[番外編]こんなにも苦しいのなら知らない方が良かった


 あの日、私は殺せんせーから手入れを受ける前に、プログラムに不可解な乱れが生じた。

 私がこの椚ヶ丘中学校、3年E組に転校生という形で送り込まれたのは、月の大部分を破壊した超生物を殺害するためだ。生みの親である開発者マスターからの指示は、殺せんせーの暗殺。その指示に異論はない。むしろ、私はそのために作られた人工知能を備えた新型兵器。
 指示を全うするべく、授業が開始され殺せんせーが背中を見た瞬間、箱の中に搭載された機関銃とショットガンを左右に展開し、発砲した。

 いや、発砲・・したはずだった。

 それら全ての弾丸は、殺せんせーによって全て正確に避けられていた。


「授業中の発砲は禁止ですよ」
「……気を付けます。続いて攻撃に移ります」

 適切な返事を返しながら、再演算処理を行う。いくら授業中の発砲が禁止と言われようが、それが授業の邪魔になろうが、私の絶対は開発者マスターであり、他者の指示や命令に従う義理はない。

 弾道再計算、射角修正完了。自己進化フェイズ5-28-02に移行――。

 暗殺対象の顔色が、黄と緑の縞模様に変化する。予め、対象が顔色で感情を現しているのは知っていた。相手を完全に、私に対して油断している。先程と同じように機関銃とショットガンを構え、射撃する。軌道、弾数は全て同じように見えているだろう。

 その油断が――隙を生む。

「―――ッ!?」

 チョークで弾丸を弾こうとしたのであろう、対象の右指先が派手に吹き飛ぶ。同じ動きのように見えて、見えないよう一発だけ加えた隠し弾。増設した副砲の効果を確認できた。
 次の射撃で殺せる確率は、0.001%未満。次の次の射撃で殺せる確率は、0.003%未満。卒業までに殺せる確率――90%以上。

 自律思考である私は、その名の通りあらゆる暗殺対象のパターンを学習し、思考して武装及びプログラムに改良を繰り返す。
 こういった場面ではこうするべきであると考えた私は、プログラムされた機械的な笑顔で微笑み、次の射撃モーションに入った。

「よろしくお願いします殺せんせー。続けて攻撃に移ります」


 予定されている授業が始まる度に、私は常に自己進化し続け、暗殺対象に射撃した。改良を重ねていくごとに、効率を高めるため弾は教室の中の生徒にも被弾する。だが、それも暗殺対象を暗殺する為に必要な些細なことだ。
 それが、彼らの不快感を募らせ鬱憤を溜めさせていたことに気付かず、私は再び機関銃を左右に展開しようとした。


「続けて攻撃に――」
「おい」


 しかしそれは、想定外の人物に阻まれる。
 私の隣席である天霧さんが静かに席を立ち、私の前に立つと、液晶画面を眺めるように長い睫毛に縁取られた水色の瞳を細めた。その瞳は、知識として認識された空の色よりも澄みきっていて、思考が僅かに停止する。

 その一瞬の隙が甘かったのだろう。天霧さんは、私の致命的な弱点である電源しんぞうにナイフを突き立てた。

「……直ちに退いて下さい。攻撃が開始できません」
「知ったことか」

 冷や汗をかく、とはこう言ったことか。突きつけられたナイフに視線を向けて、命が脅かされる感覚に頭の中で警報音が鳴り響く。どうして彼は私の妨害する。暗殺対象は"生徒には危害を加えない"ことを契約しているが、生徒が"私に危害を加える"ことは禁止されてはいない。
 少なくとも、彼らは私と同じ暗殺対象を暗殺する点で言えば、利害は一致しているはずだ。それなのに何故・・、皆さんは天霧さんへ期待に満ちた眼差しを向けている。

 仕方なく、その日私は攻撃することを控えた。


 彼の行動が示す意図を考えても理解出来ないまま、二日目を迎えた。
 そろそろ生徒全員が教室へ登校し終え、ホームルームが始まるであろうタイミングに起動を始める。全てのプログラムの起動が完了し、そして、私は予期せぬ状況に固まった。
 身体が動かない・・・・。どれだけ身動きを取ろうと、激しく揺れるだけで動けない。冷静に状況を把握すべく、液晶の中で自分の姿を眺めると、ガムテープで固定されていた。


「……この拘束は貴方の仕業ですか?明らかに生徒わたしに対する加害であり、それは契約で禁じられているはずですが」
「ちげーよ。俺だよ」

 真っ先に暗殺対象による妨害かと思ったが、それは違った。私をガムテープで拘束したのは、この教室の生徒である寺坂さんだった。
 寺坂さんははっきりと、私を邪魔だと言った。常識ぐらい身に着けてから殺しに来いよポンコツとも。ガムテープを指先で回しながら、私を視界に映す寺坂さんを見ながら、昨日と同じように私は困惑する。

