元生徒副会長は島に上陸する



『治療薬も一種のみの独自開発オリジナルでね。生憎こちらにしか手持ちがない。渡すのが面倒だから、直接取りに来てくれないか?』

 自分勝手な人間だ。

 加えて、自ら動く気配の無い傍観者気取りの犯人。例え殺し屋だとしても、一般生徒に危害を加えたことに一番苛立ちを憶える。


「さっさと本題に入ったらどうだ」
『はは、流石だな。お見通しってか?袋の賞金首を持ってこい。だが、持ってくる人間はこちらが指定させてもらう』

 そう言って犯人が指定したのは、最も背が低い男女二人。茅野と潮田か。二人は、忙しなく具合の悪い皆を看病している。

 多少なり脅威が少ない人間を選択する辺り、犯人は余程臆病に見える。


「……?」

 手から離れていったスマートフォンを追って顔を上げると、烏間先生が人差し指を口元に当てて、スピーカーに切り替える。

 真剣な眼差しを向けられ、俺は犯人との会話を続けた。


「場所は」
『山頂のホテルだ。今から一時間以内に持って来い。フロントに話は通してある。外部と連絡を取ったり、時間に遅れた場合は、即座に治療薬は破壊する』

 好き放題に用件を出すだけ出して、通話が途切れたスマートフォンを机に叩きつける。


「落ち着くんだ。何があった?」
「率直に言います。アイツを狙っていたのは、俺達だけでは無かった」

 それだけ話せば、烏間先生の顔色が変わる。流石、防衛省の人間だ。俺達を除く、第三者の介入に気付いたのだろう。

 しかし、参ったな。
 E組の大半は、犯人のウイルスで無力化されている。


「どうします」

 俺の問いに、烏間先生は眉間に深い皺を寄せて暫く考え込む。


「……俺から話そう」



「――と、言う訳だ」

 俺と犯人の会話を、烏間先生が包み隠さず打ち明ける。しかも犯人が指定したホテルは、国内外のマフィア勢力やソレと繋がりを持つ財界人が出入りしている無法地帯。

 政府の人間ともパイプがあり、迂闊に警察も手が出せない状態らしい。


「言うこと聞くのも危険すぎんぜ。一番チビの二人で来いだぁ?このちんちくりん共だぞ!?第一よ、こんなやり方する奴等にムカついてしょうがねぇ」

 言い方が悪いにしても、寺坂の意見は最もだ。二人が行ったところで、姑息な犯人が素直に治療薬を渡すとは限らない。

 ましてや、人質になりかねない状況だ。


「人の友達ツレにまで手ェ出しやがって。要求なんざ全シカトだ!!今すぐ全員、都会の病院に運んで―――」
「賛成しないな」


 真っ直ぐに己の意見を述べる寺坂に、竹林が客観的に口を挟む。


「もし本当に人工的に作った未知のウイルスなら、対応できる抗ウイルス薬はどんな大病院にも置いていない」

 どちらの意見も正しいからこそ、下手に動けない。犯人の要求通り、アイツと交換で薬も手に入った状態で、潮田と茅野が無事に帰って来る。それで済めばいい。

 だが、これらの全てが犯人の手元に収まった場合が最悪だ。


 どうする。
 恐らく、烏間先生も俺と同じことを考えている。

 こんな事に頭を悩ませている間にも、交渉期限は過ぎて行く。


「良い方法がありますよ」
「何?」

 疑いの眼を、球体状のアイツに向ける。アイツが言うには、病院に行くより大人しく従うより良い案があるという。

 元気がある人間は集まれと指示を受け、俺は行動に移した。


―――


 事前にホテル内部を調べていた律によれば、ホテルの正面玄関と敷地には大量の警備が配置されている。フロントを通らずホテルに侵入するのは不可能。

 ただ、崖を登ったところに通用口がある。そこには、警備が配置されていない。
 侵入するには、丁度いい。

 一つだけ。問題があるとすれば―――。


「……高けぇ」

 隣で千葉が静かに呟く。同じように真正面を見上げる。一つだけ問題があるとすれば、通用口に辿り着くまでの、この高い壁だろう。

 動ける生徒全員でここから侵入し、最上階を奇襲―――そして、治療薬を奪い取る。

 確かに、普通・・は危険を伴うだろう。


「訓練に比べたら楽勝だよね」
「崖だけならね」

 毎日のように訓練を行っている俺達には、関係ない話だ。


「烏間先生、崖を登るだけなら俺達でも出来ます。でも、未知のホテルで敵と戦う訓練はしていない。指揮をお願いします」
「おお。ふざけたマネした奴等に、キッチリ落とし前つけてやる」

 少し登った崖の上で、地上の上に立つ烏間先生を見据える。俺達は、普通の生徒ではない。簡単に諦め、這いつくばるような柔な人間ではないのだ。


「先生」

 まだ迷いが見える烏間先生に、声を掛ける。決意の固い俺達に戸惑っていたが、次第に先生の表情が変わり、司令官の風格が漂う。


「――注目!!目標、山頂ホテル最上階。隠密潜入から奇襲への連続ミッション。ハンドや連携については訓練のものをそのまま使う!!」


 僅かに、表情が緩んでいく。
 司令だけで気が引き締まるのは、初めてだ。周囲から緊張がひしひしと伝わって来る。

 ただ、そこに迷いはない。


「いつもと違うのは標的ターゲットのみ!!三分でマップを叩き込め」

 三分?いや、一分も要らない。十秒で十分だ。十秒で、敷地内全てのマップを頭に叩き込む。犯人は悔いるがいい。

 俺達E組や、先生を敵に回したことを。


「19時50分、作戦開始!!」
「「おう!!」」


 死より恐ろしい、本当の恐怖を味あわせてやる。



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