元生徒副会長は自覚する

渚side


「待て」


 鷹岡先生の要求に、覚悟を決めて向かおうとした時だった。天霧君が僕の肩を掴んだのは。ゆっくりと振り返って、僕は天霧君を見る。

 ああ、まただ。

 天霧君は時折、何かに縋りつくような物憂げな表情を浮かべる。


「潮田、」
「大丈夫だよ」

 僕はそれが心配だった。

 何かを堪えるような苦しそうな表情の先には、いつも危険を伴う光景が広がっている。


 確かアレは修学旅行の時だ。

 神崎さん達を攫おうとした高校生から、カルマ君と一緒に天霧君は僕達を守ってくれた。殴られた僕は何も出来なくて、ただ蹲っていた。

 天霧君の額から流れる血を見て、心がざわつく。


「話を合わせて、治療薬を壊さないよう渡してもらうよ」

 いつだってそうだ。
 僕がまだ本校舎に居た時も、彼は困っている周囲の人間に手を指し伸ばしていた。天霧君は他人の為に行動しても、自分の為に行動しようとしない。

 何か考えている天霧君の手を、傷付けないように優しく外す。


「やっと来たか。この梯子はもう必要ないな」

 僕がヘリポートの上まで昇りきると、鷹岡先生は梯子を放り投げる。これで、僕と先生だけの舞台が整った。
 固唾を呑む僕の足元に、一本のナイフが滑ってくる。


「待ってください鷹岡先生。闘いに来たわけじゃ無いんです」
「だろうな」

 良かった、分かってくれたんだ。

 僕は、期待して俯いていた顔を上げる。だけど、僕の目に映ったのは傷だらけの頬を吊り上げる鷹岡先生だった。


「けど、闘わなければ俺の気が晴れない。ああ。その前にやる事やってもらわなくちゃな」
「え?」

 ニィ、と不気味な笑みを浮かべて、鷹岡先生は地面を指差す。


「謝罪しろ。土下座だ。実力が無いから卑怯な手で奇襲した。それについて誠心誠意な」
「ッ、」

 ああ、駄目だ。話が通じない。この手の人は、下手に反論せずに従うのが一番だ。何回も僕は、それを経験して来た。


「僕は実力が無いから、卑怯な手で奇襲しました。ごめんなさい」

 その場に膝を付き、頭を下げながら先生へ謝罪する。


「おう。その後で偉そうな口も叩いたよな。出ていけとか。ガキの分際で大人に向かって、生徒が教師に向かってだぞ!!」
「先生に生意気な口を叩いてしまい、すみませんでした」

 謝罪を口にしたと同時に、頭に加わる重み。ごめんなさい、と謝罪を続ければ何度も、何度も頭を蹴り続けられる。

 蹴られながら、僕は口元に笑みを浮かべた。
 こんなことで気が済むなら、いくらでもやる。君がしてくれたように。


 だから、僕は大丈夫だ。



2/11ページ
スキ