元生徒副会長は自覚する
「おーおー、かっこいいねぇ」
一度俺達を見た潮田は、上着を脱いでスタンガンを手に取る。しかし、潮田はスタンガンを腰に仕舞ってナイフを構えた。
冷や汗を垂らし不安げに見上げる茅野に比べ、鷹岡はニヤリと笑う。
「ナイフ使う気満々で安心したぜ。ああ、そうだ。薬の予備なら三回分ほど待っている。俺に勝ったら渡してやるよ」
「何!?」
潮田の前でゆらゆらと揺れ動くのは、今俺達が喉から手が出るほど求めている治療薬。まだ、希望はあった。早くアレを奪って、皆を苦しみから解放させたい。
ゴクリと喉を動かし、柵に足を掛ける。
「おっと、下の奴が邪魔をしようものならコイツも破壊する」
「くっ……!」
それだというのに、鷹岡は面倒な条件を付き付けた。
一度ならず、二度までも。
静まり返った空間に、アイツが烏間先生に伝えた言葉が嫌でも耳入る。潮田の生命が危機と判断したら、迷わずに鷹岡を――撃て、と。
烏間先生の表情も、真剣そのもの。
「グ、ガハッ!」
「おら、どうした。殺すんじゃなかったのか?」
前回と同じように、潮田が距離を詰める。だが、攻撃が届く前に鷹岡の強烈な蹴りが、潮田の腹部を襲った。最初から相手を警戒し、構えを取る。
ナイフを捌き、蹴りを繰り出すと、躱して殴られる。
「へばるなよ。今までのは序の口だぞ。さぁて、そろそろ俺もコイツを使うか。手足斬り落として、標本にしてやる。ずっと手元に置いて愛でてやるよ」
「烏間先生、もう撃ってください!!渚が死んじゃうよ!!」
誰がどう見ても、潮田が圧倒的に不利だ。悲痛な声で茅野が訴えかけると、寺坂が手を出すなと制止する。
「まだ放っとけって?そろそろ俺も参戦したいんだけど」
「はッ、カルマ。テメェは練習サボってばっかで知らねぇだろうがよ、まだ何か隠し玉を持ってるよーだぜ」
――渚のヤツ。
言い終えた後、咳込む寺坂から視線を外し、カルマは潮田を見る。尻餅をついていた体勢から立ち上がり、深く深呼吸をする。
瞬間、潮田の纏う気配が変わった。俯いていた顔を上げ―――。
そして、潮田は笑った。
「これって、前と同じ」
潮田は笑みを浮かべながら、歩くように鷹岡と距離を詰める。一度の敗北から、鷹岡は潮田を最大限に警戒していた。
それなのに、何故だ。
得体のしれない恐怖が、身体中を駆け回っていた。
「クソが!同じ手は二度と――?」
ナイフが間合いに入った途端、空中に置くように捨てられたナイフを視線で追う。視線誘導、また小細工か、と鷹岡は意識を高める。
だが、どれも違った。
パァンと、目の前で両手が叩かれる。
「何が、起きッ、て」
ただの、猫だましのはずだ。それなのに、神経が震え身体が後ろに仰け反り返る。潮田はその隙に、腰のスタンガンに手を伸ばし、電流を流した。
痺れる電流に鷹岡は膝をつき、とめどなく涎を垂らす。
「止め刺せ、渚。首辺りにたっぷり流しゃ、気絶する」
「や、やめろ」
辛うじて意識を保つ鷹岡の顎を、潮田はスタンガンで持ち上げる。今から何をされるのか悟った鷹岡は、怯えて身体を震わせた。
「…――は、ははは!!」
途端、鷹岡は気が狂ったのか高笑いを始めた。
「どうせなら道連れだ。ウイルスに感染した奴等は、これで助からない!」
「ッ、」
空中に放り投げられた、予備の治療薬。この高さから落下すれば、間違いなく壊れてしまう。せっかく見つけた、最後の希望。気付いたら俺は走り出し、その勢いのまま柵に飛び乗り、鷹岡の真横を通り過ぎていた。
…ふざけるな。何が道連れだ。
「そんなこと、俺がさせない!」
手摺りから身を乗り出し、治療薬に手を伸ばす。頼むから間に合え。必死の思いで上半身を浮かせて、ようやく掴み取る。
これで、皆が助かる。上半身を起こそうと、力を込めた時だった。
「―――?」
突然、足に違和感を感じた。生温い何かが足を伝う。ゆっくりと視線を足にずらすと、鷹岡の持っていたナイフが、俺の脹脛を切っていた。
あの状態で投げたのか。往生際の悪い。
冷静な脳内とは反対に、足場の力が抜けて、前のめりに倒れ込む身体。
「天霧君!!」
潮田の叫ぶ声と、誰かの悲鳴が聞こえた。
心臓がふわり、と宙に浮かぶような感覚に瞼を閉じる。紐が無い度胸試しだと思えば、自然と恐怖はやってこない。
せめてもと、俺は治療薬を片手で強く握り締める。
…ああ、俺は。
「…――俺の腕を掴め、天霧君!!」
「せん、せ」
誰かに強く腕を掴まれた感覚に、目を見開く。俺が落ちるまで数十秒も無かったぞ。本当に、俺達の教室は規格外な先生しかいない。
伸ばされた烏間先生の腕を、グッと掴んだ。