つく。
「……やっぱり、あの敵を思い出すべきかしら」
「見覚えがあると言っていた敵ですか? ……しかし、ウラヌスの件と何か関係はあるのでしょうか」
「分からないわ。でも、タイミングが良すぎると思わなくて?」
ネプチューンは目を閉じて宣戦布告を告げた敵を思い出す。
フードから覗く瞳、宣戦布告を告げる声音、棒立ちの中に見えた立ち居振る舞い、それらがネプチューンの記憶の中のものと重なる。
「……ぁ」
「どうかしましたか?」
目を見開いて勢いよく体を起こしたネプチューンはミラーを覗き込む。曇ったようにはっきりとは見えないけれど、数日前とは違う、けれど同一人物の姿が映った。
それを見たプルートは目を見開いてこれは……? と問いかける。
「……20世紀の、まだ海王みちるとして地球で暮らしていた時の記憶よ」
「……では、あの敵とは20世紀に一度会っている、と?」
「えぇ、ぼんやりとだけど、少しずつ思い出してきたわ」
ネプチューンの言葉に呼応するように曇りが晴れていき今度こそはっきりとミラーにその姿が映し出される。
ミラーに写るその姿は酷く険しい顔をして何かを大事に抱えて逃げようとしていた。逃げる直前、男はネプチューンに向かって何か技を放つとそのまま背を向ける。
技はミラーによって反射されたが衝撃でネプチューンは木に体を打ち付けた。そのまま敵の背中を霞む視界で見つめながら唇を噛み瞼を閉じた。
「多分、この技が私の記憶を混濁させる技だったのね。ついでにミラーにも細工をしたんだわ。……この時から、今日ことを計画していたのよ」
ミラーの中の自分と同じように唇を噛むネプチューンの肩にプルートは優しく手を置く。首を横に振るプルートにネプチューンは困ったように笑うとありがとうと呟いた。
マーキュリーともこの情報を共有して次を考えなければ、と思うが夜も遅いし、自身が取り逃した敵の存在を知ったネプチューンの心は知らないうちに重くなっていた。
プルートはそれを感じ取り今日は休み、明日また3人で話そうとネプチューンを部屋へ送る。
そして翌日、マーキュリーと情報を共有する。再び記憶をミラーに映しているとマーキュリーが端に何かが映っていることに気付いた。
「ネプチューン、これって……」
「え?」
マーキュリーの指差すものに目を凝らす。それは人の手のようなもので、そして見覚えのあるグローブをはめていた。
ネプチューンはどうにかそちらの方を映せないかと当時の記憶を手繰り寄せる。
『確か……そう、あの時、はるかが1人で戦っていて……駆け付けた時には、はるかが敵を、倒していて……』
少しずつ、鏡にまた違うシーンが映る。
雨の中、倒れる敵とウラヌス。2人とも傷が酷く、雨でお互いの血が流れていく。ネプチューンが駆け付けると別の男がウラヌスにとどめを刺そうとしている所だった。
それをディープサブマージで阻止するととどめを刺そうとしていた敵はネプチューンをその視界に捉えた。
そこから先は今までと同じシーンだった。
「ウラヌスと一緒に倒れていた敵……この間深手を負った敵と同じだった……」
「……では、今ウラヌスが苦しんでいるのは20世紀の時に彼らが何かをしたから、ということでしょうか」
「分からない……でも、可能性は高いわ。あの一瞬で私のミラーに細工出来るほどの力を持っているのだから」
3人の間に沈黙が流れる。それを破ったのはプルートだった。
「ネプチューン。あなたは扉を通って20世紀に向かってください」
ネプチューンは目を見開いて驚く。けど、そんなこと、と躊躇うがプルートの目は真剣だった。
「確かめなければなりません。そしてもし、この時のことがきっかけで今ウラヌスが苦しんでいるのなら、救う方法もこの時代に行かなければ分からないでしょう」
「私たちはここに残ってウラヌスの体をもう一度調べてみます」
プルート、そしてマーキュリーの言葉にネプチューンは決意する。
善は急げ、と3人はすぐに時空の扉の前へ向かった。
