天才は幼馴染と野球から逃げられない②



「ヤマちゃんおはよー…」
「……おはよう」
「要君、雲母君おはよう!――って、やつれてどうしたの?」


 翌日の朝、密かに雲母君から挨拶してくれたことに喜びを噛みしめていると、遅れて要君の顔が酷くやつれていることに気付く。今まで誰も触れてくれなかったのか、要君は聞いてよ、とぱっと顔を輝かせて僕目掛けて突進してきた。聞けば、藤堂君と千早君に嫌われてると考えて昨晩一睡もできず寝不足らしい。
 午前3時にツイートした呟きにもいいねが3つしかつかず、まるでメンへラ彼女のように、俺のこと好きだよね?としつこく聞いてくる要君は朝からすごく元気だ。しかも、そのうちの一つのいいねは雲母君らしい。何だか雲母君がSNSをやっているのが意外で、僕はふと頭をよぎったことを聞くことにした。

「雲母君って何かゲームしてるの?」
「あー…ツムツムはしてる。圭に毎日ハートおくってる」
「ツムツムしてるんだ!結構難しくない?」
「ハート送り合うゲームだから簡単だよ」
「え?」

 僕がツムツムを知らないと配慮してか、ほら、と雲母君の見せられたスマホの画面を見ると、まさかのプレイヤーレベル1だった。その真下に表示された、カンストに近い夥しいハートの数。勿論、ランキング一位に鎮座するのは要君だ。清峰君の名前もあるけど、スコアは0。
 本当に、雲母君は要君がゲームをプレイできるように毎日、健気にハートを送っていると考えると涙が出た。
 こんなの、僕の知っている遊び方じゃない。

 傍らで要君が超つらいとか嘆いているけど、僕は雲母君が違う意味で心配になった。もっとこう、何と言うか。指摘してあげればいいのか僕にはわからない。雲母君がそれでいいならいいけど。
 さて、問題は要君だ。
 過去に起きた現実は変えられないけど、今僕達は同じ学校に通っていて、関係ならいくらでも変えることができる。

「だったら親睦深めるために、授業後遊びにでも誘ってみれば?」
「いいじゃん、それ!ヤマちゃん誘ってきてよ」
「え、なんで?」

 名案だ、見たいな顔から絶望に突き落とされたような表情を浮かべる要君。いやいやいや、当然だろう。要君が仲良くなりたいのだから、要君が自分で誘うべきだ。どうしよう。出会って三日目だけど、要君は勿論、雲母君も清峰君も理解するには少し時間がかかりそう。

「あ、それなら僕よりも雲母君が行った方が効果あるかも」
「俺?」

 うん、と頷いて思い浮かべるのは、昨日の藤堂君だ。
 藤堂君が要君と清峰君に向ける厳しい視線と、雲母君に向ける視線はあきらかに違っていた。それだけじゃない。雲母君に声を掛けられて、藤堂君の肩が目に見えてビクついて驚くのを目撃してしまったし、眉間に寄った皺が和らぐのも見た。
 多分きっとそれは、純粋に一人の選手として尊敬とか、憧れに近いものだ。雲の上の存在のような人がいざ急に前に現れて、憧れの人を前にしたら声が出なくなる。恋い焦がれ、素直に想いを伝えられずそっけない態度をとってしまう、思春期を迎えたばかりのような不器用な人だ。
 だからこそ、雲母君は適任だ。

「……期待するなよ」

 大丈夫だよ、雲母君。千早君は分からないけど、藤堂君はきっと頷くに違いない。

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