元生徒副会長はプロの暗殺者と対峙する



「おい、アレって」
「ああ。どうみても殺る側の人間だ」

 五階の展望回廊に差し掛かったところで、立ち止まるように烏間先生がサインを出す。死角から覗くと、窓ガラスに凭れ掛かる男が一人いた。

 先生を支える腕に、力が入る。今までの相手とは格が違う。隙が―――全く無い。


「つまらぬ」


 たった一言、男が呟いた途端に窓ガラスに罅が入る。有り得ない。一体どれだけの握力をしているんだ。


「足音を聞く限り、手強いと思える者が一人も居らぬ。精鋭部隊出身の引率の教師もいるはずだが、スモッグのガスにやられたようだぬ」

 出て来い、と男は静かに指を折り曲げる。バレているのならば、仕方がない。俺達は、警戒を強めながら男の前に出た。

 見るからに強者だとは分かるのだが、どうしても思ったことがある。


「"ぬ"多くね、オジサン?」
「その語尾の、"ぬ"は必要あるのか?」

 カルマと言葉が重なり、顔を見合わせる。やはり、そう思っていたのは俺だけでは無かった。他の皆からもグッ、と親指が立てられた。

 男によれば、"ぬ"を付けることによって侍っぽい口調になるから試していたそうだ。


「間違ってるなら、それでも良いぬ。この場の全員殺してから"ぬ"を取れば恥にもならぬ」
「……素手。それが貴方の暗殺道具ですか」

 威圧感を漂わせた男が、関節をゴキゴキと鳴らす。その界隈では、身体検査に引っ掛からない素手は需要があるらしい。


「強い敵と戦えると思っていたのに、お目当てがこのザマでは試す気も失せた。雑魚ばかり一人で殺るのも面倒だ。ボスと仲間を呼んで皆殺し―――ぬ」

 目を見開いた男が、真横を見る。雑魚だと思っていた一人が、観葉植物を片手に不敵な笑みを浮かべながら立っている。

 連絡をしようと取り出した携帯は、窓に叩き付けれ粉々だ。


「ねえ、オジサンぬ」


 得体のしれない感覚に、男は僅かに距離を取る。


「意外とプロってフツーなんだね。ガラスとか頭蓋骨なら俺でも割れるよ。ていうか速攻仲間呼んじゃうあたり―――中坊とタイマン張るのも怖い人?」

「よせ、無謀――」
「ストップです、烏間先生」

 カルマを止めようとした烏間先生を、アイツが制止する。確かに、以前のカルマなら誰が相手でも余裕の態度をとっていた。

 しかし、今のカルマは違う。

 真っ直ぐ相手を正面から観察し、出方を窺っている。


「いいだろう。試してやるぬ」


 今のカルマは―――間違いなく、強い。



「柔い。もっと良い武器を探すべきだぬ」
「必要ないね」

 カルマが観葉植物を振り下ろすと同時に、戦闘が開始される。御自慢の握力で武器を破壊されてもなお、カルマは狼狽えない。

 即座に観葉植物を投げ捨て、伸ばされた男の腕を捌く。


「……すごい。全部避けるか捌いてる」
「烏間先生の防御テクニックですねぇ」

 やはり、カルマの戦闘能力はE組内で群を抜いている。男に一切の隙を見せていない。


「……どうした?攻撃しなくては、永久にここを抜けられぬぞ」

 防御に徹するカルマに、男は一旦攻撃の手を止めた。確かにこの男を倒さなくては、先へは進めない。


「どうかな~?アンタを引きつけてる隙に、皆がちょっとずつ抜けるってのもアリかと思って」

 カルマも構えていた拳を降ろし、後ろにいる俺達を親指で指す。作戦としては、大いに有りだ。そう告げるカルマを、無言で見据える男の表情が曇る。

 強者と戦うことを望む男だ。心中不満が、溜まっているのだろう。


