元生徒副会長はプロの暗殺者と対峙する
廊下を歩く途中、大柄な男二人とすれ違ったが真横を素通りする。アイツの言った通り、彼等にとってもただの客同士なのだろう。
御蔭で、三階の中広間まで簡単に辿り着いた。
「ヘッ、楽勝じゃねーか。時間ねーんだから、さっさと進もうぜ」
「先に行くぜ」
いや、簡単に行き過ぎだ。ここまで何もなかったのが、可笑しいぐらいだ。警戒心が薄れた寺坂と吉田が、前衛の烏間先生を抜いて前に進む。
「ね、天霧君。前から来る人、見たこと無い?」
隣を歩いていた不破に袖を引かれ、前方から歩いて来る男に視線を向ける。しまった、不破の感は正しい。あの男、ホテルで見かけたことがある。
故にそいつは、敵。
「――寺坂!!」
「あ?」
寺坂が振り返ると同時に、烏間先生が前に飛び出す。襟元を引っ張られた二人が、俺達の元に飛んでくる。
二人を受け止め、もう一度前を向いた瞬間――目の前に煙が充満していた。
「何故分かった?殺気を見せず、すれ違いざま殺る。俺の十八番だったんだがな」
徐々に煙が晴れて行き、口布を外しながら男が俺と不破を交互に見る。
「天霧君に聞いて確信した。おじさん、ホテルでドリンク配ってたでしょ」
「断定するには証拠が弱いぜ。ドリンクじゃなくても、ウイルスを盛る機会は沢山あるだろ」
指摘され言い逃れしようとする男を、不破は鋭く睨む。皆が感染したのは、飲食物に入ったウイルスからだ。クラス全員が同じものを口にしたのはあのドリンクと、船上でのディナーの時だけ。
だが、ディナーを食べていない三村と岡島も感染した。
そのことから、感染源は昼間のドリンクに絞られる。
「従って、犯人はあなたよおじさん君!!」
「……ク、クク」
探偵のように推理を述べ、勢い良く男に指を突きつける不破。しかし、追い詰められた男の表情はどこか余裕だ。
あの余裕はどこから来る。まだ手札があるというのか?
「ぐっ、」
「先生!!」
その時、男と対峙していた烏間先生が膝を付く。先程の煙は、神経を麻痺させる煙と言ったところか。
一瞬吸えば、象すら気絶する代物らしい。
「お前達に取引の意思が無い事はよくわかった。ボスに報告するとする――か!?」
振り返り男が目にしたのは、退路を塞ぐ生徒の姿。
俺達は、敵と遭遇した場合、即座に退路を塞ぎ連絡を立てと指示を受けているのでな。
男の敗因は只一つ。
俺達を見た瞬間に、攻撃せず報告に帰るべきだった。
「フン。まだ喋れるとは驚きだ。だが、所詮はガキの集まり。お前が死ねば統制が取れずに逃げ出すだろうさ」
「烏間先生!!」
フラつきながら立ち上がる烏間先生に、止めを刺そうと男が懐に向かって走る。その手には、先程と同じガスの入った缶。
目を細めた途端、男はガスを先生に噴射しようとした。
「――っ、ぐご!!」
しかし、烏間先生の渾身の飛び膝蹴りが男の顔面に入る方が速かった。その蹴りで、男の歯が何本か逝く。更に男は鼻血を垂らしながら倒れていく。
当然の報いだろう。
烏間先生も凄いな。相当神経が麻痺しているだろうに、アレだけ動けるとは。
「先生」
男が動かないのを確認し、振り返って烏間先生を見る。捉えたのは、丁度、着地をしようとしている姿だった。だが、先生がその場に着地することは無かった。
ゆっくりと、スローモーションのように烏間先生が倒れる。
「ッ、先生!!」
咄嗟に、俺は先生の身体を抱き寄せた。力が入らないのか、全体重が俺に凭れ掛かる。触れて分かったが、冷や汗が凄い。
意識を保っているだけでも辛いだろうに、先生は申し訳なさそうに俺を見る。
「天霧君、すまない。君にばかり苦労を掛ける」
「いえ」
俺が一体、いつ苦労を掛けられた。電話のことか?アレは、犯人の気紛れで俺に掛かって来ただけだ。烏間先生が、俺に負担を強いたことなど一切ない。
この人は、いつも生徒の身を案じてくれている。
「ガスが抜けるまで、この状態で行きましょう」
「……助かる」
毎日見ていた、真っ直ぐ前を突き進む大きな背中を支えながら立ち上がる。身体が密着して、間近に感じられる体温。
この状況でも心音は、乱れることなく早鐘を打っている。
「普通に歩くフリをするので精一杯だ」
十分だろう。象を気絶させるガスだぞ。改めて、人間離れした片鱗を見せた先生に尊敬の意を抱く。
「感謝する」
「はい」
鍛え抜かれた腕が、俺の肩に回される。これで先頭は、俺と烏間先生の二人に変わる。烏間先生が痛手を負ったのは誤算だが、立ち止まることは許されない。
俺達を信じて送り出し、帰りを待つ皆が居る。
必ず治療薬を手に入れ、助け出す。