「ウラヌスをお願いね。プルート、マーキュリー」
「えぇ。頼みましたよ、ネプチューン。なるべくあなたの記憶を元に近い時間の道を開きますが、少しズレる可能性もあります」
ネプチューンは頷くと開いた扉の中に飛び込む。駆け出したその背中を祈るようにプルートとマーキュリーは見送った。
「はい」
ネプチューンは訓練場を後にすると真っ直ぐ謁見の間に向かい、クイーンと対峙していた。そばにはキングも立っており、2人はネプチューンからここ数年のウラヌスについて報告を受けていた。
「ヴィーナスが力を付けているのは事実です。しかしだとしても、ウラヌスがこれほどまでに負けるとは考えられません」
「んー、ウラヌスが手を抜いている、ということは考えられませんか?」
「考えられません」
クイーンの言葉をネプチューンは強く否定する。周りがなんと言おうと、ウラヌス本人が否定しようと、ネプチューンはウラヌスが手を抜いていないと確信していた。
クイーンが困ったように首を傾げる横でキングが口を開いた。
「とりあえずウラヌス本人に聞いてもはぐらかされてしまうんだろう? なら、こっそり調べるしかないな」
キングの言葉にネプチューンは静かに頷いた。最初からネプチューンはそのつもりだったのだ。なんならもう既にプルートやサターン共に探りを入れていた。
しかし3人では調べられる範囲に限りがあるのでこうしてクイーンやキングに了解を得てさらに調べられる範囲を広げたかったのだ。
「マーキュリーにも手伝ってもらうといい。彼女なら口を滑らすこともないだろう」
「ありがとうございます、キング」
話が終わり、ネプチューンは謁見の間から去ろうと踵を返す。その背中にクイーン、いや、月野うさぎが声をかけた。
「ねぇみちるさん。はるかさんは、すぐ無茶をする人で、そしてそれを隠す優しい人。私たちも力になりたいけど、はるかさんは私たちには弱い所なんて見せてくれないから……だから……」
「……分かっているわ、うさぎ」
眉を下げて辛そうな顔をするうさぎにみちるが振り返りふわりと微笑む。そんな優しい、包み込むような笑顔にうさぎは安心して微笑んだ。
そしてネプチューンが今度こそ去ろうとした時、クリスタル・パレス全体が揺れた。
「なんだっ!?」
「侵入者です!!」
キングが声を上げると同時に謁見の間にマーキュリーが飛び込んでくる。侵入者、の単語にネプチューンは駆け出した。
走りながらネプチューンは自身のタリスマンであるディープアクアミラーを取り出す。ネプチューンはミラーを覗き込みながら、侵入者を察知出来なかったことを悔やむ。
「……セーラーネプチューンか」
「誰!?」
侵入者の元へ辿り着く前にネプチューンは声をかけられる。視線を声のする方へ向けるとそこには黒いフードに包まれた男が立っていた。
ネプチューンはミラーを構えながら戦闘態勢を取る。しかしフードの男は棒立ちのままネプチューンを見据えていた。
その男にネプチューンは違和感を抱く。自信が敵を取り逃したことは今の今まで一度もない。それなのに、ネプチューンはこの男に以前会っているような気がした。
「……今日は、宣戦布告に参った」
「……ふざけているの? 宣戦布告だなんて」
奇襲を掛けてきたくせによく言う、とネプチューンは思った。しかも宣戦布告だと。このまま押し切ればいいものをわざわざ一度退いてこちらにも準備の期間を与えるなんて余程の阿呆か自信家か、と憤る。
そしてこのまま逃げられると思っていることにもネプチューンは舐められたものだと眉を上げた。
「私たちは太陽暦でいう3日後、再びこの地に降りる。その時には、銀水晶並びに地球を頂く」
「そんなことはさせないわっ!」
ネプチューンがミラーを構え、技を出そうとした瞬間背後から腕を掴まれて阻まれる。驚き視線を向けるとそこには目の前の男と同じフードを被った、しかし明らかに重症を負っている敵の姿があった。
「開戦は1週間後だ」
怪我を負った男の姿にネプチューンと対峙していた男は驚く。そんな様子を尻目に怪我を負った男はネプチューンに開戦の日付を伝え直した。
