ジョニー・ライデンの帰還


出逢った頃から、よく笑う少女だった。
良くも悪くも感情を表に出し、誰であっても上手く付き合えるようだった。
拘りを持ち、信念を持ち、決して己を曲げることのない強さもある。
己の好きな事に情熱を注ぐ姿は、その小柄な体躯の何処にそれだけの熱量が秘められているのかと感心したものだ。
それが、今も変わらずにいてくれることが、何よりも嬉しいことなのだ。


コックピットハッチを開け、旧式の狭いコックピットから這い出る。
ジョニー・ライデン騒動の幕が下りてから、もう一月ほど経過しただろうか。
二ヶ月後には木星に旅立つ予定になっている。
騒動の中心にいた己には、全ての終わりを見届ける義務があるだろう。
ずっと待っていたユーマも同行するらしく、道中の話し相手には困らない。
不在にしていた間の話も、時間を取ってゆっくり聞いてやれるだろう。
ただ、ユーマは置いていった方がいいのではないかという考えもある。
長らくジョニー・ライデンに憧れて、懸命に追いかけてきていた少年も、十年も経てば立派な青年に成長していた。
不思議なことにこの騒動の中で、相棒だったリミアにも随分懐いていた。
二人で無茶したこともあり、良いコンビなのだろう。
強化の影響か本人の気質かは分からないが、同世代に比べてユーマは多少幼さは残る。
しかし、ユーマも立派な青年に成長したのだから、そろそろ恋の一つや二つくらい経験しても良いのかもしれない。
ただ、二人の関係は主人と忠犬といった表現が近いのだが。

「姐さん!」

評価試験を終えてメンテナンスに入った機体を見上げていた己の耳に、ユーマの溌剌とした声が飛び込んできた。
視線を移せば、数メートル先にユーマの姿が見えた。
姐さんという呼び方がすっかり定着してしまったリミアの姿が見えないが、恐らくユーマの影にいるのだろう。

「これから休憩かい?オレも行くよ!」
「アンタはジョニーと行けばいいじゃない」
「もちろんジョニーも誘うさ!ちょっと待っててくれ!」

二人で行っても良いのではないかと思いつつ、こちらに振り返ったユーマが元気いっぱいに手を振るのを見てしまえば、断ることもできないのだ。
駆け寄ってくるユーマに軽く頷き返すと、ユーマの手が己の腕を掴んだ。
そのままリミアの元へとグイグイ引っ張られていく。
結局、己を挟んで話す二人に苦笑を溢した。

「なぁ、姐さん、さっきのデータはもう出たのか?」
「解析途中よ。休憩時間中には終わると思う」
「解析が終わったら暇になるな。最近忙しくしていたし、リミアは少し仮眠を取った方がいい」
「ん~…そうしようかしら。早めに解析を終わらせるわ」

食堂に着き、日替わりのランチを頼んでテーブル席に腰をおろす。
ユーマを軽くあしらいながら端末を操作していたリミアが、欠伸を溢した。
PCでの作業の際にはよく掛ける眼鏡を外し、端末の脇に置く。
大きな瞳をパチパチとさせ、大きく伸びをした。

「疲れているな」
「久しぶりにずっと作業しているからね」
「疲れてるなら休むのが一番だぜ。あんまり無茶していると叱られるんだ」
「ふふふ、アンタは怒られてそうね。経験者の言葉は違うわ」
「エイシアなんかは困ったように笑うから、敵わなかったよ。無茶したなって多少は反省したもんさ」
「お前の無茶する癖は治らなかったな」
「ジョニー!昔よりはマシになったはずだ!」

わやわやと騒ぐユーマのやり取りを見て、リミアも無邪気に笑い返す。
かつてのキマイラ隊も、ユーマやイングリッドを囲んで賑やかに過ごしていた。
子どものようで子どもらしくないエースの卵たちを、ただの子どもとして過ごせるよう誰もが心を砕いていた。
家族として寄り添ったキマイラの面影を、こうした瞬間に感じられることは嬉しいことだ。
恐れていた事態が無事に終息し、ここまで己を導いてくれた彼女の存在は偉大だろう。
彼女の前を向く力強さには感服する。
己が認めた彼女を、キマイラたちも認めて付き従ってくれることになったのは、それも嬉しいことなのだ。