「安心しなよ、そんなコスいことは無しだ。今度は俺から行くからさ。アンタに合わせて正々堂々、素手のタイマンで決着つけるよ」
「良い顔だぬ、少年戦士よ」


 正々堂々と、か。

 カルマが言うと、胡散臭くなるのは何故だろうか。だが、それに気を良くした男が笑みを浮かべながら再び構える。


「お前となら、やれそうぬ。暗殺稼業では味わえないフェアな闘いが」

 瞬間、カルマの蹴りが男を襲う。ガードをした腕の反対から、目を潰す容赦ない突きを繰り出す。先程の戦況と打って変わって、男が防御に徹する。

 ―――そして、脛に蹴りが決まる。
 鋭い痛みに、男は膝を付きながらカルマに背後を見せた。


「―――は?」
「カルマ君!!」

 勝った、と誰もがそう思ったいた。背を向けた男が懐からガスを噴射し、カルマが崩れ落ちる。


「長引きそうだったんで、スモッグの麻酔ガスを試してみる事にしたぬ」
「き、汚ェ!そんなモン隠し持っといて、どこがフェアだよ!」

 吉田の言う通りだ。フェアな闘いがやれそうだと、息を巻いていたのに虚言も良い所だ。心底、俺はカルマの顔を掴み上げる男を哀れに思う。

 それ・・それ・・が、カルマ相手じゃなければな。


「至近距離のガス噴射。予期してなければ絶対に防げ――ぬ?」
「奇遇だね。2人とも同じ事考えてた」

 ガスを手に持った赤い悪魔が、倒れ行く男を眺めながら嗤う。即座にカルマは、男を地面に叩きつけ抑え込んだ。


「ほら寺坂、早く早く。ガムテと人数使わないとこんな化けモン勝てないって」
「……へーへー」


 やれやれと首を振って、一斉に男に飛び掛かる。

 何十人もの体重が背中に乗り、男は悲鳴を上げた。烏間先生の指示に従いながら男を縛り、手足を拘束する。


「くっ……」
「毒使いのオッサンが未使用だったのくすねたんだ。使い捨てなのがもったいないくらい便利だね」

 身動きが取れない男は僅かに顔を上げ、何故だ、と容器を弄ぶカルマを見上げる。


「とーぜんっしょ。俺は素手以外の全部を警戒してたよ。アンタが素手の闘いをしたかったのは本心だろうけど、この状況で固執し続けるようじゃプロじゃない」


 カルマは男の前で腰を下ろし、真っ直ぐ男と視線を合わせる。


「俺達をここで止めるためならどんな手段でも使うべきだし、俺でもそっちの立場ならそうしてる」

 プロとしての意識を信じたからこそ、警戒していた、か。期末テストの一件から、カルマは少し変わったように見える。

 勿論、良い方向にだ。


「……大した奴だ。敗けはしたが、素晴らしい時間を過ごせたぬ」
「え、何言ってんの?」

 感心して頷いていた皆の動きが、ピタリと固まる。カルマの手元に握られているのは、生わさびと辛子が入ったチューブ。

 男がそれは何だと窺えば、カルマはオジサンの鼻の穴にねじ込むと笑いながら言う。


「さっきまでは警戒してたけど、こんだけ拘束したら警戒もクソもないよね」

 困惑している俺達を他所に、手際良く男の鼻にクリップを装着し鼻の穴を広げるカルマ。鞄をひっくり返すと、中から豆板醤や酢、明らかに辛い香辛料が大量に地面に落ちる。

 嫌な予感が、ひしひしと伝わって来た。


「さぁ、おじさんぬ。今こそ、プロの意地を見せる時だよ」
「モ、モガアアアぁぁぁッ!!」

 爽やかな笑顔を浮かべながら、カルマはチューブの中身をねじ込む。悪魔の所業に、俺は頭を抱えた。これには、心中同情する。

 あそこにいるのが、俺では無くて良かった。

 おじさんぬ。
 貴方のことは、一生忘れない。



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