天才は幼馴染と野球から逃げられない②



「藤堂、千早」


 放課後のホームルームが終わって、部活に行く奴らだったりで人数が減った教室。ほとんどが帰宅の準備をしている中、透き通った声に一斉に視線が教室の扉に集まる。そこに立っていたのは雲母で、つい動揺してしまい、口をぽかんと開けて呆然とした。女子の黄色い歓声に現実に引き戻され、手から滑り落ちた筆箱を慌てて掴む。
 あー、そう言えば雲母と同じ学校に通っているんだった。
 同じクラスじゃないから実感がわかない。つーか、俺何かしたか。思い当たる節がない。あれから俺と雲母は特に仲が良くなったわけでも直接関わりも無く、それでも出向いてくれたことにニヤけそうになるのを押さえこんで、雲母を見る。

「こい」

 雲母はただ一言そう言って、廊下に姿を消した。隣の席の千早と顔を見合わせ、何の用だと疑問に思いつつも拒否する理由もない。教室中の好奇の眼差しを向けられながら、俺と千早は雲母の後を追うように廊下に出た。


「げ」


 廊下を出た先に待ち構えていたのは、山田の背後に隠れるようにべったりとくっつく要と、むすっとした顔をした清峰だった。心なしか山田は申し訳なさそうにしている。呼び出した雲母に至っては、窓の外に浮かぶ雲を眺めている。
 それで何となく察した。俺達は雲母を餌に誘き寄せられた。チラチラと視線を送る要を代弁して、山田が親睦会も兼ねてこのあと要の家で遊ばないかと誘ってくるが、自分で言わない要にイラつく。家族が不在だとか、PS4があるだのとプラカードを掲げて訴えかけられるが、そもそも口で言えよ。
 それにしたって、俺は昨日直接言ったはずだ。面が見たくないと。できればこの二人に近づきたくない。

「千早、藤堂」

 何度も雲母に悪いが後を去ろうとした瞬間、清峰に名前を呼ばれて足が止まる。嘘だろ、本当に名前を覚えられていた。衝撃のあまり振り返って清峰を見れば、その手にあるのは俺達の名前が書かれた個々の紙袋。疑わしく思いながら手渡された中身を覗くと、生パッケージのAVだった。しかも、それは俺の趣味嗜好ドストライクで。清峰の兄貴の選定らしい。

「真白はこれ」
「ん、いつもありがとう。葉流火も今度一緒にみよ」
「はっ、ハァ!?」

 またしても俺は衝撃を受けた。雲母の分も用意されていたらしく、素直に紙袋を受け取った雲母にもそうだが、い、一緒に視聴する…だと。何なんだこの幼馴染は。幼馴染だとそういうことも共有するのか。いや、雲母も健全な男子高生だ。雲母にも色々な癖があるだろうが、刺激が強すぎる。もしかして、既に雲母と清峰はあれこれする仲なのだろうか。
 俺も雲母と幼馴染だったら――と、要らぬ妄想を掻き消して雲母の肩をがっしりと掴む。ぎょ、と目を見開いた雲母が、俺を見た。


「き、雲母サン!?なな、何を見ていらっしゃるか聞いても?」
「ズートピアだよ」


 ――あ、解釈一致だ。AVといってもアニマルビデオだった。掴まれた肩を鬱陶しそうに眺める雲母に若干傷付きながら、ほっと胸を撫で下ろす。俺達のように致す雲母はそれはそれで興奮するが、雲母には純潔であってほしい。
 お前は?と訪ねてくる雲母に俺は、101匹わんちゃんと即答する。俺も昔見たことがあると、雲母は目を柔らげた。うんうん、かわいいよな。わんちゃん。つい、脳内で妹に接するようににこやかに微笑んでしまう。この時ばかりは、清峰とその兄貴に感謝した。



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