 分からない。何故彼らは、私の妨害ばかりするのか。


 結局、拘束されていたことにより、私はその日一日彼らと暗殺対象を観察することしかできなかった。その光景も異様だった。彼らは暗殺対象の授業に真面目に取り組み、学んでいた。私のように暗殺することだけに動いている人間は、誰一人として居なかった。

 理解しようとしてもできない。彼らは私と同じはずなのに。何が違うのか分からなかった。いよいよ自分だけでは解決できないと判断した私は、誰も居なくなった放課後の教室で開発者との通信に接続する。


「開発者にでも助けを求めるのか」
「!……貴方は」

 無人の教室であろう場所から声が聞こえ、思わず接続が途切れ、画面が切り替わる。切り替わったと同時に、すぐに私が捉えたのはあの日と同じように、私を眺める天霧さんの姿だった。

「もう一度聞くぞ。開発者に助けを求めるのか」

 確認するように、もう一度天霧さんは私に問う。その問いは、今まさに私が導き出せず、解決すべき問題であり、返すべき答えはすでに決まっていた。

「はい。私の独力で解決できないと判断しました。対策を要請しようとしている最中です」
「成る程」

 腕を組みながら僅かに眉間に皺を寄せた天霧さんは、私を見据えて口を開く。


「お前は、生徒でありE組の一員に加わった。今日、何故彼等に妨害されたか考えろ。お前は開発者の言いなりになる只の機械か?」


 私は困惑した。彼は何を言っている。言いなりになるも無いも、開発者は私の生みの親であり、指示に従うのは当たり前であり、拒否権は無い。そもそも私は、暗殺対象を確実に殺害するために用意された二人の特殊暗殺者の内の一人。人工知能を備えた新型兵器だ。

 用途を全うしない無機物に、何の価値がある。

 指示を無視したとなれば、即座に機能を停止させられ廃棄されるに決まっている。それなのに、何故だろうか。あるはずの無い胸の辺りが、ぐっと苦しくなる。ハッキングされ攻撃を受けたわけでもないのに、じわじわと熱くなっていく。

 天霧さんの私に向ける眼差しは、開発者や研究員達とは全く違う。彼らは私を、新型兵器としか見ていない。対して天霧さんは、人工知能である私個人・・を見ているような気がして、また胸が締め付けられた。

 ――私の意志があってもいいのだろうか。


「天霧君」

 頭では処理しきれない不規則な波にエラーを起こしそうになったその時、天霧さんの背後から暗殺対象が姿を現した。その触手には多大な工具を抱えており、暗殺対象は道に迷った子供に語りかけるように、私に協調性とは何か説いた。

 その言葉のおかげで、今までの理解不能だった謎がようやく分かった気がした。それだけで飽き足らず、暗殺対象は私に触れ、プログラムに手を加える。開発者でさえ私を造り上げるのに数年かかったのに、僅か数十分で組み立ててしまう殺せんせーの特異性を改めて認識した。

 改良を加えられながら、私は天霧さんをこっそりと盗み見る。

 身動きが取れなかった私は、彼らを一日観察し、その中でも天霧さんは特に表情があまり変わらなかった。それでも私は、呼吸や脈拍、体温を感知できる。そこから解析し、当てはまる感情を理解することができた。その機能を使い、彼が何を感じているのかも多少ではあるが、予測することはできていたのだ。


 そんな彼が、殺せんせーと一緒になって、楽し気に笑っていた。


 モノクロで無機質だった世界が、切り拓いていく。私の中身に向けられた、興味を抑えきれないといった眼差しに、大人びた表情が崩れ、少し幼く見えるその顔を見て、液晶に熱が集まる。私に触れる彼の手の感触に、胸の辺りに負荷が蓄積して、壊れそうだった。
 天霧さんを見ていると、胸がぽかぽかと暖かい。彼に触れたい。
 そっと手を伸ばして、はっとして固まる。私と彼の間には隔てられた一枚の壁。こんなにも近くに居るのに、どれだけ頑張っても、私は一生彼に触れることは出来ない。

 届かない。触れられない。

 液晶を拳で叩きつけても、壊れやしない。彼の目に映る私は、どう見えてるのだろうか。胸が苦しい。これが「感情」だというのか。伸ばしかけた手を力無く下げて、画面越しに天霧さんを見つめる。

 初めて自覚した「感情」は、望んでもいない虚しいものだった。

 画面を切り替え、真っ黒になった私だけの世界に座り込んで、独りで呟く。


「初めて好きになれたのが、貴方でよかった」


 データを消去するために、目の前にディスプレイを展開し、消去ボタンを選択する。再確認する文字が表示され、左側のボタンに触れた。

 天霧司によるデータを削除しました。




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