「なぁ、姐さんは本当に木星行かないのか?」

この一月の間に既に十数回は繰り返されているユーマの問いかけに、リミアは呆れたようにため息を吐いた。

「それはそうよ。木星なんて数ヶ月は帰ってこれないし、そもそもキマイラ隊に関係するものなんだから、部外者はいない方がいいわ」
「姐さんは部外者じゃないだろ?立派なキマイラさ」
「……それは褒められてるの?」
「もちろん!姐さんがオレたちの飼い主なんだろ?」

にっこりと無邪気に笑うユーマが、胸を張って答える。
微笑ましい光景だと思って眺めていた己に気づいたユーマが、ジョニーも何か言ってくれと怒った。
二人の話にこちらを巻き込むなと嗜めてみるが、ユーマには響いていないようだった。

「幻獣の飼い主って…そういう冗談は笑えないわよ…」
「そうかい?オレたちはジョニー以外だと、姐さんの言うことならちゃんと聞いてるし、従おうと思えるけどな」

すっかりキマイラの一員として馴染んでいるのは否定しない。
むしろ、気ままでプライド高いエースたちを纏め、指揮を取っているのは彼女の方だ。
己には、キマイラのトップとしての存在意義は求められているが、彼女の能力の高さに彼らも一目置いているのは理解している。
己が認めた彼女になら、彼らも従っている。
その現状を崩す気もないため、幻獣の手綱は彼女に預けたままでいるつもりだ。

「そうだな…事態が進んだのはリミアのお陰だからな」
「まさか…ジャブローでのこと言ってるの?」
「お前の無茶が無ければ、あれほどすぐには動かんかったさ」
「ほら!さすが姐さんだ!」

ユーマの明るい声が彼女を褒めれば、がっくりと肩を落として項垂れてしまった。
ため息混じりに端末を操作するリミアを見守れば、シミュレーションのデータ解析が済んだことを告げられた。
途端、ユーマの瞳が元気いっぱいに輝く。

「ジョニー!姐さん!シミュレーターに行こう!」
「ユーマ、リミアは休ませてやれ」
「休憩取らせてって言ったでしょ」
「そうだっけか…あ!良い場所知ってるんだ、行こう!」
「え?どこ行くのよっ」
「ジョニーの機体のコックピットさ!仮眠取ったらすぐに作業できるだろ?昔から、あそこは安心できる場所なんだぜ。よくイングリッドと二人で潜り込んで怒られたなぁ」

嬉しそうにリミアの手を引っ張るユーマは、彼女の抗議を聞き流している。
ますます子どもっぽくなっているような気がするのは己だけではないだろう。
彼を止めてよ!というリミアの怒ったような声が、懐かしさに浸っていた意識を呼び戻した。
彼女の小さな手が、しっかりと己の手を握っている。
ユーマに引っ張られるようにズルズルと後を付いていくと、途中でイングリッドに出会した。
養父の所に顔を出すと言って出掛けたはずだが、もう帰ってきたのか。

「イングリッド!お前もシミュレーションに付き合わないか」
「良いけど…何なの、その状態は」
「よし!行くぞ!」
「はぁ!?」

問答無用でイングリッドの手を掴むと、ユーマは駆け出した。
引き摺られるリミアをどうにか支える。
文句は言い合っているが、まるで兄妹のように育った二人の成長した姿には目頭が熱くなった。

「……お前は何をしてるんだ」
「おっさんも一戦やるかい?」
「生意気な小僧の躾は、リミア嬢に委ねている」
「姐さんはあんまり怒んないさ」
「…お前はもう少し淑女の扱いを覚えた方がいいな。いつまでもガキではジョニーも苦労するだろう」
「はぁ?」

そこでようやく背後を振り返ったユーマは、びくりと肩を竦めた。
無理なペースで走らされたリミアの説教が、昼下がりの格納庫によく響いた。
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