元生徒副会長は自覚する

「よーし、やっと本心を言ってくれたな。父ちゃんは嬉しいぞ」
「クソッ!!」

 ヘリポート上で好き勝手に蹴られる潮田を見て、ギリギリと拳を握る。今すぐにでも、あの男を地上に引き摺り降ろして、殴り飛ばしたかった。

 それでも黙って見守るしか出来ない状況に、握り締めた拳に血が滲む。


「褒美に、あのウイルスで死んだらどうなるか教えてやろう」

 機嫌を良くした鷹岡が、踵を返してスーツケースを持ち上げる。妙に胸騒ぎがする。先程の嫌な予感は、コレのことか。

 冷や汗が、静かに頬を流れていく。


「スモッグの奴に画像を見せてもらったんだが、笑えるぜ。全身デキモノだらけ。顔面がブドウみたいに腫れ上がってな」
「…まさか」

 そう言うと鷹岡は、治療薬が入ったスーツケースを空中に放り投げる。


「…見たいだろ。渚君?」
「やっ、――やめろおおぉぉッ!!」


 烏間先生の叫ぶ声を聞いて、俺は目を見開く。


 それは、一瞬だった。
 鷹岡が手元のリモコンのスイッチを押し、膨張するスーツケース。響き渡る爆発音。

 ケースは呆気なく破裂し、唯一の希望だった治療薬の中身が、俺の頬に付着した。


「う、そだろ」

 地面に割れ落ちた、粉々のビンに触れる。液体が残っていないか確認したが、破片で指を切り、
血と混ざりあった液体が地面に広がるだけ。

 治療薬を失った今、待っている皆を救うことが出来ない。


「あはははははッ!そう、その顔が見たかった!夏休みの観察日記にしたらどうだ?お友達の顔面がブドウみたいに化けていく様をよ!!」
「――貴様ァ!!」

 高笑いする鷹岡を見て、頭が真っ白になった。怒りで身体は震え、鷹岡に抱く殺意が殺せと脳に指示を出す。


「降りて来い、俺が直々に貴様の人生に終止符を刻み込んでやる!!」
「落ち着けって、司」

 一歩前に足を踏み出すと、カルマが両腕で俺を拘束する。


「離せカルマ」
「やだね。動かないで」

 何故止める。無理やり抜け出そうにも、強く押さえつけられて身動きができない。仲間内で争うのは嫌いだが、仕方がない。

 鳩尾を殴ろうと腕に力を込めた途端、さらに力が加わった。


「俺だってさぁ、頭に来てんだよね」

 怒りのこもった低い声が、耳元で囁かれる。
 鷹岡にばかり気を取られていて気付かなかったが、俺の背後に居るカルマは、視線で人が殺せそうなほど殺気立っていた。


「それに見てみなよ」


 見ろ、と言われて上を見上げる。

 ギラギラと怒りが冷めない様子で鷹岡を睨み付ける潮田。ただ見ていることしか出来ない俺達よりも、目の前で対峙する潮田が怒りを感じないわけがない。

 問題なのは、手元にあるナイフ。
 視線がソレ・・を捉えた瞬間、思わず俺は呆然とする。


「調子こいてんじゃねーぞ渚ァ!!テメェもだ、天霧ィ!!」
「ッ、何をする!」

 ゴン、と潮田に目掛けて投げられたスタンガン。スタンガンは見事に潮田に命中し、潮田は呻く。ぽかんとそれを眺めていると、寺坂に頭を強く叩かれた。

 いつの間にかカルマの拘束は解かれ、頭を擦りながら俺は寺坂の方へ振り返る。


「っ、は!何もクソも、ねェ。そんなクズでも、息の根止めりゃ殺人罪だ。お前ら怒りに任せてよ、百億のチャンス手放すのか?」
「――寺坂、お前まさか!」

 激しい剣幕で寺坂は、肩を上下させて、苦しそうに荒い息を繰り返す。間違いない。ウイルスに感染された症状だ。一体、いつからだ?


「寺坂君の言う通りです。その男を殺しても何の価値もありません。こんな男は、気絶程度で充分です」
「おいおい、水を差すんじゃねぇ。本気で殺しに来させなきゃ意味が無ェんだ」

 崖を登る時も、敵を拘束する時も、寺坂は体調が悪い素振りなど全く見せなかった。クソ、俺は病人に無理をさせていたのか。

 そんな焦る俺に目を移し、フン、と鼻で嗤った途端、寺坂は力が抜けたように崩れ落ちた。


「おいッ、寺坂。しっかりしろ!」
「る、せぇ馬鹿が。見るならあっちだ」

 寺坂の身体を支えると、掌に熱い熱を感じた。じわりと纏わりつく汗が、呼吸に合わせて肌を伝って流れていく。

 何が馬鹿だ。馬鹿なのは、お前だ。


「やれ、渚」

 荒い呼吸を繰り返しながら、寺坂は真っ直ぐ鷹岡を指差した。


「死なねぇ範囲で、ぶっ殺せ」



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