「全く、末恐ろしい戦士だ。油断はしていなかったのだがな」
ポツリと呟くと男はネプチューンの腕を離し、もう1人の男に歩み寄るとそのまま姿を消してしまった。
呆然としていたネプチューンは我に返ると再び駆け出す。
敵の傷、そして言葉にネプチューンは対峙していた戦士がウラヌスであったに違いないと思った。そしてウラヌスが敵を見逃す、それはイコールウラヌスが敗れたことを示唆していた。
「ウラヌス!」
「ぐっ、……ぅ……!」
広間に駆け付けたネプチューンが目にしたのは怪我をしたヴィーナスとジュピターが胸を押さえて蹲るウラヌスに声をかけている光景だった。
「ウラヌス!」
ネプチューンが3人に駆け寄る。ウラヌスにはあまり外傷が無く、けれどこの中で1番苦しんでいた。
一体、どうして、とネプチューンは汗を滲ませたウラヌスの額を撫でる。遅れてやってきたマーキュリーやマーズ、プルートたちは困惑しながらもまずは怪我の手当や状況を把握するべきだと移動を提案した。
◇◇◇
「はっ、……は、ふっ……!」
「ウラヌス……」
ベッドに横たえたウラヌスは変わらず胸を押さえて苦しんでいた。ベッドに腰掛けたネプチューンはウラヌスの顔を覗きながら張り付いた前髪を避ける。
そんなネプチューンやウラヌスを他の戦士たちは心配そうに見つめていた。
「……まずは、何があったのか教えて頂けますか」
プルートが部屋に広がる重苦しい沈黙を切り裂いた。ネプチューンはウラヌスの手を握りながらも視線をプルートに移して頷く。
まず、ヴィーナスが広間での出来事を報告する。
「ウラヌスと訓練を終えたあと、私は広間で休んでいたの。そうしたら突然、頭上から影が降ってきて、そのまま戦闘に入ったわ」
「かなり手強い敵で、あたしが駆け付けた時にはヴィーナスはだいぶ押されてた」
ジュピターがヴィーナスの言葉を次いで説明するとヴィーナスは悔しそうに顔を歪めて頷いた。プルートは頷いて続きを促す。
「敵に吹き飛ばされて、技を喰らいそうになった時にウラヌスが駆け付けて私たちを助けてくれたの。敵も不意をつかれたみたいで思いっきり攻撃を受けて大ダメージを受けてたわ」
「ウラヌスが追撃しようとしたんだけど、そうしたら突然苦しみだして、そのまま逃げられちまったんだ」
ぐっ、と拳を握るジュピターはそこで口を閉じる。プルートはありがとうございます、と呟くと視線をネプチューンに移した。
「私はクイーンとの謁見を終えて帰ろうとした時に侵入者の報告をマーキュリーから受けたわ。すぐに広間の方へ向かったのだけれど途中でヴィーナスたちが対峙した敵とは別の敵に会ったわ。そして宣戦布告を口にした」
「宣戦布告、ですか」
「えぇ。最初は3日後にまた来る、と言っていたのだけれどウラヌスに攻撃を受けたせいでしょうね。ヴィーナスたちの元から逃げてきた敵が1週間後に変更すると言ってそのまま姿を消されてしまったわ」
プルートはネプチューンの報告にそうですか、と呟くと顎に手を当てて思考しだす。マーキュリーも同じように考え込んでいた。
セーラー戦士たちが共有出来た情報は敵の目的が銀水晶と地球であること、向こうの戦力が恐らく膨大であることのたった2点だった。
「これからクイーンとキングに報告をして判断を仰ぎますが、まず目下の目標は対抗出来る戦力を確保することでしょう」
プルートの言葉に戦士たちは頷く。ウラヌスが作り出した1週間に少しでも自分たちの力を上げるのだと強い眼差しをしていた。
そしてプルートは視線をウラヌスに移すと苦しそうな顔を浮かべる。
「しかし、ウラヌスがいないのは大幅な戦力ダウンになります。何とかして原因を探してウラヌスを復帰させなければ……勝ち目は無いかもしれません」
「そんな……」
「ウラヌスのことは私たち外部が請け負います。皆さんはまず自身の力を底上げすることに集中してください」
