元生徒副会長は自覚する



「全く、肝が冷えたぞ」

 ヘリポート上に引き上げられたのと同時に、俺を見て烏間先生が安堵の息を吐く。座り込んで見上げるが、先生の顔色は良くなかった。

 それは、そうだよな。目の前で人が落ちそうになったのだから。
 申し訳なく思い、俺は頭を深く下げる。


「すみませんでした」
「過ぎたことだ。気にするな、と言いたいところだが、帰ったら説教だ」

 先生は、頭を下げている俺の頭をぐしゃ、と一撫でして、ポンッと軽く叩いた。続けざまに何かを破く音がして、顔を上げると先生が着ていた服の裾を引き裂いていた。

 呆然とソレを眺めていると、先生は俺の脹脛に巻き付けて応急処置を施す。


「俺が着ていた服で申し訳ないが、気休めだ」
「いえ、とんでもない。ありがとうございます」

 ふと、カルマの賭けの内容が脳裏にチラついた。

 決して容姿が似ているという訳ではないのだが、心の芯はそっくりだ。足先に居る烏間先生が、父親の姿が重なって見えて仕方がなかった。


「先生は、父のようだ」
「な、に?」

 はっとして口を押えるが、遅かった。まじまじと俺を凝視した後、少し固まって烏間先生は目を逸らす。まずい、言うつもりは無かった。

 こんな状況で、ただ困惑させるだけだ。


「……こんなに大きな息子を、育てた覚えはないぞ」

 予想外の返答に一瞬、俺は動揺する。もっと呆れて、拒否されると思っていた。


「下に戻るぞ。覚悟しておいた方がいい」
「……?はい」

 烏間先生に忠告されて、徐に頷く。頷いたのはいいものの、敵を撃破した今、俺は何を覚悟すればいいのか分からなかった。



「…――この、馬鹿!!」
「いッ゛、な、何だ潮田。まだ怒りが収まらないのか?」

 下に居た皆が掛け直した梯子で降りるなり、俺は潮田に頭を絶妙な力で叩かれた。痛くはない。決して、痛くはないのだ。

 本気で分からないの?と、問われ、ああ、と答える。

 何ださっきから。
 俺は、心が読めるわけでもなんでもない。


「司って、ホントは馬鹿だよね」
「うん。僕もそう思うよ」

 顔を歪めた潮田は、カルマと一緒になって不機嫌そうに口を開いた。カルマも潮田も、さっきから何にそんな苛立っているんだ。


「烏間先生と話してるの見て思ったけど、天霧君は何に対して申し訳ないと思ったの?」
「目の前で人の死に際を見るなんて、気分の良いものではないだろうな。そう思った」


 そう、それだけ。
 思ったことをそのまま伝えると、潮田は、はぁと大きく溜息を吐いた。

 こんな態度を取られ続けると、流石に俺も癇に障る。


「先程からお前達は何だ。何かあるなら、」
「――心配したんだよ!!」


 真下から見上げられ、ぐっ、と言葉に詰まる。


「僕達は、君が落ちて行くのが心配だったんだよ!!」
「は、?」

 声を荒げて怒鳴る潮田の目には涙が溜まっていて、出かけた言葉が喉の奥に引っ込んだ。

 俺を、心配した?


「渚君の言う通りです。天霧君、君は自覚するべきです。君は自分が思っているより、周りに影響を与え、慕い、想われている」
「っ……」

 ギュッ、と心臓が苦しくなった。疼いて、煩いくらい跳ねて騒がしい。込み上げてくるものを、必死になって抑え込む。

 誰かに心配されたの何て、いつ振りだろうか。


「悪かった」
「……何に?」

「…心配かけて、悪かった」


5/11ページ
スキ