元生徒副会長はプロの暗殺者と対峙する


「烏間先生。荷物持ちましょうか」


 崖の中間点で、下を見る。本来なら先頭を登っているはずの烏間先生。しかし、先生は俺の下に居た。それも仕方がない。

 烏間先生の背中にしがみついて喚くイリーナ先生。腕に下げられた袋の中には、アイツが居る。


「ありがとう。だが、大丈夫だ」

 烏間先生も、よくあの状態で崖を登れるな。断れたからには、己のことに集中しよう。




「この扉の電子ロックは私の命令で開けられます」

 崖を登り通用口の前まで行ったところで、律が注意事項を説明する。流石の律でも、このホテルの管理システムを掌握するのは厳しい。

 要は、掌握しきれていない場所には気を付けろと言うことだ。


「律、侵入ルートの最終確認だ」
「はい。内部マップを表示します」

 烏間先生の持つ端末に、ホテル内の大まかなマップが表示される。


「私達はエレベーターを使用できません。フロントが渡す各階ごとの専用ICキーが必要だからです」

 従って階段を上るしかない――が、階段の構造もバラバラだな。最上階までだいぶ距離がある。


「行くぞ、時間が無い。状況に応じて指示を出す。見逃すな」

 ロックが解除された扉を開け、俺達は烏間先生の後を続いた。角に差し掛かったところで、先生の動きが止まる。

 息を殺して壁側を覗くと、大量の警備員が見張っていた。
 このロビーを抜けなければ、上にはいけない。

 非常階段はすぐそこにあるが、どうすれば全員が発見されずに通過できるか。


「何よ。普通に通ればいいじゃない」

 緊迫した空気を、呑気なイリーナ先生の声が遮る。どうするつもりだ、と眺めていたら、イリーナ先生はロビーの中央にあるピアノまで歩いて行った。

 確かに、このホテルではそれ・・が普通だ。


「あっ、ごめんなさい。部屋のお酒で悪酔いしちゃって」
「お、お気になさらず」

 グラスを利用して、酔った客の真似をする。ごく自然な動作で警備の一人にぶつかり、先生の美貌に目を奪われた男さえも利用する。


「来週そこでピアノを弾かせて頂く者よ。酔い覚ましついでにピアノの調律を確認しておきたいの。ちょっとだけ弾かせてもらっていいかしら?」
「えっ、と。じゃあフロントに確認を―――」

 フロントに確認を取ろうとした、男の腕を引き留める。ピアノを弾き始めた先生の姿は、圧巻だった。

 甘い花の蜜に誘われた蝶の如く、警備は先生の周りに群がる。


「すげーや、ビッチ先生」
「普段の彼女から甘く見ないことだ。優れた殺し屋ほど、万に通じる。彼女クラスになれば、潜入暗殺に役立つ技能なら何でも身につけている」

 イリーナ先生の活躍により、上へ続く階段を登りながら烏間先生は語る。イリーナ先生は、世界でもトップを争う色仕掛けハニートラップの達人。

 改めて知ったが、俺達はとんでもない人物に会話術を教わっていたらしい。


――


「――さて、君等に普段着のまま来させたのにも理由がある。入口の厳しいチェックさえ抜けてしまえば、ここからは客のフリが出来るのだ」
「客ゥ?悪い奴等が泊まるようなホテルなんでしょ。中学生の団体客なんて来るんスか?」


 それは、いるだろうな。

 思った通り、烏間先生も頷く。その子供は、芸能人や金持ちが多いらしい。虎の威を借りる狐のように、彼等は早いうちから悪に手を染める。


「だから君達も、そんな輩になったフリをしましょう。世の中をナメている感じです」

 アイツの指示により、クラスメイトの顔が一斉に悪人ヅラに変貌する。寺坂に至っては、人一人殺しているような極道のようだ。


「あ?どういう意味だコラ。天霧、テメェもやれや」
「そーだ、そーだ!見て見たい!」

 口に出ていたらしく、寺坂に絡まれる。しかし、見て見たいと言われてもな。世の中をナメるとは、一体どんな顔なんだ。


「難しく考えなくていいんじゃない。ホラ、腕組んで。眉間に皺寄せてさ、少し首後ろに傾げて」
「こうか?」
「わ、インテリヤクザだ」

 カルマの言った通りの行動をすると、矢田にヤクザと言われてしまった。その後ろで、カルマが腹を抱えて笑っている。

 不本意だが、客に紛れるには丁度いい。このままで行くとしよう。



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