ヴィーナスたちは渋々という顔をしながらもプルートの言葉に頷いた。そして各々早速訓練をするために部屋を出ていくがプルートはマーキュリーだけを残すと再び口を開いた。
「あの、プルート? どうして私だけ……」
「あなたには知恵を貸して頂きたいのです。……実は、数年前からウラヌスの力が衰退していると私たちは感じていました」
「そんな……うそ、ですよね?」
「嘘であって欲しいのですが、ここ最近のヴィーナスとの模擬戦。ウラヌスは負け越しています。あなた方はウラヌスが手を抜いていると思っていたのかもしれませんがそういう事をしない人なんです、ウラヌスは」
プルートの言葉にマーキュリーは信じられないといった表情を浮かべる。しかし同時に納得もしていた。
使命に忠実で真っ直ぐなウラヌスが訓練だとしても手を抜くような人には思えないからだった。
「恐らくウラヌスの中で何かが起きていた。それはウラヌス本人にも気付かれない大きさで、スピードでウラヌスを蝕んでいたんだわ」
「私とネプチューン、そしてサターンは少しずつ調べていたのですが限界がありまして。さらに調査範囲を広げるために今日ネプチューンがクイーンに謁見をしていたのです」
「そうなんですね……。でも、じゃあネプチューンたちが調べても分からなかったのに私に分かることはあるのかしら……」
マーキュリーが不安そうに呟くとネプチューンが優しく微笑んで首を横に振った。
「私たちはウラヌスに近過ぎる。そのせいで見えていない事もあるかもしれないの。だから少し離れた所から見られるあなたの力が必要なの」
「ネプチューン……そう、ですね。私も、ウラヌスにはたくさん助けられましたから。一緒にウラヌスを助けましょう!」
マーキュリーの力強い言葉にプルートとネプチューンが微笑む。そしてプルートがまずはクイーンに報告をしてくると扉に足を向けた。
「……そういえば」
「え?」
その時、ネプチューンが何かを思い出したようにぼんやりと呟く。プルートが振り返ると、曖昧に微笑んで確かではないのだけれど、とネプチューンが言った。
「あの敵、私以前に会ったことがある気がするの……。取り逃したことなんて、ないはずなんだけれど。それに、ミラーが察知しなかったのも気になるわ」
「それは、本当ですか?」
「えぇ。どこか引っ掛かるのよ」
ふむ、と考え込むプルートにネプチューンは私の勘だからあまり期待は出来ないけれど、と付け加える。
しかしマーキュリーはそれを否定した。ネプチューンとマーズの勘は蔑ろにしてはいけない、と。
プルートも同じように頷き、一緒にクイーンに報告をしておくと今度こそ部屋を出て行った。マーキュリーも一度自分で色々調べてみると言って自室に戻ってしまった。
残されたネプチューンは未だに苦しむウラヌスに自身の額を合わせると小さく呟いた。
「……必ず、助ける、守ってみせるわ。あなたを1人にしないから、あなたも私を1人にしないで。……はるか」
◇◇◇
侵入者が宣戦布告をして2日。ネプチューンたちは自身の力を鍛えながらウラヌスを助ける手段を探していた。
しかし特に進展は見られず、刻一刻と敵が攻め込んでくる日が近付いてくるし、ウラヌスの体調も悪くなる一方だった。
今日も何も進展が見られないまま3日目を終えようとしていた。
「困りましたね……」
「えぇ……サターンはスモールレディの護衛に付いているから動けなくなってしまったし……」
「その分マーキュリーが動いてくれてはいるのですが……」
資料室でプルートとネプチューンは頭を抱えていた。
昼間は訓練、夕方からは調べ物。寝る間も惜しんで動く2人に他の戦士は休むよう声を掛けるが聞き入れられなかった。
流石に疲労が溜まってきていた2人は椅子に凭れてふぅと一息つく。
「……やっぱり、あの敵を思い出すべきかしら」
「見覚えがあると言っていた敵ですか? ……しかし、ウラヌスの件と何か関係はあるのでしょうか」
「分からないわ。でも、タイミングが良すぎると思わなくて?」
ネプチューンは目を閉じて宣戦布告を告げた敵を思い出す。
フードから覗く瞳、宣戦布告を告げる声音、棒立ちの中に見えた立ち居振る舞い、それらがネプチューンの記憶の中のものと重なる。
「……ぁ」
「どうかしましたか?」
目を見開いて勢いよく体を起こしたネプチューンはミラーを覗き込む。曇ったようにはっきりとは見えないけれど、数日前とは違う、けれど同一人物の姿が映った。
それを見たプルートは目を見開いてこれは……? と問いかける。
「……20世紀の、まだ海王みちるとして地球で暮らしていた時の記憶よ」
「……では、あの敵とは20世紀に一度会っている、と?」
「えぇ、ぼんやりとだけど、少しずつ思い出してきたわ」
ネプチューンの言葉に呼応するように曇りが晴れていき今度こそはっきりとミラーにその姿が映し出される。
ミラーに写るその姿は酷く険しい顔をして何かを大事に抱えて逃げようとしていた。逃げる直前、男はネプチューンに向かって何か技を放つとそのまま背を向ける。
技はミラーによって反射されたが衝撃でネプチューンは木に体を打ち付けた。そのまま敵の背中を霞む視界で見つめながら唇を噛み瞼を閉じた。
「多分、この技が私の記憶を混濁させる技だったのね。ついでにミラーにも細工をしたんだわ。……この時から、今日ことを計画していたのよ」
ミラーの中の自分と同じように唇を噛むネプチューンの肩にプルートは優しく手を置く。首を横に振るプルートにネプチューンは困ったように笑うとありがとうと呟いた。
マーキュリーともこの情報を共有して次を考えなければ、と思うが夜も遅いし、自身が取り逃した敵の存在を知ったネプチューンの心は知らないうちに重くなっていた。
プルートはそれを感じ取り今日は休み、明日また3人で話そうとネプチューンを部屋へ送る。
そして翌日、マーキュリーと情報を共有する。再び記憶をミラーに映しているとマーキュリーが端に何かが映っていることに気付いた。
「ネプチューン、これって……」
「え?」
マーキュリーの指差すものに目を凝らす。それは人の手のようなもので、そして見覚えのあるグローブをはめていた。
ネプチューンはどうにかそちらの方を映せないかと当時の記憶を手繰り寄せる。
『確か……そう、あの時、はるかが1人で戦っていて……駆け付けた時には、はるかが敵を、倒していて……』
少しずつ、鏡にまた違うシーンが映る。
雨の中、倒れる敵とウラヌス。2人とも傷が酷く、雨でお互いの血が流れていく。ネプチューンが駆け付けると別の男がウラヌスにとどめを刺そうとしている所だった。
それをディープサブマージで阻止するととどめを刺そうとしていた敵はネプチューンをその視界に捉えた。
そこから先は今までと同じシーンだった。
「ウラヌスと一緒に倒れていた敵……この間深手を負った敵と同じだった……」
「……では、今ウラヌスが苦しんでいるのは20世紀の時に彼らが何かをしたから、ということでしょうか」
「分からない……でも、可能性は高いわ。あの一瞬で私のミラーに細工出来るほどの力を持っているのだから」
3人の間に沈黙が流れる。それを破ったのはプルートだった。
「ネプチューン。あなたは扉を通って20世紀に向かってください」
ネプチューンは目を見開いて驚く。けど、そんなこと、と躊躇うがプルートの目は真剣だった。
「確かめなければなりません。そしてもし、この時のことがきっかけで今ウラヌスが苦しんでいるのなら、救う方法もこの時代に行かなければ分からないでしょう」
「私たちはここに残ってウラヌスの体をもう一度調べてみます」
プルート、そしてマーキュリーの言葉にネプチューンは決意する。
善は急げ、と3人はすぐに時空の扉の前へ向かった。
「ウラヌスをお願いね。プルート、マーキュリー」
「えぇ。頼みましたよ、ネプチューン。なるべくあなたの記憶を元に近い時間の道を開きますが、少しズレる可能性もあります」
ネプチューンは頷くと開いた扉の中に飛び込む。駆け出したその背中を祈るようにプルートとマーキュリーは見送った。